第101話 変態の矜持
突然の声に私達が揃ってそちらへと視線を向ければ、そこに居たのは小さな女の子。それも見たことがある顔が二人揃って並んでいた。
その内の片方は無関係を装う様に視線を逸らしてはいるが、立ち位置から関係者なのがはっきりと見て取れる。もう一人はそんな片割れの気も知らず、堂々と胸と張っていた。
私はまだ薄れてはいない記憶の中から、目の前の彼女の名前を掘り起こす。
確かカレンとか……あれ? カレンはシファの友達の名前だったか。カレンカレン……あ、思い出した。
「……レンカさん、何か用ですか?」
「ふふん。聞いて驚くがよいぞ。さっきの勝負、私が貴様に協力してやろうと言うのじゃ。盛大に改造魔法の試射をしてやるでな。授業は予約合戦に負けて初回以降行けんかったが、生まれ変わった私を篤と見るのじゃ!」
彼女は高らかにそう宣言すると、まるで私達の仲間かのように親し気に歩み寄り、私の肩を抱く。……知らない仲ではないが、いきなり馴れ馴れしいな。それに身長が私と同じな分、他の人よりも距離が近く感じる。
私はその手をあっさりと振り払うと、その後ろから冷めた目でレンカを見ていた少女に目を向ける。
「あなたも同じ目的ですか」
「い、いやいや、おーかはレンカちゃんの付き添いってだけだよ。別に喧嘩しに来たわけじゃ……」
どうやら一緒にいたオウカはレンカの知り合いで、偶々一緒に居ただけだったようだ。この提案はレンカの独断という事か。初回の授業でもそうだったが、無駄に行動力があるタイプのようだ。
……まぁもう何でもいい。今日はもう疲れた。とりあえずここから離れよう。
私はこの状況をどうにかする事をさっぱりと諦めると、今度こそ席から立ち上がる。
「とにかく、話はこれで終わりです。これ以上時間を無駄にしても仕方がないでしょうから」
「……分かりました。この度は話を聞いて下さり、ありがとうございました」
深く頭を下げたエイプリルからすぐさま視線を逸らすと、私はコーディリアも立たせて店を後にする。支払いはガードナーが持ってくれる約束なので、別に無銭飲食ではない。
雨はいつの間にか止んでおり、晴れ間からは光の柱が差し込んでいる。
そんな美しい光景を見上げても、疲れた私の心が安らぐことはなかったのだが。
私達は泥濘む道に足を踏み下ろす。新品同然の革靴を泥が濡らすが、どうせ勝手に綺麗になるので気にする事もない。向かう方向はとりあえず、周囲の生徒の向かっている方だ。おそらくはこちらに実技の会場があるのだろう。
まぁ会場へと向かう前に一つやっておかなければならない事があるのだが。
「それで? レンカさんは本当に私達とイベントに参加するつもりですか?」
「当然じゃ。これで4人までは揃った。あと一人居れば面子が揃うぞ」
「え、ウチも勘定に入ってるの? 嫌だよ、あんな有名人と喧嘩なんて。誰に何言われるか分かったもんじゃないし」
そう言ってレンカの話を否定するのは、後ろにくっついてきているオウカだ。
彼女は私達に協力するのは反対らしく、あからさまに嫌そうな顔をしている。それに対してレンカは笑みを浮かべたままだ。
「あの授業は貴重な体験じゃったが、私の実力の方は疑問視されてしまったからのぅ。ここらでババーンと大活躍しておかねばならぬのじゃ」
「それは分かったけど、ウチが出る必要ないよね?」
「同じ研究会の好みじゃ」
「使い方間違ってるよ、それ」
レンカの一方的な言い分に、オウカはため息を吐く。どうやらやりたくないのは本当らしい。
せめて二人の間で話をまとめてからやって来て欲しかったのだが、今をその時間にしておこう。二人で気の済むまで存分に話し合ってくれ。
私はコーディリアを振り返る。
本当にこの面子で実技に臨むなら、この後正式に自己紹介はするつもりではあるが、先に私と彼女達がどういう知り合いなのか説明しておいた方が良いだろう。
コーディリアは授業に参加していなかったので、オウカの事は知らないはずだ。
「コーデリア、レンカさんは知っていますね?」
「はい。初日の授業で最後に出てきた人ですよね。話には聞いています」
「もう一人も授業を受けた生徒の一人です。名前はオウカ。……見ての通り、どちらも相当変わっているので覚悟しておいてください」
「……私達の知り合い、どうもそういう人多いですよね」
「……」
確かにな。
私はコーディリアの話を否定せず、後ろをチラリと確認する。付いて来てはいるが、相変わらず話し合いが進んでいる様子には見えない。
しかし、オウカも嫌だ嫌だとは言いつつもこうして遅れずに付いて来ている辺り、もしかすると参加するつもりがあるのだろうか。まさかどこに向かっているのかを察していないわけではあるまい。
話を聞く限り同じ研究会に所属しているようだし、その上結構仲も良さそうで、嫌だと言いつつも付き合うのがお決まりになっているのかも。
それに、レンカと話している今の彼女の姿は、記憶にあるオウカの話し方や雰囲気からは大きく外れた印象を受ける。こうして見ると、やや見た目が派手だが至って普通の女の子だ。
このまま話が進んだ場合、私達は4人パーティになる。
本来ならば私達のいつもの面子、ロザリーとティファニー、そしてリサを招集するつもりだったが、参加枠があと一人分になってしまった。
まぁ今回のイベントは何度も挑戦する事になるだろう。そうなると途中で面子を変える事になるとは思うので、彼女らにも予め連絡はしておく必要はある。
私はフレンドリストからパーティ募集のメッセージを飛ばす。後はこれを見て最初に連絡を返した人が最後の面子で……。
そんな事をコーディリアと相談していると、早速魔法の書が返信を通知する。
差出人の名前はティファニー。まぁ普段通りだ。私とコーディリアの連絡に即座に返信するなんて大して珍しくもない。
最後の枠はティファニーに決まったという事を連絡しようと魔法の書を開き、私はそこでとある重要な事に気が付いた。
そろそろ目的地に到着するという場所だが、後ろではまだまだ二人がやるやらないで言い争っていた。喧嘩するほど……という事だろうか。
そんな彼女らの身長は、周囲の生徒に比べて大きく差が付いている。その中でオウカだけが僅かに高いが、ほぼ誤差と言っていいだろう。もちろん私とコーディリアも同じ身長だ。
つまり私達のパーティはほぼ最低身長の集団だという事である。
そして、ここに来るのはティファニー……。
「……私、今物凄い間違いをしたんじゃ……」
「サっクラちゃーん!! わたしに会いたいって聞いてすっ飛んで来たよーっ!」
遠くから響くそんな恐ろし気な声。おそらくは呼び出した私の現在位置に向かって走ってきているのだろう。学院からか合宿場からかは分からないが、インタビューの終了を待っていたわけではないので、そこそこの距離があったはずだが……。
まずい。このままでは彼女がこの場に来てしまう。しかし、ここからではどうすることも……。
私の焦燥を他所に、人の波を掻き分け、私に会わんと満面の笑みを浮かべた変態がついに姿を現した。
「サクラちゃん! コーデリアちゃん! お待た…せ……?」
私とコーディリアの後ろにいるのはオウカとレンカ。その更に後ろの生徒を押し退けてやってきた彼女は、そこで動きを止めた。笑顔のまま、他の生徒の肩を掴んだまま固まっている。
それを見て、その場にいる4人も歩みを止めた。ここから全力疾走すれば逃げられるだろうか……。
しかしそんな私の儚い願いは、数瞬後の彼女の再起動によって見事に打ち砕かれた。
「ぎゃああ!! お、オウカちゃんとレンカちゃんが居るーっ!?」
「……あ、“お姉ちゃん”だ」
……そういえばティファニー、二人とは多少面識があるのだったな。
いや、正確に言えば言葉を交わしたのはオウカだけで、レンカは一方的にその姿を見ただけだったか。私はこの前の“惨状”を思い出して、視線を逸らした。
オウカはあまりの衝撃に腰を抜かしたティファニーにニヤニヤしながら近づくと、その小さな手を優しく差し伸べる。
「あ、あ……」
それを恐る恐る受け取ろうとするティファニーだったが、その白くて細い手は既の所でひらりと遠ざかる。
「何か、お姉ちゃん泥だらけで汚いから触りたくないなー」
「うっ……お、オウカちゃん……良い……」
「うわー、相変わらず気持ち悪いねっ」
……他人の振りは、できないよな。呼び出したの私だし。
私は独特なやり取りを楽しんでいるオウカの脇を抜け、ティファニーに恐る恐る近付くと一応ある事を確認する。
「あの、ティファニー」
「え、あっ、違うよ!? サクラちゃんから浮気じゃなくってね! これはその、サクラちゃんとは別方向の話と言いますか!」
「違います。一応確認です。このパーティに入りますか?」
彼女は間違いなく入ると即答するだろうが、この面子の中で彼女が十全に動いてくれるかは怪しいし、いつまでティファニーの理性が保つかどうか……相手が私ならともかく、他の3人に被害が及ぶのは気の毒に思ってしまう。
何とかして、手を出さないという約束をさせなければ。
……そんなことを思っていたのだが、意外にもティファニーは泥の中で蹲る。そして何かに悩み、苦しんでいる様に呻き出す。
今までの様子を見て周囲の生徒は明らかに距離を取り始めているが、流石に仕方がない事だと思う。私も路上でこんな奴見たら逃げるものな……。
「入りたい! けど……」
けど?
私はティファニーの苦しみが滲む様な声を聞いて、首を傾げる。もしや自分が理性的に行動できるか疑問に思っているのだろうか。抱き付いたりキスをしたりと好き放題やっていた頃に比べ、成長した物だ。感心感心。
……少なくともその時はそう思っていたのだが。
「わたし……幼女の集団に幼女以外が入るのが許せない……っ!」
……こいつは、一体何を言っているんだ?




