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6:もふもふ襲来

 朝。レイさんの事務所は出勤が遅めなので今までもよりもゆっくりな朝御飯を食べていると、スマホが鳴った。

 レイさんだ。朝から珍しい。

「はい」

『アシちゃん? 朝早くから悪いけれど、お願いがあるの』

 レイさんには珍しく、電話越しにもわかる疲れきった声だった。

『事務所に来るのが遅くなっていいから、いなり寿司を買ってきてくれるかしら。ちゃんとしたお店ならどこでもいいわ。一口いなりだとよりいいのだけれど』

「いなり寿司ですね。できれば一口いなり、と。何人前くらいでしょう?」

 いなり寿司のおつかいくらいで、あのレイさんが何をそんなに疲れているのだろう? とメモを書き出したところで。

『とりあえず百個は要るかしら。量よりもとにかく数が欲しいの』

 さらっと出てきた予想を越える量に、メモの手が一瞬止まる。

「ひゃく、ですか?」

 それもとりあえずで。一口いなりとはいえかなりの量、十人前くらいにはなる。

『もう少し余裕を見た方がいいわね。種類があると揉めそうだから、できれば全部同じ物にして』

 朝から大量というか多数のいなり寿司が必要で、それを取り合って揉める、しかもレイさんの事務所にいるようなモノ。

 人間じゃない方々、ですよね……。しかも、大勢で、こんな朝早くから元気なタイプなんですか。

 それはともかく、いなり寿司といえばあそこだな。前の職場で月に一度のお供えを買っていたお店で、一口いなりが看板商品の味も確実な老舗。少し遠回りだけど、開店直後くらいに電話すれば量も確保できそう。電話番号は控えてあるし、私も久しぶりに食べたくなった。

「わかりました。十一時には持っていけると思います。遅くなりそうなら連絡します」

『よろしくね。重かったら遠慮なくタクシーを使ってちょうだい』

 電話は切れた。

 今、事務所の中はどうなっているんだろう。


 定期的に注文していたのがばったりなくなったと思ったら、突然にしかも当日の大量注文をしてきた私を、お店の女将さんは快く迎えてくれた。

「急に沢山の注文をして申し訳ありません」

「いいのよー。お店開けてすぐの時間だから余裕があったし。他の会社に勤めても、いなり寿司でうちを思い出してくれてうれしいわ。これからもご贔屓に」

 勤め先が変わったのは領収書を書いてもらえば伝わること。包んで貰いながらの立ち話で、前の職場の状態を察する。現在の社屋からはちょっと遠いけど、創業したのがこの辺りだそうで、このお寿司屋さんとはその頃から数世代のおつきあい。お供え物もご指名。

 後任の人たちはお供え物を買いに来ていないらしい。レイさんが関わってるとしたら、一番ありそうなのは屋上のお稲荷さまだと思うけど、ちゃんとお世話しているんでしょうか。


  


 電話で頼まれた百個と余裕と自分とレイさんのお昼分、と考えたけど、百三十個はなかなか重い。

 ついでに必要になりそうな紙皿とかの買い物もして、事務所の二階の玄関でインターホンを鳴らす。

「芦田です」

「アシちゃん! 早かったわね」

 扉を開けたレイさんはいつも通りのスーツ姿ながら、髪はやや乱れ、やつれた様子。

 本当に何が起こってるんだろう?

「いなり寿司、買ってきましたけど」

 と、紙袋を持ち上げると。


 ひょこ。


 入り口の衝立の上に小さい白狐が顔を覗かせた。ふかふかの耳の後ろにはもふもふの尻尾も見える。

 わぁ。

 と、思ったのも束の間。


 ひょこひょこひょこひょこひょこひょこ。


「わあああああ?!」

 衝立の上にびっしりと狐が並んだ。それでも足りずに両脇からも。下からも。

「な、なんですかこれ」

「狐、ね……。稲荷の眷属といった方がいいのかしら」

 お稲荷様。だからいなり寿司。そしてこの小型犬サイズだから一口いなりで、これだけわらわらいるから大量に必要、と。

 需要はわかった。

 わかったけれど、そもそも狐がこんなに大集合している理由がわからない。

「どうしてこんなに」

「この子たちの親玉が朝早くから押し掛けてきて、『預かれ』って置いて行ったのよ……」

「はぁ」

 狐をぞろぞろ連れてくる人も謎だけど、それ以上に。

「レイさんに対して、そんな無茶がいえる人なんていたんですか」

「アシちゃん。私をなんだと思っているの」

 ええと。

「確かに、『人』だったら追い返すわよ。ただ、生憎と相手は『人』ではないから厄介で……」

 レイさんは眉間を押さえて深く溜め息を吐く。

 この子たち、稲荷の眷属の『親玉』。ということはつまり……。

 ……深く考えるのはやめることにした。


 奥に入ると、部屋は狐まみれだった。

 もふもふー、と喜ぶにはさすがに過剰。

 何匹いるんだろう?と数えようにも、うろちょろして難しい。

 一方、普段賑やかな猫さんたちもさすがに狐たちに圧倒されてか静かにしている。喧嘩とかしなくてよかった。

「とにかくその子たちを大人しくさせて……」

 頭を押さえてレイさんがげんなりと呟く。

「なんだか、随分お疲れですね?」

「アシちゃんはどうして平気な……。ああ、見えるだけで、聞こえていないのね」

 言われてみれば、これだけ狐がわちゃわちゃしてるのに、鳴き声どころか、走り回る足音もしない。無音だ。

「レイさんだと聞こえるんですか」

「……ええ」

 これだけの狐がパタパタ走り回り、じゃれあっているとなると……それは、想像しただけでも辛そうだ。

 しかしこの事態はどうしたものか。何から手をつけていいかわからず呆然としていると、袖が引かれた。見ると、最近やって来た座敷わらしだ。

 どんよりと隈のある座りきった三白眼だけで訴えられても、もとは可愛いのに残念だなぁと思うだけで、意図がわからないんですが……。

 あ。

 こけしは棚に収まるのを拒否しているので、壁に程近い場所に座布団を敷いて置いてある。だけど、さっきから狐たちに踏み台にされているような。

「棚に入りますか?」

 声をかけるとこっくりとうなずいてくれた。

 ……重いんですよね、このこけし。大きいし、固そうな木だし。

 かといってぐったりしたレイさんに頼めそうにもないので、よっこいしょとこけしを棚にしまって引き戸も閉めた。

 その他、普段は棚の中が嫌いな諸々からも要請があって、いくつかの置物を仕舞っただけでなかなかの肉体労働だ。

 

 住人たちを落ち着かせたところで、改めて考える。

 さて。このもふもふたちはどうしよう。まずはごはんが定番か。

「とりあえずいなり寿司を配りましょうか。一応紙皿は買ってきました。お箸は要らないですね」

 テーブルにお寿司の折を取り出すと、狐たちの目が一斉にこっちを見た。

 こ、これはかなり圧が強い。今にも飛びかかってきそう。

 ……ここは先制しておかないとやられるやつ!

 息を吸って、お腹に力を込める。

「『待て』ができる子にしかあげません!」

 ぴた。

 飛びかかる構えになっていた狐たちが動きを止めた。

 え?

 ちょっと驚いたけど、勢いで続ける。

「みんなの分ありますから、ちゃんと並んで! いい子にしてないと、配れませんからね!」

 狐たちは互いに少し顔を見合わせたのち、ずらっと並んだ。

 つ、通じるんだ? 言ってみるものね。

 並んでお座りしてくれたのでざっと数える。四十、ニ……? なるほど、とりあえず百は要るってこういうことですか。一個ずつだとなんとなく寂しいし、親玉さんの分も必要でしょうしね。

 それにしても、親玉さんは子分を引き連れて来るなら、ちゃんと責任持って引率してください。こんな学生一クラス分をこの部屋に押し込んでどこかにいってしまうなんて、あんまりじゃありませんか。

 小さめの紙皿にいなり寿司を二個ずつ乗せて、配っていく。

「みんなの分が揃うまで『待て』です。抜け駆けする子がいたら、全員分取り上げちゃいますからね」

 よし、完了。

 抜け駆けしてる子はいないね? さすが御稲荷様の眷属だけあって、やればできるいい子たちだ。

「そろってますね。はい、じゃあみんなで『いただきます』」

 声をかけると、狐が一斉にいなり寿司に食いついた。壮観。

「アシちゃん、獣の扱いが上手いわね……」

 ソファでぐったりしたレイさんが、呆れたような感心したような様子で言った。

「実家に犬が、多いときで四匹いました」

 さすがにこれだけの数、しかも狐の相手をしたのは初めてですが。普通の動物とは違って、一方的とはいえ言葉が通じるらしいのでかなり助かりました。

「今日は他のことはいいから、その子たちをお願い。お腹が満ちたらお昼寝でもさせておいて。私は、もう無理だからちょっと休むわ……」

 レイさんはよろよろと奥の部屋に行った。

 おやつの後はお昼寝って、そんな幼児扱いでいいんでしょうか。


 


 結論からいえばそういうものだったようです。

 いなり寿司を食べた後は、みんな静かに転がってお昼寝タイムになってくれた。

 本日のお仕事はこの狐たちのお守りらしいので、散らばった紙皿を片付けてしまえば、後はとても暇だ。

 奥の部屋はレイさんが鍵を閉めている。せめてタブレットをこっちに持ってきてもらえばよかった。これでは書類の整理もできない。応接は狐で足の踏み場もないくらいにもふもふなので、掃除をする状況でもない。

 とりあえず狐たちを起こさないように、本を読んだりして時間を潰し、自分のお昼を食べて静かに食後のお茶を飲む。あー、やっぱりここのお稲荷さんは美味しい。ちょっと遠回りだけどまた買いに行こう。

 のんびりしていたら、ふと、一匹が起きて近づいて来た。

「どうしたの?」

 すりすりと足元にすり寄ってくる。小型犬くらいの体に、胴体と同じくらいのふっさふさの尻尾がついていて、ついモフりたくなる可愛さだ。一匹だけなら。

 なので、なんとなく撫でてしまっていた。

 すると。


 ぴょこん。


 別な狐も起き出してすり寄ってきた。

 君もか、と撫でてあげると。


 ぴょこぴょこぴょこぴょこぴょこぴょこ。


 狐たちが次々に起き出した。


 あ、これは。やってしまった感じ……。


 狐がわらわら寄ってくる。足元に折り重なり、膝の上に乗ってきて、それでも足りずに背中に肩に頭に。

 もふもふの感触はあるけど、鳴き声も聞こえないし、重さも感じないのが不幸中の幸いなのか。

 君たちは同期でもしてるんですか? 同期してるなら、撫でられた感覚も同期して一匹で済ませてくれませんかぁあああ!


 


「……大変なことになっているわね」

 休憩で回復したのか、レイさんが奥から出てきたけれど、扉を開けたところで立ち止まって呆れていた。「近寄りたくない」という心の声が聞こえた気がする。

 大変です。狐まみれで身動きが取れません。重くはないんですけど、かなりくすぐったいです。

「お昼でしたら、お寿司がキッチンの棚にあります。ただ、この状態なのでお茶は入れられそうにありません」

「ありがとう。さすがにそのくらいは自分でやるわ」

 レイさんはキッチンに行くと、ひとり分の折を持ってまた奥に去っていった。

 お腹が空いただけでしたか。助けてくれないんですね。

 ところで書斎は飲食禁止では……。上の階に退避しているのかな。



 

 しばらくして狐も私によじ登るのに飽きたのか、下りはじめる個体が出てきたので、ここぞとばかりに全員に下りて貰う。一匹動くとそれに続いてぞろぞろ動くらしい。ペンギンの群れみたいだ。

 一部不満そうな子もいたけれど、狐同士で遊ぶことにしてくれたらしく、部屋中を走り回り始めた。棚の置物が心配だけど、ぶつかっても倒したりはしないらしい。この辺の有りようが不可解だ。

 私には聞こえないけれど、かなりのはしゃぎっぷりなので、レイさんはしばらくこっちに出てこないだろう。私も見ているだけで忙しなくて疲れる。

 狐のアスレチックにされて身体はバキバキだし、気分転換にお茶を入れよう。

 給湯室代わりのキッチンでお湯を沸かしつつ、棚に置いたいなり寿司の残りを確認する。余裕を持って買ってきたけど、ちょっと多すぎたかも。

 一人前の折二つ以外は大きな箱でお願いしたので、大箱に残っている分をどうしたものか。持ち帰るには入れ物がいるなぁと考えていたら。

 肩越しに、にゅっと腕が伸びてきて、いなり寿司をひとつ掴んでいった。

 

 なに。だれ。いつのまに。


「ほう、良い味だな。怜子にしては、随分と気の利いたものを用意しているではないか」

 聞き覚えのない声は、私の頭より高い位置から聞こえる。

 おそるおそる振り返ると、和服姿で背が高くて髪の長い男性(多分)がいた。顔立ちは若そうだけど、ただならぬ雰囲気がある。

「ど、どちらさまで??」

「見ない顔だな。高嶺の者ではないようだが」

 この物言い、この尊大な態度。なにより怪しい出現の仕方。

 もしやこれが。

「やっと戻って来ましたね、狐の親玉!」

 キッチンにレイさんが怒鳴り込んできた。レイさんが声を荒げたのなんて、初めて聞いた気がする。

 そして、この方はやっぱりそういうお方なんですね……。

「おや、珍しく余裕が無いのぅ」

「うちは託児所でもペットホテルでもありません。さっさと小狐たちを連れて帰ってください」

「高嶺の稲荷大明神たる我に対し、敬意はないのか」

「敬われたいなら嫌がらせや悪戯は止めてくださいと、何度言ったらわかるんですか」

 レイさんの一族の御稲荷様なんですか。そして、事務所に狐をわらわら置いて行ったのは、レイさんへの嫌がらせというかイタズラなんですか。

 そうなんですかー……。

「そこな女中」

「は、はい?」

 現実逃避しかかったところで、非現実的な存在に声を掛けられて、現実に引き戻された。

 現実ってなんでしたっけ……?

「茶を所望する。出端を持って参れよ」

 御稲荷様は、残りのいなり寿司の入った箱を持って、応接室へ行ってしまった。

「私もお茶ちょうだい……」

 レイさんもそれを追いかけていき、鳴き出したヤカンと私がキッチンに残された。


 


「お茶をお持ちいたしました」

 お寿司だから、煎茶をいれた。

 応接へお茶を運ぶと、御稲荷様がちょうどいなり寿司を食べ終わったところのようだ。

 ……三人前くらい残ってた気がするんですが。

 狐たちは、御稲荷様の周りに集まって、今はさすがにお行儀よくしている。

「ふむ」

 御稲荷様は少しぬるめ濃いめにいれたお茶を一気に飲み、そしてこちらに茶碗を戻してきた。

「もう一杯持って参れ」

「……はい」

 少々癪にはさわるけれど、お客様はリアルに神様(?)なので抑え、お代わりをいれてくる。今度は少し熱め。

「して、この女中は小間使いか? 弟子ではないようだが」

 女中。小間使い。時代がかった言い方だと思えば間違ってはいないけど、なんかこうニュアンスが。

「秘書……近侍です。何かと重宝しております」

「『力』はないが、良い『気』を持っておるな」

「ええ」

「古き者に好かれやすい。気を配ってやるとよい」

「心得ております」

 御稲荷様とレイさんが私について話しているけど、当の私はおいてけぼり。

 確かにレイさんのような『力』はないけど、『気』ってなんだろう。そして古き者っていうのは、いうのは――そういうのですよね。

「馳走になった。また立ち寄る」

 そして、二杯めのお茶を飲み干すと、御稲荷様は狐たちと共にふっと姿を消した。

 わかるけど、ちゃんと玄関から出ていってくださいませんかね……。そのためのあの階段スペースでもあるそうですし。


 まさに狐につままれた気持ちで、お盆を持ったままぽかーんとしていると、盛大なため息が聞こえた。

「やっと、静かになった……」

 確かに、レイさんには災難な一日だっただろう。

「ところで、あの方は」

「本人が言ってたとおり。私の一族に昔から縁のある御稲荷様よ。人間にちょっかいを出すのが好きな方で、今は私に絡むのが面白いみたいね」

「はぁ」

 御稲荷様って、そんなにフランクな存在なんですか。知りませんでしたし、できればそんなおつきあいに関わりたくはありませんでした。


 精神的には疲れているけど、狐の相手をしていてなにも出来ていないので、気を取り直していつもの事務作業に勤しもう。いなり寿司代と交通費をさっさと計上する必要もあるし。

 そうこうしているうちに一応程度に存在する定時になったので帰ろうとしたら、衝立のところでなんだかもふっとしたものが足元にあたった。

 見ると、さっきの小さい白狐がきゅるんとした黒い目で見上げてくる。

 御稲荷様が連れて帰ったんじゃないんですか?!

 忘れ物?!

「レイさん、お忘れものです! どうしましょう!」

 足元の狐を拾い上げて奥の部屋のレイさんのところに戻ると。

「あぁ……」

 なんだかうんざりした反応。今日のレイさんは珍しく表情豊かですね。

「アシちゃん、よっぽど気に入られたわね……」

「え?」

 レイさんは狐の首根っこをひょいと掴むと、右手で印を結ぶ。

 え、封印しちゃうんですか?!

 そして、狐は姿を消し、後には。

「渡している鍵を出して。あと、何かこれに合うような紐を」

「え、あ、はい」

 戸棚の雑貨が入っている抽斗から色の付いた紐を持ってくる。

 それと、預かっている事務所の一階の鍵をカバンから取り出して渡す。

 狐は、掌に収まるくらいのマスコットになっていた。

 そして、レイさんはそれに紐をかけて、鍵にくくりつけた。確かにキーホルダーに付けるにはちょっと大きい程度のサイズだけど。

 でも。

「それ、首が絞まっちゃってませんか……」

「大丈夫大丈夫」

 御守り袋みたいな飾り結びをさらさら作っていくあたりはとても器用なのに、なんでその辺が雑なんだろう。

 そして、紐と鍵の結び目には、もはやお馴染みのラベルシールの『封』をぺたり。

「はい、完了」

 どう完了なんでしょう。

「御守りだと思えばいいわ。もし、なにか厄介なモノに遭った時は、封印を切れば助けが呼べるから」

「な、なにか厄介なモノに会うことがありそうなんでしょうか」

 好かれやすいってそういうことなんですかー!

「念の為よ。ひどく気紛れな方とはいえ、御稲荷様が直々に使わした眷属だから、霊験はあらたかよ。多分」

「多分?!」

 そして、私は効果抜群の御守りを手に入れた、らしい。


 


 翌日。

「おはようございます」

「芦田さん、なにをつけているの?!」

 早瀬法律事務所の方に出勤すると、はす向かいの席の早瀬さんにドン引きされた。物理的にも壁まで。

 え? なにか匂いますか?!

「え、あの、香水とかはつけてませんけど、何か匂いますか?!」

 慌てて服とかを嗅いでみるけど異常はない。

「そうじゃなくて! なにをつけられてるの!」

 そうじゃなくて?? でもつけて??

「あー、早瀬さん落ち着いて。その言い方じゃわからないから」

 先に出勤していた高嶺先生が、PCのモニターから顔をあげた。

「芦田さん。向こうの事務所で何か持たされた?」

 レイ・コンサルタントとレイさんは、相変わらず「名前を口に出してはいけないあの人」的な扱いだ。

「はい。鍵につけておいて、って」

 と、キーホルダーを取り出そうと鞄を開けて気がついた。

 

 あ、『憑けて』た……。

 

「これですけど」

 鍵にぷらんとぶら下がる白狐のマスコットを見せると、事務員さんたちは引き、先生方はひきつった。

 そういえばここの方々、その手の家系というだけあって、程度はあれど「見える」んでしたね。

「それが何かはわかるんだけど、どういういきさつで芦田さんが持ってるの?」

 さすがに、同じ一族の高嶺先生には御稲荷様の眷属だとわかるらしい。

 ええと。こちらの事務所では、オカルトな物の名前は伏せるのがお約束だから。

「昨日、あちらの事務所にいらした方が置いていかれたものですが、鍵につけておくように言われまして」

「ああ、また来たの。あのヒモ」

 ひも……。

 その言い方はどうなのかと思う一方で、なんというか絶大な説得力。たしかに狐の群れがいなくて、ふらっと御稲荷様だけ事務所に来たら、そう判断してた可能性は低くない。

「気に入られたみたいだから、気を付けてね」

 上司と神様のお付き合いは、予想を遥かに越えていました。


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