第107話 二度目の防衛
「オウカ! 中央に敵を集めるのじゃ! その程度私が一網打尽にしてやるぞ!」
「このっ、勝手な事ばっかり言わないでっ! こっちの都合も考えてよ!」
「……息が合っているのかいないのか、分かりませんね」
範囲、威力、射程に優れた熱線で面倒な魔物を的確に射貫きつつ、オウカに無茶な命令を飛ばすレンカ。ただし彼女も慣れたもので、特異な……いや、奇天烈な得物を用いて、少しずつ魔物を誘導し始めていた。
私やコーディリアの補助があるとは言え、魔物の集団の中であれだけ動けるのだからオウカも大したものだ。
私は戦場の奥の方でごっそりと足止めしていた魔物の集団に対して、毒と呪いを振り撒いて行く。一気に殲滅するつもりのレンカとは作戦が食い違ってしまったが、まぁこの分のダメージが無駄になるわけではないので許してもらうとしよう。詠唱をキャンセルする方が無駄になる。
戦場を見回し、しばらくはこちら側に有利なまま戦えるだろうという事を確認すると、私は作戦室から持って来た椅子に腰を下ろす。制限時間一杯まで戦うとなると若干長丁場なので、休憩用に持って来たのだ。
ちなみに当然だが、前衛組はこんな悠長な休憩をしている暇はない。遠距離攻撃持ちの魔物が来るまで、回避も防御もする必要がない後衛だからこその休み方だ。
空を見上げれば、そこには満天の星。雨雲はすっかり消えてしまった。この世界の時刻は既に深夜に近い。それでも戦場は月明かりや篝火の煌々とした光で照らされ、私達の視界は保たれている。
少しばかり暗いが、視界に関しては昼間とあまり変わらない。そもそもこの辺りは森に囲まれているので、昼間だろうと視界は少し狭いのだ。
そんな中、レンカの操る焔が一際大きく輝いた。
大きな魔法陣の中から飛び出した炎の龍は、その巨体をくねらせて戦場を赤く染め上げる。見た目を優先した結果、少しばかり攻撃の判定に“抜け”はあるが、広範囲に高火力を叩き込む、非常に分かりやすく頼りになる魔法だ。
オウカによる献身的なサポートもあり、多くの魔物を巻き込んだ自身の魔法を見てレンカもご満悦である。
「はっはっは! 私の炎で灰燼と化すがよいわ!」
「その威力は羨ましい限りですわ」
「ふふん。そうじゃろうそうじゃろう。……むしろそれしかない故な。この程度はやれねば困るというものじゃ」
コーディリアとの会話を聞き流しながら、私は隙間が生まれた戦場に一つの魔法を発動する。それに合わせて戦場のど真ん中に現れたのは暗い色の結晶……これは時限魔法だ。
今回は広範囲昏睡の魔法を一定時間で発動するように仕組んである。この結晶は魔物が破壊したりもしないので、余裕のある時はとりあえずハメ用に作っていたこれらを発動しておくことにしてある。魔力や再使用時間、詠唱時間の前借として、今の所は結構よく働いてくれていた。
ちなみに、レンカにも時限式の改造方法は教えてあるが、今の所使っている様子はない。持って来ては居ると思うのだが、おそらく使っている余裕がないのだろう。
我が軍のメインアタッカーとして、魔力消費や再使用時間の管理はかなりカツカツのようだ。
私が仕掛けた結晶の近くで、篝火の光を反射した白刃がきらりと光る。疎らになった魔物は、次々とその刃を前に地に伏していった。
範囲攻撃を逃れたり仕留め切れなかった残党狩りは、オウカの仕事になっている。今の様な残党狩りの他にも、レンカの範囲火力を活かすための敵の陽動も彼女の役目。魔物が多い時は欲を出さずに敵を挑発、魔物が少なくなった時に火力や魔力を集中している様子だ。
よく見ているとやや視野が狭いきらいがあるが、後ろに居るレンカの指示を受けると非常に上手く動く。そのためここでは中々安定した動きを見せていた。
もしかすると、一方的なオウカの献身に見えて、互いに足りない部分を補い合っている関係なのかもしれない。
そんな彼女が持っているのは、初回の挑戦で使っていた小刀ではない。
彼女が手にした歪に曲がった白銀の刃には、長い柄とリボンの様な紐が括り付けられている。全長1m程のその得物は、おそらく“鎖鎌”と呼ぶのが最も適切だろう。鎖ではなく、柄の手前側には赤いリボンが結ばれているが、形状はそれそのものだ。
彼女の身の丈からすると巨大にすら見える装備だが、彼女は楽々とそれを振り回していた。大振りの回転攻撃が多いロザリーに比べると、逆手に持って刃を突き刺したり、鎌を投げてからリボンを引いて関節や首を狙ったりと、非常に小回りを利かせて戦っている。合間合間に体術も絡めているので、何と言うか、派手だが妙に忍者っぽい。
戦いぶりを見ていると忘れそうになるが、この武器、当然だが小刀に比べると扱いにくいはずだ。
それでも今回のイベント用に持って来た最大の理由は、武器の追加効果である。
状態異常の敵への威力上昇効果が、高レベルで付与されているのだ。なぜそんな物がこれほど早く用意できたのかと言えば、別に特別な理由はない。元々オウカが持っていたのだ。
高い魔石を購買の武器作成に突っ込んで完成した“失敗作”は、安値で売りさばかれる事もなく、彼女のインベントリの奥底で眠っていたらしい。
今回私とコーディリアが居るという事で引っ張り出してくれたその武器は、重量の補正もあり、前に使っていた小刀の約3倍の威力が出ている。
もちろん重くて大きい分取り回しは難しいだろうし、状態異常が二つ以上付いていないと、強いんだか弱いんだかと言った威力しか出ないのだが、この戦場で“残党”を狙うにはこれ以上ない装備だろう。何せオウカが狙うべきレンカの撃ち漏らしは、ほぼ間違いなく私かコーディリアの妨害を受けた後なのだから。
リボンで延長された独特なリーチも、牽制手段が増えたと喜んでいる様子だ。
そんなオウカの刃を受けて消えて行った魔物。それを合図にするように、奥の森の中から追加の魔物が湧き出した。
こうして絶え間なく魔物と戦い続けるのが今回の訓練である。似たような状況になった事はあるが、こういう時に気を付けなければならないのは“殲滅速度”と“足止め”だ。
どれだけ前衛が優秀でも一度に相手にできる魔物の数は限られる。だから、それ以上の魔物が殺到しない様に、時間稼ぎをする足止めが必要。
ただし、その足止めにも限度がある。無限に湧き出る魔物を永遠にとどめておくことはできない。そのため増援以上の殲滅速度も同時に必要になる。
例えば私達の場合、私は足止め、レンカは殲滅の担当だ。
そして、その双方に関与しているのがコーディリアである。
混沌とし始めた戦場を白い影が砲弾の様に突き抜け、私達を殺めんと突撃していた魔物を弾き飛ばす。まるで自動車にでもはねられた様な勢いで弾き飛ばされた魔物は、急な傾斜の空堀へと落ちて行った。あそこに落ちてしまえば、足で歩く魔物はそうそう登ってこられない。
その“砲弾”は空中で旋回すると、散った魔物の内の一体に再び突っ込んでいく。
それは、巨大な蟲だった。それも光沢のある体を持った“甲虫”である。
縦に並んだ二本の角は体と同じ程に長く、そして鋭い。黒光りする“兜”とは対照的に、背中の翅は美しく白に輝いている。コーディリアに言わせるとあの体色は青らしいのだが、光の関係か私にはとても青には見えなかった。
彼の名は金剛。最も硬い金属の名を冠する彼は、今のコーディリアの最大戦力だ。
高い耐久性能と怪力、そして高速飛行可能な飛行能力を兼ね揃えている。半面、属性攻撃力には乏しく……何より“状態異常攻撃”を一切持っていない召喚体だ。
最近何をしているのか謎だったコーディリアだが、どうやら召喚体の“再育成”をしていたらしい。
再育成とは要するに、召喚体の育成状況をリセットし、最初から育て直す事。その結果、金剛の様な新顔が追加され、紗雪などの私にも馴染みのある召喚体も中身はほぼ別物になっている。
状態異常系は攻撃判定を含まない使い勝手のいいスキルに留め、その分を攻撃や耐久面に振り直したらしい。
……彼女は状態異常に強い拘りがあるのかと思っていたのだが、私の勘違いだったのだろうか。それとも拘りを捨ててまで戦力に注力する必要があったのか?
若干彼女の決断に対して釈然としない思いもあるが、そもそも蠱術師はアタッカー育成が人気の学科。結果は見ての通り良好だ。状態異常特化の編成を捨てたので私との連携は少なくなったが、単独としての戦力ならば随分と伸びた。
彼女の召喚体にとっては今回のイベントが初陣のような物だが、知識と経験、何より情熱のあるコーディリアの子供達。今回も大いに活躍するのは間違いないだろう……。
そんな他のメンバーに負けず、私も新魔法の使い勝手は良好だ。多分。目には見えない効果なので、終わったら戦闘ログを詳しく確認する必要があるが、多分良好だと思う。
そして最後の一人なのだが……。
ベルトラルドは、懸命に戦っていた。
オウカと私達の間に陣取り、大きな剣を持った人形を動かしている。コントローラーでもあるのかと思っていたが、どうやら手元にある糸と魔法で操っているらしい。
二足歩行の人形は剣を振り回して……いや、剣に振り回されて体を引きずられている。あれでは人形を操っているのか剣を操っているのか分からないが、その攻撃で魔物が大きく怯んだ。威力自体はそこそこある。
その機を逃さず、レンカが自慢の炎で焼き尽くす。
彼女の暫定的な役割は、オウカを抜けようとする魔物の足止めだ。能力値が足りないので、レンカはベルトラルドと戦っている魔物を優先的に狙撃するように動いている。
ベルトラルドが居るからこそオウカはある程度自由に動けているし、レンカがいれば大きく苦戦する場面もそう多くはない。
しかし、彼女が大きな戦力になっているかと言えば、そうではないのは確かだ。おそらく、彼女が居なくともオウカとレンカがもう少し頑張ればこのパーティは機能してしまう。
私はその状況を見詰め、じっと考え込む。
彼女に、いや、この私達に足りない物は何だろうか。その点を強力に補う役割をベルトラルドに持たせれば、更に上を目指せるはずなのだ。
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