5:正規雇用に憧れます
うーん、これは……。
レイさんのスケジュールを入力しながら溜め息を吐く。
只今レイさんは、曰く「面倒な案件」に対応中。どう面倒なのかといえば、関係者の利害関係が錯綜している上に、関係者の所在地が散らばっていていてなかなかに一堂に会してくれないので、レイさんの方がそれぞれに訪問しなければならないという。
そんなわけで、今月のレイさんは出張の嵐。事務所には半分もいない。そして、私はレイさんが事務所にいるときだけ仕事がある時給労働者という立場。
簡単に言えば、収入が落ちて来月がとても辛いです……。
ダブルワークも可能だけど、そんな不定期の仕事もしにくいし、難しいわけで。
浮世離れしたところのあるレイさんでも、企業のコンサルタント業をしているだけにそのあたりはちゃんと把握してくれていて、「雇用契約を改めないといけないわね」と言ってくれてはいる。そういうことなので、他の就職先を探そうという気持ちもなかった。
明日からの出張スケジュールを確認して、必要な書類を印刷してファイルして、持っていこうとしたら、ちょうど電話がかかってきた。
「はい」
……レイさんが普通に電話を取っています?!
基本、相手が留守電に話しかけるまで放置する人なのに。何があったんだろう。
「そう。私の方は問題ないけれど、そのあたりは本人に確認して頂戴。アシちゃん、ちょっといい?」
電話の途中でなぜか私が呼ばれた。
「え、はい、なんでしょう?」
「さっしーが、アシちゃんにお願いしたいことがあるそうよ」
さっしーさんが?
わからないまま、渡されたスマホを受け取った。
「お電話替わりました、芦田です」
『急にごめんね、アシちゃん』
相手は確かにさっしーさんだった。
『怜子が事務所を留守にしてる間、何か予定はある? もし、何も予定がなかったらでいいんだけど、うちの事務所に手伝いに来て貰えないかなと思って』
さっしーさんの「うちの事務所」は、早瀬法律事務所。そんなに忙しいんでしょうか。それとも、レイさんの出張が多いから気を使ってくれているのか……。
「法律事務所のお仕事ですか? どういった内容でしょう」
『手伝って欲しいのは、手書きの文書を、共有や検索をしやすいように、ドキュメントに起こす作業』
手書き文書を書き起こす作業。得意かどうかはともかくとして、日常的にやっているものではありますが。
「それは部外者の私が見て大丈夫なものですか?」
『問題ないよ。怜子が怒涛の出張をするはめになってる案件の資料で、そことの共有物だから。何ページかはすでにやってくれてるし、アシちゃんが作ってくれたフォームが見やすいから使わせてもらってる』
あれですか……。
先方からの資料として受け取った手書きかつ達筆な業務日誌のコピー。こちらではレイさんがばーっと流し読みして重要そうなページを選んで、それを私が書き起こしましたが、あれはそちらの事務所に回す用だったんですね。確かに、あれをすらすら読める人は限定されそうです。
『あんな感じに他のページも体裁を整えて欲しいんだよね。必要な箇所もちょっと違うし。その作業を、そっちの事務所が閉まってる間にこっちで集中して進めて欲しい、ということになるかな。うちでも作業してるけど、手が足りなくて。作業場所を変えるだけだから、とりあえず時給は同じ』
なるほど。
「そういうことでしたら」
生活の為に、お仕事は大事です。
翌日。初めて訪問した早瀬法律事務所はこれが自社ビルならかなり大きい、というクラスの建物。案内を見ると、十階建てのビルの五階以上が法律事務所、三階と四階には税理士や公認会計士とか他の士業系事務所がいくつか、二階は会議室、一階は総合受付と共同応接、とある。
エントランスには、落ち着いた木目調の受付と、背もたれのないスツール型だけれど黒革でどっしりした椅子。
こんな感じの所に来るのは会長のおつかい以来だなぁ、と緊張しながら、きりっとした受付の女性に声をかけた。
「レイ・コンサルタントの芦田と申します。早瀬法律事務所の高嶺先生にお約束を頂いているのですが」
「れ、レイ・コンサルタント?!……の芦田様。少々お待ちくださいませ」
……受付さんの顔色が変わったように見えるのは気のせいでしょうか。内線をプッシュする手も声も震えているような。
「只今、高嶺がお迎えに参りますので、そちらに掛けてお待ちください」
なんとなく視線を感じつつ、エントランスに置かれた椅子で待つことしばし。さっしーさん――高嶺先生が玄関ホールのエレベーターではなく、奥の通路から現れた。こころなしか、レイさんの事務所で見るよりもぴしっとしている様子。
「おはようございます。芦田さん」
「高嶺先生。お世話になります」
こちらは、レイさんの領域ではないので、普通に形式的に呼ぶことになるようです。そのうちうっかりする予感しかしませんが。
「とりあえず、これが仮のIDカードです」
と、ネックストラップ付きのカードが渡された。
「事務所へは奥のエレベーターを使って下さい」
玄関ホールではなく、廊下を少し進んだ場所には、IDカードをかざさないと呼べないエレベーター。
わぁ、すごく物々しい。
「仕事場は十階です。しばらくは他の階に行く用事はないと思いますが、階段のドアもIDカードが必要なので、必ず身に付けていてください」
「はい」
エレベーターが開くと、一段と高級感溢れる通路があった。木目調の壁、落ち着いた臙脂のカーペット、大きい会社の役員フロアみたいな趣きで、一応スーツは着てきたけれど、場違い感でいたたまれない。
「所長は外出中なので、挨拶は後ほど。作業をしてもらう部屋はこちらです」
丁寧に話すさっしーさん、もとい高嶺先生に案内されて、どっしりしたドアの部屋に入る。
と。部屋の中の人たちがこちらをじろりと見た。
対面で三組の机プラスお誕生席の島が三つと、少し離れた席がひとつ。壁際にはキャビネットが並んでいる。机の数に対して、人は半分くらい。
でも、これはちょっと、歓迎されてない感じ……。
「朝に話しておいた、応援に来てくれた芦田さんです。高嶺チームの席で作業をしてもらいます」
「芦田です。よろしくお願いいたします」
簡単な挨拶を終えると、興味を失ったように視線が外れた。
「芦田さんの席はここ。PCはこのIDとパスワードでとりあえず立ち上げて下さい」
「はい」
席に着いてPCを起動。デスクトップはとてもシンプルで、レイさんの事務所の初日のような状態。さすがにアイコンは端にある。
「共同作業するフォルダと、芦田さん個人で使うフォルダを設定してあります。ローカルにはファイルを保存しないように」
「わかりました」
高嶺先生はコピー用紙を綴じたファイルを持ってきた。あ、結構な量……。
「作業してもらう元の原稿はこれ。通し番号が入っているので、共同作業用フォルダのファイルと照合して進めて下さい。解読出来ない箇所はあとで読める人を連れてくるので、その時に質問して」
作業用フォルダを開く。ファイルは画像を貼って、その下にテキストを同じ改行で入力するようになっている。
私が作ったものを少し改良してあるようだけれど、データを入力する分には影響はない。
「文房具とか備品はそこの棚のものを使って、他になにかあったら、周りに聞いて下さい。私の席はそこですが、外していることが多いので」
お誕生席は先生の席で、そこに助手や事務員が並ぶ配置になっているらしい。でも、とても気軽に話しかける雰囲気ではないのですが……。
「早瀬さん、フォローをお願いします」
案内された席は奥の島の端。その斜向かいの、高嶺先生より年長であろう女性が気が乗らない様子で顔をあげた。ひっつめ髪、眼鏡、典型的なお局様のイメージを形にしたような人だ。
「……はい」
早瀬法律事務所で、偉い人がいそうなフロアの、事務職らしい早瀬さん。これはおそらくお察し下さいな感じ。
「芦田です。よろしくお願いいたします」
立ち上がって隣に行って改めて挨拶すると、面倒臭そうに対応された。
「早瀬です。高嶺先生が戦力に見込んで連れてきたくらいなのですから、よほど頼りになるのでしょう。作業内容はわかっているようですし、急ぎのものなので早く進めて下さい」
高嶺先生は私をどう説明したんでしょうか。……この微妙な塩対応の原因はそこかもしれない。
「わかりました」
仕事の方に集中しようっと。
結果的に。やや塩辛い空気ではあるものの、静かな職場はものすごく仕事がはかどった。
聞こえてくるだけで辛い電話もかかってこないし、招き猫が転がったりしないし、細々した用事が入らず集中すると、こんなに順調に進むんだなと感心するくらい。
一区切りついて、固まった肩を伸ばしていると、斜向かいから声をかけられた。
「作業は進んでいますか?」
あ、態度が悪かったかも。
「今、渡されたファイルの三分の一くらいです」
早瀬さんにそう答えると。
「「「えっ?!」」」
なぜか背後からも声があがった。
え、あれ。すごくはかどった気がするけど、遅かった?
「本当に?」
「読めない箇所がいくつかありますが……」
机に寄ってきた人たちに読めなかった箇所に付箋をぺたぺた貼った作業状況を示すと、なにやらひそひそと話している様子。
だから、この空気が辛いのですが。
「あの、何か」
「いえ。その調子でお願いします」
気になるんですけど……。
そんな感じで、法律事務所のお手伝いをして数日。
レイさんが今日戻って来てるはずだから、明日は向こうに出勤しますと連絡しようと思ったら、先に高嶺先生に声をかけられた。
「芦田さん、ちょっといい?」
「はい、なんでしょう」
「所長の手が空いてるみたいだから、一緒に挨拶に来てくれる?」
そういえば、所長さんはずっと出張や会議で結局まだご挨拶してなかったんでした。
高嶺先生に連れられて行った先は、更に高級感のあるお部屋。レイさんの書斎のものに似ているけれど年季の入っている執務机と応接セットが置いてあり、奥の机では上品なおじいちゃんが書類をめくっていた。
「所長。こちらが芦田さんです」
「芦田です。お世話になっております」
入り口で挨拶をすると、所長さんは顔を上げて、書類のファイルの閉じて抱えると、立ち上がった。
「挨拶が遅くなりました。所長の早瀬です。芦田さん、よく来てくれました。こちらにどうぞ」
え。ちょっと顔合わせするだけじゃないんですか?
促されるままソファに座る。向かいには所長、高嶺先生は部屋から出ていってしまった。
なぜ! さっしーさん、説明不足です!
「こちらの書類はあなたが?」
テーブルの上に広げられたのは、こちらの事務所でお手伝いした書類。
「はい。何か問題がありましたでしょうか」
「いえ。とても助かりました。初めにレイ・コンサルタントから送られてきた分もあなたが作成したものですか?」
「はい。そうです」
「レイ・コンサルタントの働き心地はいかがですか?」
「色々と変わった所はありますが、良い職場だと思います」
色々と。猫はじめ応接の面々以前に、上司のレイさんからして何から何まで変わってますけど。
「……それは、本当に?」
妙な間を挟んで、念を押された。
「はい」
「……なんと……」
所長さん。絶句しないで下さい。
なんですか? 初日の受付さんといい、微妙に名前を出すのを避けている感じといい、レイ・コンサルタントはそんなに問題が……。問題が……盛りだくさんですね。
「だから本当だって言ったでしょう。はい、お茶どうぞ」
高嶺先生が戻ってきて、緑茶を置いてくれた。
え、お茶まで出される状況なんですか?
「俺がこっちにいて、向こうにほとんど行ってないんだから、仕事してくれる人が別にいなかったら怜子関連の事務や書類仕事が片付いてるわけないでしょうが」
高嶺先生、口調がさっしーさんになってますが、あの、相手は所長さんですよね?
おまけに所長の隣の一人掛けソファにちゃっかり座っているし。
「聡も時間外で仕事をする気になったかと」
「懐具合のわかっている身内相手だからこそ、タダ働きなんかしませんよ。向こうで仕事したら、ちゃんと業務時間にいれます。サービス残業の強制はいけません」
「確かに間違ってはいないが」
既視感のある、上下関係がおかしくなっているようなやり取り。
所長さんもお身内なんですね。
会話が一区切りつくのを待ちながらお茶をいただいていると、不意に話が向けられた。
「所長、芦田さんに話があるんでしょ」
「おお、そうだった。芦田さん。本日こちらに来ていただいたのには、訳がありまして」
「は、はい」
改まった話になりそうなので、お茶を置いて姿勢を正す。
「正式にこの事務所に就職する気はありませんか?」
スカウトだった。
「仕事振りは見せていただきましたし、以前の職場での様子も聞き及んでいます。職務経歴書と履歴書は高嶺があちらの事務所で確認済みと報告を受けています」
あれはやっぱり面接だったんですか。ただしこちらの事務所の。
「一応この規模の事務所ですので、社会保険や福利厚生は整備しています」
うっ。正規雇用以上にそれは個人事務所との大きな違い。レイさんは個人レベルで融通が利く人とはいえ、制度段階での違いは大きい。特に公的な部分。
でも。
「レイ・コンサルタントの方はどうしましょう?」
「勿論続けていただきたい。むしろ、あちらを続けていただく為の正規雇用です」
うん? どういうこと?
「出向扱いになります」
出向。
「基本的にあちらに出勤していただいて、今のように事務所を閉めている時は、こちらに出勤していただくことになります」
つまり、今と変わらない。むしろ安定感アップ。
なるほどそれなら。
「こちらが雇用契約書です」
高嶺先生が横から書類を出してきた。さすが法律事務所。契約方面の仕事が早い。
「職務内容としては、あちらは今まで通り。こちらでは連携している案件を中心にした補助、主に書類作成。早瀬部屋、特に高嶺がレイ・コンサルタントの案件を担当していますので、そのアシスタントという立場になります。状況次第で、受付や来客の案内などをお願いすることもあるかも知れませんが、前職の様子を見るに大丈夫でしょう」
所長さんの話を聞きながら、契約書を見る。気になるのはやはりお給料。
これは、前職より、多いのでは!
「持ち帰ってゆっくり考えていただいて構いませんよ。レイ・コンサルタントには話は通してありますが、心配でしたら明日にも確認するといいでしょう」
では、そうさせていただきます。
翌日、一週間ほどぶりに足を踏み入れた事務所の応接には、新顔が増えていた。
とても存在感のあるこけし。大きさは六〇センチくらい。サイズもかなりのものだけど、そこにべったり貼られた、和紙に筆文字のいかにもなお札が異様な雰囲気を醸し出している。
ラベルシールのお札はあんまりだと思っていたけど、こうおどろおどろしい本格的なお札があちこちに貼られるのは、それはそれで嫌かもしれない。
「レイさん、これは」
「今関わっている面倒な案件の中心、かしら」
面倒な案件。
老舗温泉旅館から発展したホテルグループの後継問題。創業者には娘が三人、それも母親違い。すべて内縁関係で、本拠地や他の地域に進出した旅館をそれぞれに任せた女将との子供らしい。社長はご存命だけど高齢なので、一族経営から脱する方向に事業継承の準備を始めたところ、ご家族と従業員が盛大に揉めている、というものだ。
個人的には『犬神家』と呼んでいる。
「案件の中心、ということは、このこけしさんに気に入られた人が後継者になる、とかですか?」
「そうね」
さすが犬神家。まさかの珠代さんポジションの存在まででてきた。人間じゃないけど。
「ところでこのおどろおどろしいお札は」
「あ、そうそう。封印を作っていた機械が壊れてしまって。新しいものを注文してもらえるかしら」
あれはラベルシールのプリンターであって、決してお札製造機ではないのですが。
「壊れたんですか?」
確か、出張に持っていっていたようですが、あれ、シンプルでタフでなかなか壊れないやつですよね。
「この子が暴れて荷物が吹き飛ばされて、庭の石に」
……さすがにそれは壊れますね。
「それで仕方がないから手書きで封印を作ったの。暴れるところもあちらの人に見られたから、それなりに箔のあるものにしたのだけれど、効果が強すぎて。今、この子が完全に怯えてしまっているのよね」
「効果が強すぎるってなんですか……」
ラベルシールで効果があるのも謎だけど、効果が強すぎるというのも意味がわからない。
「古いモノたちとはなるべく話し合いたいから、軽く拘束する程度にしたいのだけど、きちんとお札だと強く封じ過ぎてしまうの。それで試行錯誤して、今のところあのお札に落ち着いているのよ。相手の事務所で封じておくにも物々しくないし」
ラベルシールの「封」も十分異様なんですが、確かにこんな本気のお札が職場にあったら社員がドン引きしますね。
訂正。嫌かもしれない、じゃなくて、絶っ対に嫌だ。
「ちなみにどのくらい違うんでしょうか」
「このこけしの封印だと、全身を袋に詰め込んで更に縄でぐるぐる巻きくらいかしら」
うわあ……。
こけしさんが異様な雰囲気を醸しだしているだけじゃなくて、部屋全体が妙に大人しいのはそのせいですか。
「いつも使っているシールは、細めの紐で、腕、足、口、と一ヶ所ずつ縛っていくイメージかしらねぇ」
それも想像するとなかなか……。
そして、ものすごく今更だけれども、そういう内容をいつもとかわらない淡々とした口調で説明してくれるレイさんが地味に怖い。
「とりあえず、この子をいったん解放するから、アシちゃんは奥に行っていてね」
「はい」
奥の部屋に入って様子を見守る。
レイさんはこけしのお札を剥がし、声をかけた。
「窮屈な思いをさせたわね。あなたの家が落ち着くまでここにいてもらうことになるわ。同類も多いけれど、喧嘩はしないで」
こけしは、いつのまにか女の子に変わっていた。ボブより「おかっぱ」と言う感じの髪、朱色の着物に黄色の兵児帯。年齢は幼稚園児くらいだろうか。
うん、これは見るからに座敷わらし。
多分本来はかわいらしい顔立ちなのだろうけれど、完全に目が座ってひどい顔になっている。目の下のくまも酷いし、髪ももつれてげっそりと疲れやつれた姿はどんな虐待を受けたのか、と思うほど。
そうか、本気の封印されるとこうなるんだ……。
座敷わらしは身動きが取れることに気がつくと、よどんだ三白眼であたりを見回し、棚の影で壁に向き合うようにうずくまった。そこからどんよりとした空気が漂う。
「あのぅ、レイさん。あの子、大丈夫なんですか? 悪いものになってしまったりとか、しませんよね?」
「私の監視下にある限りは大丈夫よ。まぁ、そのうち復活するでしょう。お土産食べる?」
一方、レイさんは一仕事終わったとばかりに、清清しい顔で、お茶とともにお土産らしい和菓子を食べている。
私、ここに正式に就職してしまっていいんでしょうか……。
まあ、正式に就職することになったんですけど。
後日、改めて出勤した早瀬法律事務所にて。
「みなさんにお知らせします。先日から応援に来てくれていた芦田さんが、正式に採用されました。早瀬部屋、高嶺チームの一員に加わってもらいます」
こちらでは高嶺先生のアシスタントになる。
「ただ、芦田さんは基本的にレイ・コンサルタントに出向になるので」
と、高嶺先生が言うと、事務員の皆さんは音がしそうな勢いで青ざめた。
この反応は、なぜ?
「……こちらの事務所に出勤するのは多分月の半分以下だろうけど、向こうとの連携は取りやすくなるでしょう。というわけで、芦田さん、これからもヨロシク」
「皆さん、今後ともよろしくお願いします」
と、挨拶を済ませ、高嶺先生にこそっと尋ねる。
「……この反応は、いったい」
「ん? ああ。ここの事務員はみんな一回は向こうの事務所に行ったことがあるけど、半日持った人はいないんだよねぇ」
半日持たないって。まぁ、確かに色々あるけど。
「あの諸々は論外ですが、そうでなくても高嶺怜子と一日中顔を付き合わせるなんて無理でしょう」
早瀬さんの意見に、他の事務員さんも頷いている。
応接の諸々が論外なのはわかるとして。
「レイさん本人も問題なんですか?」
早瀬さんに尋ねると、驚かれた。
「芦田さん、高嶺怜子と親しいの?」
あれ? 周知されてなかった?
「レイ・コンサルタントに勤めて二ヶ月ほどになります」
「「「えぇっ?!」」」
そこまで驚かなくても。
そしてなぜか、他の先生方は小さく拍手している。
「どういうことですか……」
「ここにいるの、みんなその手の家系の人たちなんだけと、同業者からの怜子の評判はすこぶる悪いんだよね」
同業者。コンサルタントではなく、「古いモノ」の相手をする仕事の方なのだろうけれど、評判が悪いってどうしてだろう。
「能力的には、現役では間違いなくトップクラスなんだけど、本人自身が古いモノもと近すぎるせいか、人間との折り合いがよくなくてね……」
有能すぎてもいろいろあるらしい。