第113話 刺激
私が学院に戻ってから、更に一夜明けた今日。
本日十数回目の実技訓練を終えた私達は、大きな門を抜けて作戦室前へと戻って来ていた。いつの間にか昇っていた眩い朝日に目を細めつつ、乾いた泥の道を歩いて行く。
「今回の訓練、最早完璧と言ってもいいじゃろう。参加できんくなった時は少々焦ったが、蓋を開けて見れば普通に戦えるではないか」
「何か色々あったけど、三桁上位くらいキープできてるし……まぁ流石に飽きて来たけどさ」
「他の生徒も参加者減って来てる。皆、点数が伸び悩んで飽き始めた」
レンカとオウカ、そしてベルトラルドは思い思いの感想を述べながらも、次の挑戦のための準備を始めていた。
我々はここ数日(アクシデントで一日不参加だったが)同じメンバーでイベントに参加し続けている状態だ。序盤は魔法陣の改良や装備の更新、作戦の変更など工夫のし甲斐もあったのだが、流石に参加し通しだとそれらも固定されてくる。
その上、私とレンカに関してはもう既に報酬を別口で貰い、二重に報酬を貰っている状況だ。ランキング報酬も1位と同等の内容を貰っており、何と言うかモチベーションは続いていない。
それでも私達が訓練に挑戦し続けている理由は単純だった。
何となくである。
冗談でも何でもなく、何となく他に行けない……そういう空気が私達の間には流れていた。
ここ数日の内でお互いの力量などは事細かに確かめ合い、その辺の野良パーティなんぞとは比べ物にならない程に連携も緻密に組んでいる。
しかし、それもここでの限定の話。そもそも私達はこのイベントでしか顔を合わせていない集団だ。
今更課題を手伝ってとか、特定の魔石が欲しいから手伝ってとか……他で組んでいるロザリー等の面子も居る以上、何となく言い出しづらいのだ。
言うのだとすれば、私、もしくはレンカがこうしてパーティに戻って来た時。あの時に、イベント以外にもこのメンバーで手を出してみないかと誰かが口にすればよかったのかもしれないのだが……。
実技訓練に最適化された私達の行動は、既に作戦会議すらも必要としていない。だらっと会話しながらいつも通りの動きで戦う。その一連の動きがすっかり固定化され、しかもそれが普通に課題を熟す以上の時間当たりの報酬と経験値となっている。
特に低レベルのベルトラルドには格好の稼ぎ場であり、全員この作業に飽きてはいるが、それを理由に態々抜け出す程かと言われると難しい所で……。
今も誰からともなく、流れ作業の様に再び参加登録をしている。口では飽きた飽きたとは言ってはいるのだが、それも初日から言っていた口癖の様な物で、今更「じゃあそろそろ止めようか」という言葉に繋がらない。
飽きてはいるのだが苦痛ではなく、ただの作業なのだが数字としての利が大きい。この状況が止めづらいのは非常に分かる。
では、私が率先して空気をぶち壊すような事を言えば……とは思うのだが、私自身このイベント自体には不満がなく、要するに、何と言えばいいのか……“刺激”が足りないのだ。
それに、私に関しては彼女達に一日空けてしまったという若干の負い目もある。この面子の中では尚更言い出しづらかった。明確なゴールのないマラソンなんて、だらっと始めるんじゃなかったかな……。
もう何度見た光景か。開いた門を潜り抜け、私は左右に視線を振る。私達も点数はそれぞれ目標に到達したので、単独パーティの参加から複数パーティでの参加に切り替えている。
私達は単独でも防衛報酬が十分に貰えるが、霊能と多次元詠唱が修正された関係で、レンカの魔力回復薬が結構な勢いで減っていく。そのため一人当たりの負担が少ない複数パーティでの参加の方が面倒が少ない。周回の手間は一つでも少ない方が圧倒的に楽なのだ。
複数参加の場合、参加するパーティは3つなので、私達の他にも2パーティ程いるはずだ。
しかし、目に入るのは5人組が一つだけ。どうやら私達の参加は2番目のようで、最後の1パーティはまだ来ていないらしい。
先に来ていたの様子をチラリと確認すると、何やら言い争いをしている二人の女性。他3人は彼女らを特に止める様子もなかった。
片方は制服だが、もう片方は扇情的なバニースーツを着込んでおり、どこの所属なのかは窺えない。尤も、学生服の方もここからでは学科章はよく見えない。
そのため今回の味方がどんな構成なのかは、はっきりとしなかった。
複数参加の場合、魔術科のような範囲攻撃役が多ければ多い程魔物の対処が楽だ。
逆に近距離の攻撃役が6人を超えるようだと、若干前衛の連携が怪しくなっていく。前衛はパーティの垣根を越えて連携する必要があるが、基本的に初対面な上に若干戦場が狭い。魔物が多いので尚更だ。
そのため各パーティに前衛は2人ずつくらいが快適に戦える限界の人数だった。生徒の中には人数の少ない方に混ざるため、弓矢と剣を両方担いで来る人までいる。かなり少数派だが。
ちなみに私達のパーティはというと、後衛が3人なのは良いが、その内の一人が前衛を圧迫しがちな召喚系。ただし蠱術科なので飛行系の召喚体が多く、そこまで問題になってはいない。
そして前衛が2人なのだが、片方が人形士。特にあの人形はデカいので、実質3人か4人くらいに計算した方がいい。
総合すると、単独では十分な活躍が出来るが、複数で連携する場合若干負担になりがちな構成と言えるだろう。味方の前衛が少ない事を祈るばかりである。
私達の準備が整うと、開きっぱなしになっている門から土を蹴る音が聞こえてくる。
どうやら最後の1パーティがやって来たようだ。ベルトラルドの言う通り参加生徒の人数も減って来ているので、マッチングに多少時間がかかる様になってきたな。
これで最後のパーティがメニューから準備完了を押せば、訓練は開始となる。
出会うパーティは完全にランダムなので、いつもまともな顔合わせはしない。偶々会ったような、しかも同じパーティでもない連中に声を掛けてもあまりいい事がないのだ。
少なくとも、私の様な微妙な立場の有名人は。不思議と嘗めてかかってくる生徒も、反感を持っている生徒も多いからな。
しかし、私のその予想は大いに外れ、最後のパーティがすぐに準備完了とする事はなかった。
「お? キリエじゃないか。お前まだ居たんだな」
「人違いです」
「はっはっは、もしかしてそれ持ちネタなのか? この前も言ってたな」
軽薄そうな声で名前を呼ばれ、どうにも面倒な予感を覚えて咄嗟に顔をそむける。
しかし、声の主は私の小さな抵抗を笑って流してしまった。
……それにしても、キリエなんて私の事を呼ぶのは誰だ? ティファニーの仲間らしき変態共は大抵「サクラちゃん」だし、何より私の場合なぜか下の名前の方が通りが良い。苗字で呼んでいた人もいつの間にか名前になっていることも多々ある。
とにかく、何か返事をしなければダメか。私は仕方なく顔を上げると、その男とばっちり目が合う。
……そう言えば、こうしてイベントに参加していればいつかは会う可能性はあったな。こいつはずっと参加しているはずだし。
「……実技元首席さん。何か私に御用ですか」
そこに居たのは、やや長身の男……顔は普通の美形で、あまり特徴がない。しかしどこにでもいそうに見えて、そうではない。彼は元実技学院首席のキン・サワラだ。
……私とは特に因縁のない男である。良くも悪くも、彼に対しての個人的な印象は薄かった。若干好きではない人種なのは確かだが、それだけで突っかかる程子供ではない。
「ほほー。これが噂の幼女集団……」
「気持ち悪い事言わないで貰えますか?」
「いや、すまん。そういう噂は聞いてたからな。マッチングのSSRだって」
「は?」
キンは私達の面子をじろりと見回すと、面白そうに顔を歪ませる。何か悪戯でも思い付いた子供の様な顔だ。もちろん体も顔も大人なのでまったく可愛くはない。
というか、幼女集団だとかSSRとか何の話だ?
私が怪訝な顔を隠そうともせずにいると、キンは私の肩をぽんと叩く。
「まぁあんな事があった後だし、知らないのも当然か。それより、相談があるんだけどよ」
「……」
「そんな嫌そうな顔すんなよ。別に悪い話じゃないぜ?」
若干キンの相手にするのが嫌になって来た私は、チラリと後ろを振り返る。
そこに居るのはまたも心配そうなコーディリアと、名乗り出そうになるレンカを引き留めるオウカ、何が何だか分からないという顔のベルトラルド。後、遠くから若干こちらの事を窺っている知らないパーティだ。
対して、正面に居るのはニヤニヤとしたキン。もちろんこの前の話も受けたばかりだし、無視しても良いが……。
無視して何があるかと言えば、再びあの飽きてきている作業が待っているだけなのである。
私の一存では決められないともう一度他のメンバーを見るが、誰も明確に否定もしなければ肯定もしない。……相手の要求が見えないのに、断るのも受けるのも決めかねる。当たり前の判断だな。
私はため息と共に一度だけ頷いた。
「……話は聞きますが、もう1パーティ待たせている事をお忘れなく」
「もちろんだ。ってか、アイツらも呼ぼう。知り合いか?」
「いいえ」
「ま、俺達のどっちかは知ってんだろ。話はすぐ済むさ」
こうして退屈だった私達のマラソンに、ちょっとした刺激が追加されたのだった。
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