第116話 鎧袖一触
凄まじい猛吹雪が魔物の集団に襲い掛かる。
順番から考えると今の魔法は、キンのパーティの魔術師だ。呪いと毒にその身を侵されていた魔物達はその攻撃を前に消えて行く。
しかし、魔物を一掃したからと言って私達に猶予は生まれない。魔物が消え去った事で空いた戦場を埋め尽くさんと、次の魔物が現れる。
その様子を見ていたベルトラルドは、私とコーディリアの間で珍しく表情を輝かせていた。
「見慣れた面子。もう折り返し?」
「そうですね。始まってから、大体6分か7分程度です」
「そう聞くと早いですが……予定通りの進捗で、あまり余裕はなさそうですわね」
コーディリアの言う事は正しい。そしてベルトラルドの感想も間違ってはいない。
私達の平均から見れば明らかに異常な早さで魔物を殲滅できているが、これは計画通りの進みであって余裕があるわけではないのだ。
今の魔物の集団は11回目。ここから魔物の能力値が段階的に上がっていく。
それも15回以降は上級者でも“いい勝負”になる様な魔物になっていくのだ。一掃できる前半は早くて当たり前で、戦闘時間の大半は後半に用意しておかなければならない。間違ってもあと半分で魔物を倒せたりはしない。
「ええい! 話なんぞしてる暇があるなら攻撃せぬか!」
歓談中の私達を他所に、レンカの熱線が標的の魔物を射貫く。彼女の攻撃は僅かに頭を逸れ、巨大ゾンビの肩を焦がした。
派手好きの彼女にしてはやや珍しい攻撃方法だが、もちろんこれは計画通り。彼女の後に続く様に神聖術での狙撃も放たれる。
私達の基本戦術は、とにかく集団のリーダーを即座に倒し、次の魔物の集団を呼び込む事。
これは狙撃要員や前衛のお仕事で、他のメンバーはそれを無理矢理通すための補助要員となっている。
歌詠みやコーディリア、ベルトラルドが溜まり続ける魔物を足止め、その間に私が毒と呪いでじわじわと削ってく。余裕があれば私も足止めに参加するが、言ってみれば予備戦力の様な物なので、こうして余裕で構えているのも仕事の内なのだ。
弱った魔物が戦場から溢れそうになった所で、魔術師やレンカの広範囲魔法の使い手が魔物の集団を殲滅する。こちらは狙撃とも役割が被っているので休む暇もない。
いや、正確には休まなくてもいい様に順番と役割を分担していた。まぁ全員魔力回復薬はがぶ飲みだが。
私達のパーティ唯一の前衛組であるオウカは、戦場を縦横無尽に駆け回り、リーダーのみを重点的に攻撃している。忍術科の魔法で透明になったり分身したりと雑魚を惑わし、首領の首を的確に狙う。
普段のおちゃらけた姿からは想像もできない程の有能忍者だ。私の中の忍者のイメージと違って、若干立ち回りが派手だが。
私も恐怖や呪いと言った防御を崩す状態異常を出来るだけリーダーに押し付けているので、弱点特効と状態異常特効で底上げされた彼女の火力は、そんじょそこらの格闘学部には追い付けないだろう。
今も彼女は走りながら魔法の詠唱を始めていた。
牽制用よりもやや長めの詠唱を終えると、花弁舞う美しい刀を手にして戦場を駆け抜ける。途中で道を塞いでいた魔物の頭を踏み付けて、キンに枯れ枝の様な腕を振るう巨大ゾンビに跳びかかった。
その動きを見てレンカが目を輝かせる。
「おおっ! あれは、秘匿忍術『百花繚乱・華時雨』! 完成していたのじゃな……!」
「……そんな名前なんですか、あれ」
オウカはレンカの解説など気にも留めず、というか聞こえていないのだろうけれど、魔法の刃を敵目掛けて思い切り振り抜く。反撃として振り下ろされた腕も紙一重で避けてぶった斬り、二度目の渾身の一撃で魔物に止めを刺した。
攻撃エフェクトは派手で非常に綺麗な仕上がりだが、若干視界の邪魔だな……。
あれは今日完成してまだ試運転もしていなかったのだが、この大一番に持って来たらしい。
ちなみにこれはオウカからの相談を受けて、私が効果面を調整し、レンカが演出面を提案した魔法だ。一応十分な効果は発揮しているようで安心した。一番苦労したのは、レンカからの提案だったのは言うまでもない。
それにしても、花しぐれは春の通り雨の事だと思っていたが、あれは植物系……つまりは地属性の攻撃である。属性的には森林術なんかと同じ類の攻撃だ。
その何とも水属性感溢れるネーミングは、それでいいのだろうか。まぁ水属性も実際には氷属性の分類なのだが。
とにかく、魔物のリーダーが沈んた事によって次の集団が現れる。
大技で魔力を消耗したオウカは一時休戦……というか、雑魚にちょっかいを出す役割になる。あちらもあちらで大変なので、頑張ってもらおう。
どかどかと激しい地響きを鳴らして突撃してきた、四つ足の魔物をキン達が止めに入る。今回の集団のリーダーはやや強いが、まぁ彼らに任しておけば十分なはずだ。鎧袖一触とまではいかずとも、苦戦するような事はあるまい。
「ぬふふふ! 拙者、幼女に見られていつになく大興奮でござる! 吶喊吶喊、大吶喊でござるよ!!」
「気持ち悪い事言ってんじゃねぇ! 聞こえてんぞ、死ねデブ!!」
「テメェら! いい加減トップ層としての自覚ある発言しろ! 今回でマジで天辺取んだからな!」
前の方で何か酷いやり取りがあったような気もするが、一応仕事なので恐怖と呪いはかけておこう。呪い、深度1もあればいいかな……そしてキンは苦労しているんだな……。
一掃してから二つ目の集団には、ダメージ量的に毒の他に呪いも使っておかねばならない。そのため森から出て来た所をリーダー諸共まとめて呪っていく。
何匹か逃れたが、個別に単体を倒して行くなど私の仕事ではないし、そもそも私にはそういった性能が備わっていない。大人しく他のメンバーに任せるとしよう。
次の集団には毒が入りにくいはずなので、今いる集団を足止めし、次の魔物の集団が来たら範囲魔法で一掃。残った次の集団は前衛がちまちまと削っていく手筈だ。
程なくして太った名も知らぬ侍の手で、リーダーが倒される。あの大きな盾と(体との比率で細く見える)槍は防御寄りの装備に見えるが、それでも侍として火力は十分らしい。
それにしても、あのキンやもう一人が居る中で最後の一撃を奪うとは……気持ち悪いだけで十分に実力はあるようだ。本当にティファニーみたいだな。どちらがマシかと言われれば、どちらもご遠慮願いたいが。
次の集団が出揃った所で、レンカの魔法が発動する。彼女からしてみれば待ち侘びた大魔法だろう。
「くっくっく……私に歯向かった悔恨をその胸に抱き、灰となるが良いわ。天つ光の裁きよ! 青天煉獄、えん、ま……あ、これまだ名前決めとらんかったのじゃ……」
若干締まらないが、魔法の威力には問題ない。レンカのこの魔法は、光属性と炎属性の両方を備えた古代魔法だ。
複数属性の攻撃は直撃した対象の“弱い方の属性耐性”で計算される。そのため光属性と炎属性に同時に耐性を持たない限り、この魔法のダメージは軽減する事が出来ない。改造も威力と範囲の大規模化にしてあるので、威力も十分。変に演出も凝っていないので当たり判定に穴もない。
レンカにとっては、炎属性耐性を抜ける数少ない無属性以外の魔法であり、戦術的にも重要な火炎術だ。
状態異常で弱っていた魔物を白い炎が灰へと変えていく。通常魔物は倒すと黒い霧の様な形になって霧散するのだが、この炎に焼かれた者は光になって消えて行くのだ。
これだけでも結構綺麗なので、レンカも満足気だ。
残った魔物を倒そうと、後衛の魔術師達はレンカの魔法の後に続く。
しかし、それは少し判断が遅かった。というより、レンカはちょっとタイミングが早かった。魔物の集団の中から小さな影が飛び出す。
それは不思議な格好をした鳥だ。被膜の様な羽と素肌の見える長い首、羽毛に覆われた頭を持っている。鳥というか翼竜というか……不思議な見た目だな。
彼はやや遅れ気味に放たれた魔術や神聖術を軽々と避けると、後衛目掛けて柵を悠々と飛び越える。
しかし、私達に被害が出る事はなかった。
コーディリアの召喚していた蜻蛉の颯が、目にも留まらぬ速度で前線から戻り、魔物へと突っ込んだのだ。当然飛行の姿勢を崩した二人は地面へと衝突する。
あれほど華奢な体で大丈夫なのかと皆の視線を集めたが、私は振り返りもせずに次の魔法を詠唱し始める。コーディリアが反応したならそれでいい。きっと彼女が何とかするだろう。
隣にいる彼女は颯を援護すべく、手にしたナイフを自身の胸に突き刺す。その動きには一切の躊躇いはない。
血の代償。
少々珍しい、装備品の追加効果だ。その効果は、魔力消費を自身の血、つまりは体力で代用する事。
彼女が召喚したのはムカデの百。凶悪な牙と頑丈な甲冑、そして蛇の様な独特な動きで敵を追い詰める。
金剛が大砲なら彼は……今気付いたがモモって名前、女の子なのだろうか。まぁとにかく、百は機関銃。少々しつこいくらいに追撃をする。
素早く体勢を整え、颯と激しい攻防をしていた鳥の魔物だったが、颯の風の魔法で敢え無く地面へと落とされる。そして、落ちたのならば後はもう彼女の独壇場だろう。
小さな龍かと見紛うばかりの迫力を持っている百は、素早く地面を這って獲物に迫る。そしてその大きな顎で魔物に噛み付き、しなやかな体を巻き付けた。同時に鋭い針の様な脚も突き立てているのだから、獲物からすれば堪った物ではないだろう。
まぁシステムの関係上、拘束攻撃には時間制限があるのだが……。
颯は百と魔物をその場に残すと、前衛の援護へと戻って行ったようだ。どうやらこれ以上の援護不要とコーディリアが判断したらしい。
私は生き残ったリーダーと戦う前衛を見つつ、ベルトラルドの人形の援護を開始する。そろそろ戦力的に一掃するには厳しくなってくる頃合いだ。
そして、計画通りに進んでいるのは間違いないが、時間に余裕があるわけではない。
きっと、ボス戦その物よりもこちらの方が正念場になるのだろう。
私は気合を入れ直すように、じっと森の奥を睨んだ。




