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第9話 呪術師と毒

 やや雨雲が見える今日も、喫茶ル・シャ・ノワールは平常通りの営業だ。

 パラパラと降り始めた冷たい秋の雨もあって、今朝は開店から一人も客が来ていない。常連である絵筆も雨の日は流石に来ないのである。


 そんな中、私はとても捗る掃除を終えて休憩室でぼーっとしていた。

 昨晩からやや心配していたVR酔いの方はあまり実感がない。ゲームを終えたのが深夜だったので、その後すぐに寝たから治っているとは思う。そもそも酔ったような実感すらないのだが。

 どちらかと言うと普段と違う生活リズムの睡眠不足と、暇過ぎる仕事時間の方がよっぽど体調に響いている気もしてくる。


 そして休憩も半分が過ぎ、ぼーっとするのにも飽きた私が何をしているのかと言えば、賢者の花冠(はなかんむり)の攻略サイトを覗いているのである。


 徹底攻略と銘打たれた論文のようなサイトでは、流石にリリース10時間程度ではあまり大した内容が書かれていない。しかし、個人であることないこと書き込める攻略Wikiや攻略掲示板などにはそれなりの情報が掲載されていた。


 ちなみに、話し合いの場ではないSNSを含めた情報共有の場所で今話題になっているのは、毒の仕様的な弱さについてである。

 私はマーカーでパーティから除外されるまで一向に気が付かなかったが、検証好きの間ではリリース直後からかなり馬鹿にされていたようだ。少なくとも先行体験(ベータ)版ではもっと強かったらしいが。


 毒が弱いと判断される最たる理由は、ダメージ量が少ないこと。これに尽きる。そもそもダメージを与えるだけの状態異常なので、そこが弱いと何も出来ないが。


 毒の状態異常は5秒毎にダメージを受ける単純な状態異常であるが、そのダメージは何と驚異の1%。どんな雑魚敵にも5秒で1%のダメージしか与えられない。

 そして効果時間は50秒なので、合計10回ダメージを受ける。つまり1分弱という長い時間で最大体力の10%しかダメージを与えられないのである。その上ボス系は総じて耐性が強いらしい。


 更に追い打ちをかけているのが、状態異常系の全体としての仕様である。

 何とこの作品、すべての状態異常に“累積耐性”が採用されているのである。累積耐性とは連続して同じ状態異常を付与することによる“ハメ”の防止策として使われるゲームの仕様だ。


 本作では一度状態異常にかかると同じ敵を同じ状態異常にするには、2倍の影響力が必要になる。

 影響力は状態異常を“引き起こす”ための効果で、これが100まで溜まると対応する状態異常が発現することになる。

 例えば、呪術師の初期スキルは毒の影響力が100。毒に耐性がない敵は一発で毒状態に出来るが、毒の影響力を半減する魔物には2回魔法を当てる必要があると言った具合だ。


 そして累積耐性があると言うことは、2度目の毒にするには耐性なしの魔物でも影響力を半減してしまうので、実質的に影響力が200必要になると言うことである。3度目は400、4度目は800だ。

 こうなると例えば、毒だけで一体の敵の体力を3割削るのに必要な毒の影響力は700。必要な時間は150秒、二分半である。


 はっきり言ってゴミだ。

 何せ昨日の戦闘では死霊術師の通常攻撃が弱点にヒットすると、敵の体力が3割程度は削れていた。同じダメージを魔力消費無しで与える死霊術師の隣で、魔法を7発当てて150秒待てば3割削れる呪術師が突っ立っていたのだから、これは寄生と言われても仕方がないだろう。


 そしてそんな毒の魔法を初期スキルに割り当てられた呪術科。その皆はと言えば、当然ボロクソに言われている。というか、当の本人の呪術師でさえもボロクソに言っている。

 複数人で協力するゲームで弱キャラ使いが排斥されるなんて珍しい事ではない。


 呪術師が習得する魔法はすべて状態異常系だ。中にはそこそこ有用そうな物も混じっているが、はっきり言って他のクラスで代用できるので単独の強みはまったくないと言ってもいい。

 呪術師はパーティ募集で何も言わずに蹴られ、固定で組んでいるプレイヤーは傷が浅い内に転科を強要され……と、結構とんでもない状況になっている。何も知らずに呪術師を選択した多くのプレイヤーが、課金アイテム(初回は無料)である転科届けを消費してしまったことを、運営に抗議しているという状況だ。


 最早冗談染みた「最弱クラスランキングNo.1!」といった状況にはなく、半ば炎上に近いような弱さと言えるだろう。

 しかし今の所公式からの反論はない。まだリリースして10時間程度しか経過していない今、ゲームバランスの修正やら補填やらを発表するのは私もやや早いとは少し思うが。


 しかし、毒が弱いだけであって呪術師が直接的に弱いわけではない。もちろん強いクラスではないとは思うが、多少毒の弱さに引っ張られすぎている印象はある。

 魔法のカスタムなどは未だにその全容が解明されていない状態な上に、麻痺や昏睡といった有用そうな状態異常も持っているので何もできないと言う状況ではない。


 ……と掲示板を見る前は思っていたのだが、そんなものは幻想であると理解してしまう。


 さっきも言ったが状態異常を与えるだけならば、他のクラスで間に合っているのだ。麻痺や昏睡など使えそうな状態異常もあるのだが、それらだけなら呪術科に頼む必要はない。

 麻痺は物理系の弓術士というクラスが得意としていて、こちらは呪術師と違って十分な物理攻撃力も持っている。

 昏睡は魔法系の歌詠みというクラスを筆頭に様々なクラスが扱え、中でも歌詠みは子守歌と言う魔法で“敵全体を必中で”昏睡状態にしてしまう。

 うん、これ呪術師要らないよね。


 もちろん弓術士は弓の扱いが難しいとか、歌詠みは独特な魔法が扱いにくいとか色々と欠点も抱えているのだが、短所が弱いどころか長所が弱い呪術師さんよりはよっぽどマシなのである。


 今も呪術師がパーティに居るだけで怒っているプレイヤーが続々と掲示板に書き込んでいるが、はっきり言ってパープルマーカーで塗られた私も他人事ではない。

 私は単に、絵筆が誘ったゲームで絵筆と一緒にプレイしていたから何事も無かっただけなのである。もしも組んだ相手が初対面のプレイヤーだった場合、こんないざこざに巻き込まれていた事は想像に難くない。


「これは私も転科だなぁ……」


 気の滅入る板ばかり読んでいても仕方がないので、今度は逆に強いと言われているクラスを探してみる。転科先はどうせなら強クラスがいいし。雑に強い魔法学科は居ないのか。


 いくつかそれっぽい情報を漁って見ると、さっきも挙げた歌詠みが上位に入っていた。歌詠みは楽器を装備して特殊な魔法を使い、味方へバフを回したり敵にデバフを撒いたりする役回りのクラスだ。

 彼らの魔法は楽器の音が聞こえる限りすべて全体魔法で必中。多少デバフの影響力が弱いのが心配だが、毎秒での影響力なので多少速度が劣る程度だとされている。


 特に敵を昏睡で行動不能にする子守歌は、多数の魔物に囲まれた時に強制的に数的有利を作り出すので超有能。他にも継続回復から攻撃力の上昇まで様々なバフを習得するらしく、能力値の振れ幅が大きくなる後半では必須級になるのではないかと言われている。

 その上呪術師と違って、多少魔法攻撃もできるらしい。


 他に魔法学部で強いのは神聖術師だ。

 魔法系のヒーラーに属するクラスだが、意外にも支援だけではなく攻撃も得意にしているようだ。回復、バフ、攻撃と三拍子揃っていて、どれも使い勝手が良く、魔法のカスタムの幅も広い……と予想されている。その汎用性は凄まじく、同じく魔法系のヒーラーである魔法医師の役割を完全に食っていると言われる程。

 欠点は多少能力値の伸びが悪いこと。能力値が成長していない今は良いが、後半はどうなる事やら。とは言え、その汎用性は呪術師には縁遠いものである。一点特化でその一点が折れているよりよっぽどマシだろう。


 ちなみに今挙がった魔法医師は有能クラスではなく、呪術師の仲間だ。嫌な繋がりだが。

 完全ヒーラー特化なので序盤は活躍の機会が無く、パープルマーカーの標的にされているらしい。

 哀れだが、まぁ強敵相手に役割がある分まだマシか。呪術師は強敵相手の長期戦ほどやることがない上に、雑魚戦でも役割が持てないのだから。


 私はあまり興味はないが、格闘学部……つまり、物理系だと狂戦士が優秀だとされている。

 とにかく攻撃力と素早さに特化した能力値の伸びが凄まじいらしく、序盤で既に能力値で他の物理職を置き去りにしているようだ。ただし他は体力が異常に多いだけで、魔法系は壊滅的。防御力も紙というかなりピーキーな学科と言える。

 しかし狂化という固有スキルを習得するらしい。これはスキルとアイテムが一切使用不能になり被ダメージが倍増する代わりに、能力値が飛躍的に伸びる自己強化魔法。長所を劇的に伸ばすことができる上に、防御も伸びるのでダメージ増加もあまり気にならないそうだ。


 ただこれに関して個人的な予想を話すと、これらのメリットが今後デメリットを超えないかは甚だ疑問である。

 薄い防御面は、序盤は防具の影響でそこまでではないが、今後敵が強くなりこちらの素のステータスが上がった時にどうなるか心配だし、スキル使用不能で通常攻撃の強化をする狂化も、今後他の科が強力なスキル習得していけばダメージ効率はどこかで逆転するはずだ。


 逆に弱いと言われているクラスは、物理系にはあまりいない。通常攻撃が攻略の主体になっている序盤では、性能の差が頭一つ抜けている狂戦士を除いてあまり違いが見えていないのだろう。

 魔法系が既にかなり優劣の差がついてしまっているのとは少し対照的だ。

 こちらは弱いクラス筆頭の呪術師と、冷静に計算してみると異様に弱い暗黒術師、実は弱いんじゃないのかと言われる死霊術師を3つ合わせて、闇の三賢者などと呼ばれている程。


 呪術師に関してはもう言うこともないが、暗黒術師はとにかく正反対の立ち位置として定められている神聖術師に何もかも劣っているのが泣ける。

 暗黒術師は回復能力がほぼ皆無で、闇属性の攻撃魔法を中心に覚える。しかしこの闇属性、魔物側の耐性が酷く、大抵の魔物は2割減、酷い時には半減まで属性耐性を持っているらしい。無属性も覚えるのだが、こちらはこちらで威力は十分だが消費MPが莫大になってしまう。

 更に攻撃以外の魔法は、最早説明不要の状態異常系魔法……。

 強みは体力吸収系の魔法と低体力時の攻撃力の増加程度だが、この2つの噛み合わせも今一つ良くない。勝手に回復してしまうので低体力を維持しづらく、体力に余裕を持たせると火力が出ないのだ。


 そして死霊術師だが、やはりというか長い詠唱時間が足を引っ張っているらしい。

 最初期の初級スキルでさえ、絵筆が何か分からないような呪文を唱える時間があったのだ。今後魔法が強力になるにつれて、どんどん詠唱時間は長くなっていくだろう。

 しかし死霊術師自体は前衛、しかも攻撃特化なのである。敵の目の前で長い準備を必要とする魔法を、ポンポンと使いこなせるだろうか。

 他の召喚系が完全後衛なのもあって、かなり懐疑的な見方をされている。もちろん後衛から前衛に出る遊撃型になるという解決策もあるのだが、そもそも近接スキルを覚えないため今一つの効果にしかならないであろう死霊術師自体の物理攻撃力が必要か? などと言われているのである。


 結局、転科先はどれも正直パッとせず決めかねる。それでも時間だけは刻々と過ぎていき、休憩終了のアラームが控えめに響いた。

 私は大きくため息を一つ吐くと、あまりない仕事に戻るため休憩室を後にするのだった。



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[気になる点] 第2話で絵筆が、レベルアップやスキルツリーでのスキル獲得は一切無しって言ってますけど、主人公たち狩りにしか行ってないし、初期スキルしかずっと持ってないことになりません? それなのに、…
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