第105話 選ばれし5人目
やけ食いを終えて合宿場へと戻った私は、直前まで顔をあわせていた4人でイベントのための作業をしていた。
装備を整えたり、スキルスロットに入れる魔法の吟味をしたり。使う薬も今回専用に入れ替えた。前衛と後衛の距離が遠いので、回復薬を投げて味方を回復するなんて方法は滅多に出来そうもないし、何よりイベントを周回するのに消費アイテムを景気よくばかすかと使いたくはない。
そんな数ある作業の中でも、私は特に今回用の魔法の調整に勤しんでいた。自分の分は当然として、他二人分の魔法も面倒を見ている。レンカとオウカの分だ。
ちなみに彼女たちは、そもそも魔法研究会へ所属しないかと私を誘うために探していたのだとか。そんな折に偶然、エイプリル達と話している時に私を見付け、レンカが勝手に私に協力を申し出たらしい。否応なく参加させられているオウカには同情を禁じ得ない。
……いや、出会ったのは偶然でもないか。
あそこにいた面子はこの上なく目立っていたので、近くを通りかかれば気付くのは必然だったはず。シファのインタビューで計算が狂ったとは言え、用事があるなら私の授業終了直後を狙っていたはずだし、あの時あの場に彼女達が現れたのも道理だと言える。
私は作業に没頭しつつも、外で何か少し物音がした気がして顔を上げる。そしてその察知した気配は、気のせいでも何でもなかった。
魔法陣の改良に参加できず、ちょっと寂しそうなコーディリアを含めて各々が黙々と準備を進める中、ついにその女は姿を現した。
「わたしが帰って来たよ! 小悪魔な天使ちゃん達!」
ばさりと音を立てて、テントの入り口が派手に開く。その元気のいい声、そして何を言っているのかよく分からない言葉が耳に入った私達は、全員揃って入り口の方を睨む。
そこに居たのは、謎の理屈でパーティに加入する事を拒絶したティファニー……だけではなかった。
彼女に抱えられるようにしてテントへ入って来たのは、小さな女の子……抱えられているのではっきりとはしないが、おそらくは最低身長だ。
……私はコーディリアと自分以外に最低身長をあまり見たことがなかったが、学院生の中にも探せばいるものだな。
そんなのほほんとした事を考えてしまったが、ふとある事に気付いて私は顔を顰める。
「……ティファニー。それ、誘拐にしか見えませんよ」
「お姉ちゃん、いつかやるとは思ってたけど……」
「失敬な! わたしだってちゃんと社会的常識くらいあるよ! 幼女パーティ作るために必要な社会的常識くらいは!」
それは、社会的常識と言っていいのだろうか。とても社会的でもなければ常識でもない気がしてしまう。
ティファニーに抱えられていた少女は小さく動いてその拘束を抜け出すと、私達の前でぺこりとお辞儀をした。ただしその動きはコーディリアと比べるとやや粗雑さを感じさせるものであり、どちらかと言えば私の態度に近い物がある。
形だけのお辞儀からすぐに顔を上げた彼女はやや眠たげな眼で私達を見回すと、徐に口を開く。
「ベルトラルド・ガルシア。よろしく」
***
「五人揃ったことだし、改めて自己紹介をしましょうか」
初対面の集団に混じれといきなりロリコンに命令された哀れな少女、ベルトラルド。何人なのかもよく分からない名前の彼女は、もちろん私達の顔と名前も知らない。
私やレンカの顔を見ても特に反応がないので、配信も見ていないのだろう。最近は地味に有名になってしまったし、出会う生徒に何らかの先入観を持たれている事ばかりなので、この反応はやや懐かしく感じてしまう。
そんな彼女を前にした私はとりあえず、ロザリーの教えの通り自己紹介から始める事にした。
長方形の机を囲んだ私達は、私達が何かをするたびにビクンビクンと怪しげに蠢くティファニーをテントの外へ追放すると、一人ずつ名前と学科、更に戦闘に必要な情報を話していく。
私とコーディリアは多少は慣れているので最初に行い、次の自己紹介のバトンは自信満々のレンカへと渡って行った。
立ち上がった彼女は薄い胸を張ってふんぞり返ると、片手を前に突き出して不敵に笑う。
「くっくっく……私の名はレンカ。学部の筆記優秀者として世に轟く藤原 恋歌の名とは、何を隠そう私のものじゃ。恐れ戦けぃ!」
と、彼女はそんな自己紹介から始める。
おそらくは初めて彼女のフルネームを聞いた気がするが、何と日本人的な名前だろうか。少し驚いてしまった。レンカの時点で和風だなとは思っていたが、まさか苗字まで純和風だとは。
というか、本人の話の割りに聞いたことがない名前だな。本当に世の中に轟いているのだろうか。
私以外も同じような感想なのか、オウカ以外の反応はやや鈍い。コーディリアを含め、みんなよく知らないのだろう。元々多少の有名人ではあったようだが、あの言い草だとフルネームの方が通りがいいのだろうか……?
私達の渋い反応を気にも留めずに、彼女は自分の学科章と筆記優秀賞の褒章を見せびらかす。そのブローチは“魔法学部”の優秀賞なので、私が言うのも何だが結構な成績と言えよう。学院長が授与式にやる気を出していたら、ほぼ間違いなく学院優秀賞だったはず。格闘学部は筆記成績が低いので、魔法学部の筆記上位なら余程ギリギリでない限り基本的に素通りだ。
普段は彼女もあのブローチを制服に着けていないそうなのだが、私の魔法の書の裏表紙を見てから対抗意識として着け始めたらしい。
それを見たベルトラルドの表情が少しだけ変わる。どうやら感心したようだ。
「すごい。頭いい」
「ふ……ふふん。ま、まぁそうじゃろうそうじゃろう……私、頭いいんじゃよな? 自慢していいんじゃよな?」
「この面子だと微妙に自慢にならないから止めておきなって言ったじゃん……」
私が筆記首席だと知っている3人がチラリと私の顔を窺う。
いや、本当に自慢できる成績だとは思うよ? 学部の優秀賞は取ったけど学科の首席や次席ではないと聞いて驚いたくらいだ。……とは言え、それを口に出すとただの嫌味でしかないので黙っていよう。
唯一新顔のベルトラルドだけが不思議そうな顔を見せているが、理由はその内伝えようと思う。
私からの反応が特にないのを確認すると、レンカは咳払いの後に自己紹介を進めて行く。
「おほん……えー、見ての通り魔法学部火炎術科所属じゃ。得意魔法は広範囲超火力の殲滅! 特に今回はイベント用に調整を重ねたのでな、期待して良いぞ」
彼女の所属する火炎術科は、4種類居る属性使いの内の一つ。
炎属性と無属性以外の攻撃魔法を使う事が出来ない代わりに、燃費と火力の両立を実現する炎魔法のエキスパートだ。魔法の追加効果で威力強化のバフを得る事が出来るので、属性使いの中でも頭一つ抜けた人気学科と言っていい。
お互いに知り合いではないようだが、名前が似ているカレンとは学科まで似ているのだ。
ちなみに彼女、私の上級の授業、効率化の恩恵を最も受けた生徒の一人と言っていいだろう。
彼女の魔法は元の威力や消費、攻撃範囲や射程が大きいので高が数%と言えど中々馬鹿にならない。特に彼女は改造魔法を好むので、意図せず無改造魔法陣の良い部分を改悪しがちだった。
そのせいなのか何なのか分からないが、知り合って間もない割りには信頼されている様に感じる。私の自意識過剰な勘違いでなければだが。
彼女はその後も少々自分設定を語り、それ要らないでしょとオウカに窘められて渋々席へと戻る。そうして順番は彼女へと渡っていった。
「えーっと、おーかはオウカ。所属は忍術科だよ。能力は敏捷性優先で、装備は物理型、魔法は武器魔法をよく使うかな。そっちのバカレンカと違って範囲魔法は頼りにならないけど、前衛で頑張るよ」
彼女が所属するのは忍術科。はっきり言って不人気学科の一つだ。
少なくとも私の印象の中ではそうだった。私の授業でも彼女の他には一人も来ていない。絶対数が少ないためだろう。ちなみに呪術科とは教員室が一緒で、使っている教室も近かったりする。
忍術科の最大の特徴は、前衛として運用される魔法学部の学科であるという事だろう。これは極めて珍しい。他にこの特徴を持っているのは死霊術科程度だろうか。他にもいるかも知れないが、マイナー気味なのは間違いないだろう。
その召喚系の死霊術科よりも更に接近戦に力を入れている学科で、魔法学部ながら魔法攻撃力よりも敏捷性や物理攻撃力が伸びるという不思議な性能をしている。
学科共通の最大の欠点は、魔法学部の近接型だという事。最大の特徴が最大の欠点になっているという悲しい定めを持っていた。
魔法学部のスキルは総じて“詠唱時間”が存在する。つまり魔法攻撃の前に多少の準備が必要なのだ。そしてこの時間は移動に大幅な制限を受ける。詠唱時間の短縮や、無詠唱で魔法を使う手段も存在するが、威力の大幅な低下や消費魔力の増大の問題があり、攻撃魔法に使うにはあまり実用的ではない。
近接回避型の忍術科にとってこれはあまりにも痛い。耐久力が低いのに、敵の前で大きな隙を晒さねば魔法を使う事が出来ないのだ。
格闘学部の魔法は詠唱が存在しないので、この格差はどうしようもない程に大きかった。
……と、不人気の理由がはっきりしている学科だったのだが、随分前のバランス調整で“忍術科のみ”詠唱中の行動制限が大幅に緩和された。相対的に死霊術科が弱くなった気もしないでもないが、数を大きく減らしていた忍術科は大喜び。
何せ最大の欠点が消滅したと言っても良い調整なのだ。バランス調整のお詫びとして元忍術科に無料で転科届が配布されたりして、当時は結構話題になっていた。私には何の関係もなかったので気にしていなかったが。
現在でも人数は少ないものの、実力的には決して弱いキャラクターではないという話になっている。
そんな今の忍術科は高い敏捷性で敵の周りをうろちょろしながら武器で斬り付け、武器魔法で大ダメージや牽制を狙うというテクニカルな立ち回りが基本になっている。
特にオウカはその中でも特に反射速度の問われる高速インファイトに強いという。羨ましい……。
忍術科が得意な武器魔法も一応解説しておこう。
武器魔法とは、文字通り魔法の力を武器にして攻撃する魔法の事だ。これを使えば、格闘学部の様な魔法剣技を魔法学部でも使う事が出来る。
魔法武器とは似ているが意味が全く違う。こっちは魔石で制作した武器の事。つまり私達の普通の装備品の事である。
武器魔法で私にとって最も馴染み深いのは、ティファニーの炎の矢。回転率と威力が優秀で、実技試験では大変お世話になった。
魔法学部の詠唱魔法の中では詠唱時間が比較的短く、威力も高い。ただし狙い辛かったりリーチが短かったりとやや癖の強い魔法でもある。例えば、氷の刃を飛ばして攻撃できるのに、氷の剣を振り回すのにどれだけの価値があるだろうか。
もちろんそれ以上に利点もある。詠唱魔法でありながら物理攻撃力で補正が乗るのだ。そのため奇術科の様に能力値が満遍なく伸びる学科や、忍術科の様に物理型染みた成長をする学科には大変重宝する魔法らしい。私には実感がないが。
そんな話を詳しくしてくれたオウカが椅子に座ると、次の人物に視線が集中する。
彼女はそれを無表情で受け止めてすくりと立ち上がった。その顔に緊張の色は一切見えない。
私は彼女の学科章をチラリと見て、黙って話を聞く姿勢を整えた。彼女の胸にあるのはやや特徴的な人型の紋章。こういう形の学科章はここが唯一だろうか。
完全に私の専門外。詳しく聞かなければならない。私はそんな彼女の話こそ、この自己紹介では真剣に聞く必要があるのだから。




