第104話 晩餐前の歓談
暗くなっていく視界の中で、ゆっくりと目を開ける。
目を閉じたまま見ていた仮想の夢は、それと同時に味気ない電子音で終わりを告げた。
私は自動で電源の落ちたゴーグルを頭から外し、四肢に取り付けたセンサー類はそのままにして起き上がる。
家主がベッドから動き出したのを感知した電灯が、柔らかく部屋の中を照らす。薄暗いくらいの明るさは、目を閉じたまま光を見ていた私には少し眩しい。私は現実の明るさに慣れるまで、しばらく目を瞬いた。
「……」
ようやく現実の光に瞳孔が慣れると、今度こそベッドから立ち上がる。
この時間でも、閉じられたカーテンから夕陽が差し込むことはもうなくなった。気温が下がるにつれて日没が早くなっている。これから次第に肌寒い日も増えて行く事だろう。ついこの前まで夏だったのが噓の様だ。
私は急に“大きくなった”体の感覚を取り戻すため、思い切り伸びをし、そのまま軽い体操を始めた。ややオーバーサイズの部屋着なので動く分には問題ない。多少開けたとしてもどうせ一人暮らし。見る者はいない。
VR酔いはアバターと現実の体格差が大きい程に強くなり、VRを頻繁に使う程に慢性化していく。
そのためこうして体をこちら側に“慣らす”作業を日課にしないと、どんどんと体調が悪くなっていく……らしい。実感したことはないが、万に一つでもゲームなんかが原因で職場に迷惑を掛けられないので、一応習慣にしているだけだ。
日課になっている体操を終えると、冷蔵庫から水を取り出す。冷え切った容器から食洗器に入れっぱなしのカップへと中身を注ぐと、少しずつ口に含む。
そうして乾いた口の中を潤すと、開けっぱなしの冷蔵庫の中を覗き、今夜の献立を考え込む。
昨日の残りは今朝食べ切ったし、足の早い食材も特にない。……いや、足の早い食材どころか肉も魚も野菜もないし、買い出しいかないと駄目だな。確かお米はあったから、総菜を買って来てもいいけど……。
「……ん?」
水を飲みながら、これから着替えるの億劫だななんて考えていると、聞き慣れた電子音が部屋に響く。何処へ置いたかと一瞬視線を彷徨わせたが、音の発生源はすぐに見つかった。
私は机に置いてあったデバイスを持ち上げると、その着信表示を見て顔を顰める。
画面にはたった一文字。
“母”と書かれていた。
私はため息と共にやや重い端末を持ち上げる。
「……もしもし?」
『何をしていたの? 電話にはすぐに出なさい』
「今は夕飯の準備中です」
小さな覚悟を決めて通話を開始すると、耳元で聞こえたのはやや不機嫌そうな声。この年になって小言を言われるのは避けたいので、小さな嘘を混ぜて言葉を返す。
それで彼女が納得したのか、それとも最初から私の返事など聞いていないのかは分からないが、彼女の話題はすぐに元の用件へと移って行った。
その内容は半ば予想できていた物であったが。
『そろそろ帰って来る気はないの?』
聞き飽きたその言葉を聞いて、私は黙って冷蔵庫の扉を閉める。これで何度目だろうか。もはや正解の回答すらないこの問答は。
私の数秒の沈黙を受け取り、彼女は電話越しに聞こえる様にため息を吐く。落胆、呆れ……そうしたいのはこちらも同じだ。
『高校を出たまま飲食店の店員なんかやっても、先はないと言っているでしょう。帰って来て私の手伝いをすれば何倍も良い暮らしが出来るのに、どうしてそれを認めようとしないの』
「……現状に満足してると何度も話したでしょう。その事ならそれ以上の回答はありません」
『向上心を持ちなさい。子供ではないのだから、要らない意地を張らないで。それに、お店が潰れたらどうするつもりなの』
何度も繰り返された問答。
彼女に何を返しても、結局は私の意見など聞こうともしない。素晴らしい女性として祭り上げられている彼女には、私が高卒で飲食店の店員をしているのがどうしても我慢ならないらしい。おそらく、娘の仕事について周囲には隠しているのだろう。
年齢的には大学生の私だが、4年制大学ならばそろそろ就職について考えるような時期。無神経に話題に出す人も居るだろう。
最近連絡が減ったと思っていたが、こうして再び連絡を取って来たのはそういう訳か。
彼女の話を聞きながら、ふと、昔の事を思い出す。
私の母は昔からこういう人だった。
私が勉強の成績を報告すれば、仏頂面で更に難しい内容の本を積み上げ、運動会で全員参加のリレーがあると言えば、近くの公園で長時間の走り込みをさせる。
兄は滅多に家には帰ってこないし、私は次第に“唯一の家族”である母と話すことはなくなっていった。中学校の全国模試の成績で校内一位になった事を報告した時も、褒めるでもなく怒るでもなく、その程度で満足することなく更に上を目指せと淡々と語っていた。
彼女の中の“最善を尽くす”は常人が考えている様な意味合いではない。文字通り“これ以上ない”状態にするという意味だ。それを母は向上心と呼んでいる。
そして私には、それが欠如しているのだと。
その時には既に学校で絵筆と話すことはなくなっていたので、私の相談役は滅多に家に居ない兄だった。もちろん、彼にだってすべてを話していたわけではない。本当の意味で、本心から相談できる相手など私にはいなかった。
それは、きっと今も変わらない。
そんな中途半端な家族である彼から、「母は母なりに優しいのだ」と聞かされた時、私は初めて自分の母親を理解した。
彼女は私により“良い存在”になって欲しいんだな。だから私に課題を与え、満足することなく邁進するように強要する。
それは最終的に私のためになる事だから、私の意見を無視することも優しさの内なのだ。私の考えを無視して押し付け、それを受け止め続けた“私”が本当の“私”なのかは疑問だが。
周囲の話を聞く限り、普通の親はここまでしない。
何と優しく、そして傲慢な女だろうか。そう思うと同時に、私の中で何かが解決した様な気持ちもあった。
私と絵筆を別れさせたのも優しさで、私が嫌いな母も優しい人で。……優しさとは、優しいとは、ただそうあるだけで価値があるわけではないのだと。私は改めてそこで思い知った。
昔も一度優しさや倫理を疑い、そしてもう一度その意味を思い出す。そうして私はようやく識る事が出来た。
結局、人間に内面を求めても仕方がない。彼らには彼らなりの優しさと正しさがあり、それが他人にどう影響するかは“内面の善悪に関係しない”。
善人が悪行をすることもある。悪人が善行をすることもある。本人の思惑とは別に、世間や他人への影響の善悪が判断され続ける。
人が人に示せるのは行動だけだ。内面を露出させることが不可能な以上、言葉と行いが人間を判断するためのすべてにならざるを得ない。
他人の内面に意味はない。
私から見える物がすべてであり、“優しい人”と“優しくしてくれる人”では、後者を前者なのだと信じる他に選択肢がない。
心根の優しさとは、何と無意味な事だろうか。ただそこにあるだけでは誰にも伝わらないのだから。
それから私は進学希望を独断で取り下げ、自称進学校から就職を希望として提出した。
ただただ、煩わしい優しさから自分を遠ざけたくて。
あの時と何も変わらずに、“より良い人生”とやらを目指すために努力をしろと言い聞かせる母の話を聞き流し、私はシンクに冷たい水を捨てる。
……私が私であることがそれほどに嫌ならば、早く諦めてくれればいいのに。一度世間から得た、仕事と育児の両立をしているという印象は、それほどに手放しがたいのだろうか。
やっぱり私には、結婚なんてできそうもない。
どれだけ否定しても、私には彼女の血が流れ、何より彼女の教えを受けて育ったという事実は覆し様がないのだから。
皆様いかがお過ごしでしょうか。この辺りは昨日から結構な暑さです。
私の小説を書く作業部屋は元物置きを改築して出来た物なので、非常に広いですが網戸もクーラーもありません。サーキュレーターを回し、水分もこまめに取る様にしていますが、集中力はどうにも……。




