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第115話 第3の協力者

 基本的な方針と陣形の組み方、各パーティの割り振り、そしてパーティを越えた連携の方針など、実技訓練を周回している私達はあまり苦戦することもなくさくさくと作戦を立てて行く。上手くいくかは未知数……というか、ボスに辿り着く前に道中の魔物に倒される事も覚悟の突撃思考で、早期殲滅が方針とならざるを得ない。そのため不安がないとか確実さとかからは程遠い作戦ではあるが、とりあえずの方針が決まった。

 ここで見落とし、決めきれなかった事については各自の判断で柔軟に行動という事で。いくら作戦を決めても結局の所ぶっつけ本番なのは変わらないので、そうするしかないのが現状だ。


 キンと私はとりあえずこのくらいかという事を確認し合うと、じっと黙ったままの代表者を振り返る。


「えーっと、こんな感じに決まったけど、何か質問あるか?」

「……あ、いえ、特に大丈夫です!」


 彼女の名はアンナ。苗字はネクタール。こうして集まった3つ目……いや、一番最初に来ていたパーティ、その代表者の一人だ。


 彼女はキンの問い掛けに対して背筋を伸ばし、そう切羽詰まったような言葉を返す。今まで彼女は一切発言をしていないが、おそらく私達の話は聞いていたので本人の言う通り大丈夫だとは思う。

 しかし、こうガッチガチに反応されると逆に不安が残るのは確かだ。結構色々と細かな事も決めたので、いくつか聞き逃しているかもしれない。

 彼も同じ感想を抱いたのか、苦笑を見せながら冗談交じりに言葉を返した。


「じゃあ一つ質問してよ。それで納得するから」

「えっ!? し、質問ですか……質問……」


 ……多少の悪戯心はあるのかもしれないが、確かに話をしっかり理解できているのかと尋ねるよりは効果がありそうだ。

 しかし、彼女の質問が私達の耳に入る事はなかった。


 話し合いの場にふらりと近付く一つの人影。その人物はもたれかかるようにアンナに両の腕を回すと、右手に持っていた緑色のビンの中身を煽る。


「どうしたー? この男にナンパでもされてんのかー?」

「お、お姉ちゃん! 変な事言わないで! この人凄い人なんだから……!」

「あぁん? 満更でもないって反応だなー……お姉ちゃん男漁りなんて許さないよ!」

「違うって言ってるでしょ! 謝って!」


 アンナにお姉ちゃんと呼ばれたその人物は、ここに来た時に彼女と言い争いをしていた女性だった。

 彼女は扇情的なバニースーツを身に纏い、30㎝程の緑色のビンを(しき)りに口へと運んでいた。顔はやや赤みがかっており、どこからどう見ても典型的な酔っ払いという印象を周囲に与えている。


 腰に円形の何かをぶら下げているなと思えば、盾や武器の類ではなく大きな(さかずき)。なぜか螺鈿(らでん)か何かで酒色と艶やかに刻まれている。

 最も目立つ杯の他にも、ワイングラスやジョッキ、ショットグラス、シャンパングラスなど数々の“酒用のグラス”を腰から下げていた。……ただし、何らかのアルコールと思しき瓶からは直飲みしているので、使っているのかは怪しい。


 彼女はキンをナンパ男だと断定すると、アンナとしばらく言い合いをしていた。

 内容は男遊びなんて5年早いと言う様な話である。とんだ言いがかりだし、アンナの言う様にキンにも若干失礼になっているのは間違いないだろう。


 それにしても、酔っ払いなんて初めて見たな。もちろん“ここでは”という意味だが。

 私は今まで、立場が学生という事もあってか酒類の販売をしている店を見たことがなかった。尤も、食料品店に詳しいかと言えば否なので、単純に見落としているだけの可能性は否めないのだが。


 そんな彼女を遠慮なく観察していると、視線を感じたのか彼女は私の方を見る。そして何かに驚いたように目を丸くした。

 一瞬私を知っているのかと身構えたが、結論から言えば勘違いであった。


「あれっ? シズカ? 何その恰好、可愛いねー。何か背も伸びたし……」

「……?」


 彼女はアンナから離れると私の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。私は突然の行動に困惑するばかりだ。シズカ? 誰だそれは。


 彼女の行動を見て、アンナは慌てて止めに入る。


「す、すみません! 人違いなんです!」

「いえ、それは何となく分かりますが……」

「もう! お姉ちゃん、いい加減にして!」

「ええー? 何だよもー……」


 姉を羽交い絞めにした彼女は、近くにいたパーティメンバーを呼び寄せてこの場から引き離す。姉の方はと言えば渋々といった調子で戻って行った。

 大丈夫だろうか、あの人。色々と……。


 私の不安を他所に、キンは何とも言えない表情でそれを見送っていた。鼻の下が伸びているとかそういう事ではなく、何かを不思議に思っている様な、感心している様な、そんな複雑な表情だ。

 しかし私がそれを指摘する前に、アンナが大きく頭を下げる。


「すみません! お姉ちゃんが……」

「ああ、いいっていいって。ここの生徒変な奴一杯いるしな。今更気にしねぇって。……んで、あの人は?」

「私のお姉ちゃん、シオリ・ネクタールです……あの、一応血の繋がった兄弟で……」


 ネクタールという特徴的な苗字もそうだが、シオリか……もしも八塩折(やしおり)から取っているのなら、上も下も酒の名前だな。

 対してアンナが普通の女性名であることを思うと、名字を決定したのは姉の方だろう。

 ……いや、どうでもいいな。名前なんて私くらいの単純さだと思っていた方が良いかもしれない。ちょっとネーミングに感心してしまっただけで、大した意味はない。


 そんなちょっとしたハプニングがありつつも話し合いは終わり、それぞれの代表者がそれぞれのメンバーに作戦の概要を伝えに戻る。まぁやる事がなかったからか、ほとんどの生徒は話し合いの内容を後ろで聞いていたようだが、それこそシオリの様な例外が居ると問題だ。


 私達が作戦の確認作業を終えると、ようやく準備完了となるが……その前にやるべき事がまだ残っている。これが最初の作戦と言ってもいいかもしれない。


 私は左右のパーティの面子を確認しながら、戦場をゆっくりと歩いて行く。

 さて、作戦が上手くいけばいいのだが……話を聞く限り、直接的な戦力が一番低いのは私達。せめて失敗の原因とならない様に頑張るとしようか。


 服装は当てにならないが、武器を見れば前衛か後衛かは分かる。キン達は前衛型が多く、私達は後衛が多いが前衛を圧迫しがち。そして最後のアンナ達は、若干だが後衛が多めになっている。

 全員揃うと、やはりというか前衛が多めだな。特に私達の場合、ベルトラルドが居るのが大きい。まぁ、それを逆手に取った……というと少々言い過ぎかもしれないが、何とかこの編成を活かす方向で作戦も練った。今は大丈夫なのだと思うしかないだろう。


 私達は門より前にある数々の柵や空堀と言った防衛施設を抜け、そして一番前に置かれている柵の後ろで止まる。


「じゃ、行ってくるねー」

「気を付けるのじゃぞ。他の連中によい所持って行かれるでないぞ!」


 私達のパーティからオウカが抜け出し、柵よりも前、森のすぐ手前まで歩みを進めて行く。他のパーティも前衛は柵より前に待機する構えだ。


 定石では、3つ目の防壁辺りを使って防衛することが多い。一枚目と二枚目の柵にはやや穴が多く、魔物が抜けやすい。その上柵の外側には空堀などの地形もないただの平地だ。

 しかし、今回は一分一秒を争そうタイムアタックの要素も含まれている。魔物がこちらまで来るのを待っている時間も惜しい。その時間をどうにかするにはこうして、防衛施設を無視して一番前に陣取るしかないだろう。


 人形だけを見送ったベルトラルドは、私やコーディリアの隣でオウカを心配そうに見詰めていた。

 彼女は区分的には前衛ではあるが、柵越しでも戦える上に攻撃性能も低いのでこちら側だ。一番前、森の手前まで行く利点は少ない。万が一に備えて……というか、最初からフル稼働で柵や出入り口を防衛するのが役割だ。


「本当に大丈夫? 不安」

「……どうでしょうね。こればかりはやってみないとどうにも」

「やる事やって失敗なら、別にそれでいいんですよ。多分どこかは綻びが出ますから、それをどう修正するのかの方が問題ですね」

「そうじゃな。まぁやれると仮定して、その上に仮定を乗っけたような作戦じゃ。比較的余裕がある後衛側で、何とか前を助けてやらねばな」


 全員が位置に付いたことを確認し、私は準備完了のボタンを押す。見れば他のパーティも丁度代表者が同じ事を終えたらしい。


 さて、ようやく本番だ。魔物の召喚役として待機している設定の先生方も待ち侘びた事だろう。

 森の奥が小さく輝くのが見え、それと同時に私達の挑戦が始まるのだった。



 評価、ブックマーク、ご愛読ありがとうございます。

 連載4か月を超えた拙作ですが、数日前に評価pt5000を突破することが出来ました。これも偏に皆様のご声援のおかげと存じます。ありがとうございました。

 まだまだ至らぬ拙作ではありますが、どうぞ今後もご愛読して頂ければ幸いです。

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