第100話 解決案
ガードナーの強力かつ強引なアシストもあり、すっかり話を聞くような流れになってしまったその場をじっと眺め、私は椅子に大きく背中を預ける。簡素な造りの椅子は私の体重を受けて僅かに軋んだ。
「知恵を貸して欲しいと言われても、私は解決策なんて思い付きませんよ」
「私にも思い付きません。だから、一つでも多くの意見が欲しいのです」
「……あなたが一言、止めるように言えば済む話だと思いますが」
私の言葉を受けてエイプリルは小さく首を振った。
どうやら既に似た事はやっていたらしい。つまりさっきの男も、聖女様が止めて欲しいと言っているのを知っていながら行動に出たのか。
話を聞くと、どうも勝手に熱くなっている生徒だけではなく、意図的に煽っている生徒も少なくないらしい。それで騒ぎが余計に広まっているのだとか。
なるほど。確かに一方的にどちらかが悪いという話ではないなら、加熱するのも無理はない。
その上、その事情を知っているからこそ、彼女はあまり自分のファンクラブに強く言い出せない。そういう考えか。
じゃあ放っておくしかないんじゃないか? 人の噂も七十五日という言葉もある。こんなどうでもいい話題なんてすぐに忘れられていくだろう。それを待っているだけでは駄目なのか。……駄目と言われても他に手段がないのだから、仕方がない気がするが。
私はそう自分の中で結論を出すと、早々にそれ以上考える事を止める。
そしてガードナーが注文していたお茶……黒い、何だかよく分からない花の香りのするお茶を口に含んだ。ガードナーは余程真剣に考え込んでいるようで、私の行為に気付くこともない。他人のためによくもまぁそこまで親身になれるな。
私が黙ると、次の意見が次々と……という訳にはいかない。沈黙の中に誰かのため息が混じる。その雰囲気に飲まれてか、関係のない周囲の客も歓談を楽しんでいる様子には見えなかった。
そんな停滞した議論を打ち破ったのは、一人の男。
「ずっと考えてたんだけどよ、やっぱり盛り上がってるとこをいきなり沈静化ってのは、難しいと思う」
手を顎に当て、真面目な顔でそう言い切ったのは上背の高い男。私でも名前を知っている、有名人その2だ。
彼の名はキン・サワラ。私とエイプリルとはとある共通点を持つ男である。
その共通点とは、今回のイベントで一緒に授業を“行った”生徒であるという事。つまり彼は、最初の実技試験の学院首席なのである。ただし、既に成績は抜かされており、この場で唯一“現役”の首席ではない。
逆に言えば、初回のテストからしばらく経った今でも私とエイプリルの成績は抜かされていないという事だ。お互いにそろそろ抜かされるんじゃないかという気はしているが。
ただ、現在の首席はキンに比べると、配信もしないしSNSもほとんどやらないのでプレイヤーからの認知度が低い。未だに彼の事を学院首席だと思っている生徒は多いし、何より“実技首席”と言えば概ね彼の事であると思って間違いない。
それだけの実力者だ。最近行っていた模擬戦の噂を聞く限り、おそらく点数ではなく実力では現在でも学院トップ……というのもそう間違ってはいない話の様な気がする。
実技試験は後追いの方が色々と楽な仕様だったし、彼自身実技試験の攻略方法をネットに上げていたので、抜かされるのは当然の結果だっただろう。
そんな彼は腕を組み、エイプリルの方をじっと見つめる。
……そういえば、今更だがこの二人って仲が良かったんだな。名前くらいは互いに知り合っているとは思っていたが、普通に面識があるとは知らなかった。
まぁその事実自体におかしな点はない。私とは違って彼らは本当のトップ層。外から見えない繋がりがあっても不思議とは思わない。
「もっとデカい話題を作ってこの話題自体が古いと思わせるのが一番だと思うんだよな」
「大きな話題、ですか」
「ああ。何かイベントとかな……」
キンはそう言うともう一度手を顎に当てる。
彼も議論が停止しない様に意見を述べてはみたものの、未だに具体案はまとまっていないようだ。
第一、あまり実現性も無いような気がする。この学院だって次から次へとそんな大きなイベントがあるわけ……イベント? そう言えばシファが何か……。
私は記憶の中で何かが引っ掛かって、深く考え込む。しかし、私の記憶が掘り返される前に、彼の言葉を拾って具体案へと繋げた人物がいた。
「あ、イベントってもしかしてあれの事でしょうか」
「あれ? 何かあんのか?」
「……違うのですか?」
遠慮していたのか緊張していたのか、随分と大人しかったコーディリアがキンにそう問い返す。
しかし彼は彼女の質問に首を傾げるばかりだ。そして彼女も予想外の反応に小首を傾げ返す。
……もしや、コーディリアが私に会いに来た理由がそのイベントなのだろうか。そう言えばシファも詳細は告げなかったが、すぐにまた別のイベントが開始されるような事を話してくれた。
見た限り、私を含めてこの場にいる全員がコーディリアの“あれ”の内容を知らない。その内の一人であるガードナーは少し身を乗り出して詳細を聞き返す。
「えぇと、コーディリアさん、何か知っているのですか?」
「次のイベントの告知が学院に掲示がありました。次のイベントは“実技訓練の合宿”……だそうですよ」
詳しくコーディリアに話を聞くと、どうやら学院の掲示板に次のイベントの告知が来ていたらしい。彼女は偶然にもその告知が貼り出される瞬間に掲示板の前に居たので、誰よりも早くその事実を知り、私を探してここまでやって来たようだ。
合宿場にも掲示板はあるが、転移門の前という限られた空間にしかない。インタビューを受けていた私や、なぜかこの店の前に居たガードナー、他の三人も合宿場で何かをしていたらしいので、学院に居た生徒に比べて情報を仕入れるのが遅れてしまったようだ。
そのイベントの内容とは、実技訓練。つまり魔物との戦闘である。
場所はここ、合宿場近くの広場で行うらしい。当然魔法世界ではないので、魔物は教師やトビスケの特殊な召喚魔法で呼び出す。進級試験の実技テストの方式だ。
次々に現れる魔物相手にどれだけ戦えたのかを競い合い、それを点数化して生徒の“実力”を計測する。そうやってどれだけ自分が成長できたのかを確認する行事として企画されたようだ。
点数のランキングで大層な報酬があるようだし、個人の点数に対しての報酬もあるという。そのため今、学院から生徒が次々とこの合宿場へやって来ているらしい。
初心者向けの座学イベントの次は、ランキングもある上級者向けのイベント。学院もその辺りは多少考えてくれているという事だろうか。
そんな話を聞いて、キンがあからさまに目を輝かせる。実技試験首席だからと言うよりは、単純にこういう戦いが好きなのだろう。
「ほほー……連戦って事は継戦能力重視のテストか。どっちかって言うと俺はそっちの方が得意だから助かるな」
「てっきり皆さん既に知っているのかと……」
「ずっと合宿場に居たので、掲示板は目に入りませんでしたね」
しかし、肝心の事態の解決にはまだ遠い気がする。
これが始まったらすぐに話題が転換するかと言われると、少し弱いように思えるのだ。無いよりはマシだろうけれど、結局ランキングは実技試験で上位に入っていた層が入るだけだろうし、直前の話を吹き飛ばす程の劇的な衝撃かと言われると……いや、私がそこまで考える義理はないか。
私は少し声を控えめにして、コーディリアに一つ確認をする。
「そういえば、コーデリアはどうして私を誘いに来たんですか?」
「えっと、少し育成に魔石を使い過ぎたので、薬用の魔石を補充しようと……」
「……私のを自由に使っていいんですよ? そのための共用なんですから」
私の提案を耳にしたコーディリアは首を横に振る。どうやら借りっぱなしでは気持ちが悪いらしい。本当に気にしなくてもいいのだが。
そもそも召喚系は魔石の消費量が他と比べて多い。
装備の更新などに必要になる魔石だが、召喚系は召喚体の育成に大量の魔石が必要になるのだ。それは蠱術師であるコーディリアも同じ。
それに対して私なんか装備の更新も自分で碌にしない呪術師だ。得た魔石はほぼ毒液に変換されていると考えてもいいだろう。
まぁ実はそれ以外にも学院の購買で魔石と道具の交換なんて物もやっているが、そこでだって回復用の薬程度しか買っていない。私とコーディリアでは必要な魔石の量が桁違いなのだ。
そこでコーディリアは今回のイベントの報酬で貰える魔石に目を付けたらしい。ここで大きく稼げば魔石の枯渇に……焼け石に水かもしれないが……多少の足しにはなる。何でも初心者向けに参加賞もある様なので、ここでマラソンをすればそこそこ集まりそうとのこと。
しかしやはりというかコーディリアだけでは不安なので、私にも協力をお願いしに来た。彼女のお願いとはそういう話だったらしい。他の面子はメッセージで呼び出し、この合宿場で待ち合わせという予定だったのだろう。
その結果、こうして変な事に巻き込まれてしまったが。
「……よし。これを活用しない手はないな。これで何か派手にやれば、もう昨日の話題なんて誰も気にしないだろ」
「……そうでしょうか。こう言ってはなんですが、昨日今日の事ですよ?」
従者の女がキンの言葉を聞いて眉間にしわを寄せる。それは私もほぼ同意見だ。まぁ彼の言う“派手にやる”の内容次第だとは思うが。
彼もそう思っているのか、今度は自慢げに鼻を鳴らす。
「普通ならな。でも、話題になってる二人がここで対決したら、流石にそっちに話題が流れるんじゃないか?」
「……すみません。話がよく分からないのですが、対立している所同士で戦えば話が解決すると、そう言っているのですか?」
キンの解決策を聞いてエイプリルまでも顔を顰める。確かに聞いただけではほぼ考え無しにしか聞こえない。
しかし、私には確かに彼の言わんとする事が少し分かった気がしていた。
「確かに、多少は効果があるでしょうね。これだけ騒がれている元々の原因は、要するにエイプリルさんが座学で良い所なしだった事に対しての不満があるからでしょう? なら、実技で私よりも圧倒的に強い所を見せれば、根本的な原因自体は多少改善するかもしれませんね」
それでも、事態は既に原因から遠い部分まで来てしまっている。それだけですぐに騒ぎが沈静化するとは思えない。
しかし、それを指摘する前にキンは私の考えに苦言を挟む。
「おいおい、八百長って事か?」
「前回の実技試験で、私と彼女、そしてあなたとの間に何点の差があると思っているんですか? 当然の帰結でしょう」
「やる前から諦めるなんて面白くも何ともないだろ」
「できない事に挑戦する何て面白くも何ともないでしょう?」
そう言い合うと彼は小さくため息を吐いて、もう一度口を開いた。
「いずれにしても、話を聞く限りそっちの二人は普通に参加するんだろ? 同じイベントにウォルターが参加すれば自然とランキングで決着が付く。そっちに何か面倒があるとは思えないし、別にやるだけやってみてもいいんじゃないか?」
「……それはそうですね。尤も、私が上位に入れればの話ですが、ランキングに載らなかったら点数をあなた達に教える事にします。……この話に乗るかは、エイプリルさん次第という事ですね」
まぁもう何でもいいか。それより早くここを出たい。彼の言う通り、ここで何が決まろうともコーディリアがこの話を持って来た時点で私の参加は決定しているのだから。
とにかく、話がまとまったなら私は帰るぞ。一つ話が決まったら、流石に義理を果たしたと言えるはずだ。
私は彼の提案に詳しく考えもせず適当に肯定を返し、私はようやく尻を椅子から浮かせ……
「話は聞かせてもらったのじゃ!! その話、私が協力してやろう!!」
日頃からご感想、ブックマーク、評価、そして何よりご愛読ありがとうございます。
ついに100話を達成しました。プロローグや用語解説なども入っているので、合計103話になっていますが、話の流れとしてはこれで100話目となっています。
ここまで連載が長く続いたのも、偏に皆様のご支援のおかげです。ありがとうございました。
まだまだ至らぬ所は多くありますが、今後も拙作を楽しんでいただければ幸いです。




