第103話 秘めた手段
私は魔法陣を描き直しながら、ついさっきまで行っていた実技訓練について思考を深めていく。この面子をどう動かせば効率的に攻略できるだろうか。
実技訓練のルールは単純だ。
背後にある門を一定時間守り抜けばクリア。魔物は時間内なら際限なく出現するので、全滅させることはできない。他の終了条件は参加者のギブアップか、パーティの全滅だ。
ある程度時間経過で追加の魔物が出て来るとは言え、魔物を素早く倒すとより強い魔物がより多く出現する設定になっているため、ダラダラと時間稼ぎの様な事をすれば上級者にとってはクリア自体は難しくない。
ただし、この戦法では点数がまるで増えないようだ。
今回のイベントの報酬は、いくつか種類がある。
まず、個人の最高得点に応じて得られる個人報酬。これは主に初心者向けの内容になっているようで、私なんかはあまり関係がない道具も多い。欲しいのはお金と魔石くらいだろうか。汎用型の装備品なんて貰っても使わないので。参加する度に貰える物もあるが、どこまで毎回頑張るかは人それぞれだろう。
一番豪華なのは、イベント終了時のランキングで与えられるランキング報酬。こちらはもちろん、イベント終了後に一度しか貰えない。既にランキングの上位争いは加速し続けており、やはりというかキンの名前が抜きつ抜かれつという感じではあるのだが、上位を維持していた。
そして最後にもう一つ、防衛報酬という物がある。
コーディリアが参加賞と呼んでいたのはこれだ。門を防衛した時間によっていくつか景品が貰えるようになっている。大半は魔石だが、クリア時の防衛報酬は馬鹿にならないらしく、参加者のほとんどがこれを求めてイベントの参加に勤しんでいるようだ。
私達もとりあえずはこれを目指して攻略を進めたい。そのためにはまず安定して防衛を成功させる作戦が必要だ。
今回の戦いは、とにかく魔物の数が多い。
まとめて殲滅できる範囲火力と、狭くなった道から押し戻されない防御力、いつも以上に攻撃が集中するタンクを死なせない単体回復能力、遠距離から嫌がらせをして来たり、障害物をすり抜ける魔物を的確に射貫く狙撃力。これらが重要になって来るのは間違いない。
前回の実技試験が強敵との戦いだったこともあり、単体火力や範囲回復を求められることが多かったのとは対照的になっている。
理想のパーティバランスとしては、範囲火力が2人、タンクが1人、回復専門が1人、補助回復兼狙撃が1人くらいの感じか。柵を盾に出来るので、今回は前衛は少なくていい。複数人居る場合でも、遊撃役を出すのは不可能だろう。むしろピンチの時に場所を交代できるくらいの距離感で連携するのが得策に思える。
……まぁ、私達には関係のない話だ。理想から遠いなんてのは、今に始まったことではない。
もう一つ重要な話として、今回のイベントは“異なるパーティ同士”で協力する事が出来る。
単独パーティで出撃してもいいが、複数のパーティでの防衛が可能。当然こちらの火力が上がるので強敵を出現させやすい上に、防衛報酬も受け取りやすい。報酬目的ならこちらの方が良いかもしれない。
その反面、即時リタイヤ等の迷惑行為の横行やパーティの戦力バランスが整わない等、都合の悪い事もあるだろう。何より人数分点数が分散される(活躍の機会が減る)ので、スコアアタックにはまったく向いていない。
現在は、スコア目的やとりあえずのお試しなら単独、報酬が欲しいなら協力を選ぶのが主流だ。まだまだ始まったばかりなので今後変わっていくかもしれないが、その可能性は低いと思う。
おそらくは今後もこういう方針で固定される。効率化するためなら味方を増やすより精鋭を集めた方が良い……そういう難易度だった。
私は描き終えた魔法陣を見直して、どこか間違っている部分がないか確認していく。
実技試験への単独挑戦を途中退場した私達。それから休憩も挟まずにこうして集まっているのは、作戦会議のためである。
それと同時に改造魔法への知識がある3人は、イベント用へ魔法陣の調整も一緒に済ませてしまおうという話になった。作戦の要となる魔法もあるだろうし、一石二鳥と言える。……本当は作戦を先に決めた方が効率がいいとは思うが、何となく改造方針を思い付いたら先に案の書き出しだけでも片付けて置きたいと思うのは私だけではなかったようだ。
集まっている場所は作戦会議室。
室と言いつつも布製のテントだが、これはさっきまで居た門の裏側に設置されている。つまりここはあの防衛線の合宿場側だ。この辺りには受付や会議室、出張購買などが設置されているためかなり便利。学院に戻る必要はほとんどないだろう。
ちなみに、明らかにイベント参加人数よりも少ない生徒の姿しか見えないので、呼び出しでもしない限りは生徒同士が過度に干渉しない様な設定になっていると思われる。同じ空間が複数用意されており、適宜生徒が割り振られていくのだ。
実技試験の様な混雑はやっぱり現実的とは言え面倒だし、こっちの方が気は楽だ。
「……状態異常が通るなら、使わない手はないよねー」
「昏睡や混乱で足止めをし、最小限の魔物を相手にするというのが基本方針で決まりですね。後は……」
話し合いに適度に口を挟みつつも、私は別の事を考える。
……これ、どうしようか。こんなイベント次いつ来るか分からない。状態異常が通る敵が次々に出現するこのイベント、試験場としてはまたとない機会なのは間違いない。
……使うべき、だろうか。
一先ずの改造を終えた私は、魔法の書から一本のボトルを取り出す。
これは毒性学とは別に取った、もう一つの副専攻で製作した物だ。あの競合課題の後に試しに一度だけ使った切り、実戦では一度も使ったことがない。今回はまたとない機会だし、もしかすると今後今回以上に効果を発揮する戦場はないかもしれない。
しかし、一応秘密の手段として作った物を、付き合いの浅い彼女らに見せても良い物か。
そんなことを悩んでいる私の前に、一枚の紙切れが差し出される。不思議に思って視線を上げれば、そこには難しい顔をしているレンカの姿。
「……のぅ、サクラよ。私の最終決戦魔法、確認してくれぬか?」
「……最終決戦魔法?」
「私の史上最強魔法じゃ。秘匿されし“古代魔法”……の改良版じゃな。上級の授業も一応内容だけは聞いておってな、私なりに改良してはみたのじゃが、流石に試し撃ちも無しでは今一つあってるのか分からぬ」
……古代魔法?
ぼんやりとしていた頭に、耳から入って来た言葉が突き刺さる。その意味をじんわりと理解し、私はもう一度その紙切れに視線を落とした。
魔法陣が描かれている。火炎術なのは間違いない。ただ、私の知らない魔法だ。私の知らない魔法なんて専門外にはいくつもあるが、確かにこの内容は話に聞いたこともない……。
その上、私が持っている火炎術への印象から少しズレた“表現”が含まれている。
ではこれ、本当に“古代魔法”なのか?
私はようやくそれを理解すると、紙ではなくレンカに顔を向けた。
「こんなの、秘匿しなくていいんですか」
「ふふん。私はオリジナル魔法を多用する生徒として名が通っておるのじゃ。他の連中に見られても古代魔法だと思う奴はおるまい」
そうではなくて私に見せて……と言いかけ、止める。彼女はこの情報が、私に知られて不味い事だとは考え付いてもいないのだ。
おそらく一種の“信頼”なのだろう。彼女は私が古代火炎術を知っても意味がないと思っている。つまり、無闇矢鱈に人に言いふらさないと考えている。古代魔法があると分かれば、そこから他の人へと渡るのは早い。現にロザリーの古代魔法なんてほとんどの死霊術師が知っているだろう。
……私はどうしてこれを彼女らに知られたくなかったのだったか。
私も、その信頼に応えようか。
今回のイベントで隠し事はナシ。私の持てるすべてを出して、戦いに臨むとしよう。




