3:こんなお仕事だとは思いませんでした
領収書整理をざっと済ませて初日は帰り、翌日は定時にレイさんの事務所に出勤した。
「おはようございます」
『おはよう。ちょっと待ってね』
日常となると、この二重の鍵がなかなか面倒だ。晴れているからいいけど、雨だと一階の外で待たされるのは辛そう。
出迎えてくれたレイさんは本日もばっちりスーツ。昨日は一応でも面接みたいなものだったからかと思ったけれど、今日は外出や来客の予定があるんだろうか。出掛けなくても常にこれならかなりすごい。
「パソコンに、アシちゃん用のアカウントを用意させたから」
ナチュラルに『用意させた』なところがなんとも。
昨日、あの後に事務担当さんが来てやったんですか。けっこう遅い時間になったでしょうに。
あ、同居人の可能性もあるのか。
「IDと今の仮パスワードはこれね。環境は追い追い整えるから、連絡事項はデスクトップにファイルを置いておくと言っていたわ」
ログインすると、『連絡事項』というフォルダがある。事務担当さんとは交換日記状態になるらしい。チャットやメールができると早いんだけど、本業がある人らしいから難しいか。
「そのうち、どの程度のことが出来るのか直接聞きたいそうよ。昨日作ってくれたファイルを見て、泣いて喜ぶ勢いだったわ」
あれでそこまで喜ばれるなんて、どれだけ期待値が低かったんでしょうか。
「パソコンでの作業に関しては、私が説明するよりも出来ているファイルを見てもらった方が早い、と言われたけれど、大丈夫かしら」
わかってない人を間に挟むよりその方が安全確実ですよね。とてもよくわかります。
「今は特に急ぐものはないから、まずはそのあたりの作業を確認しておいて」
「わかりました」
連絡事項のフォルダを開くと、『連絡用』と『注意事項』と『謝罪』いうファイルがある。
まずは謎めいた『謝罪』を開いてみた。
《怜子の事務所に自分から勤めようとする人が本当に存在すると思わなかったから、全然準備できてなくて申し訳ない。》
夜に準備をしてくれたらしいことや、文中とはいえレイさんを名前呼び捨てなあたり、やはり事務担当さんは身内の方なのだろう。それでもかなりひどい言い様ではある。
《ましてこんなちゃんとした人が来てくれるなんて。仕事ができる事務員は実在したんだ……都市伝説じゃなかったんだ……(泣)》
実在したんだ……って、天空の城や森の中のアレみたいな扱いなんですか。そんなわけないでしょう。事務担当さんもかなり変わった方らしい。
あとは、必要そうな業務から優先的に準備するから、こちらからも必要なことを連絡して欲しい、といった内容。こちらとしては、引き継ぎが遅れても事務所全体の業務に差し支えがなければ問題はありませんが。アナログな作業に関しては、まさかレイさん自身が把握しているでしょうし。
ということで、何か作業に手をつけるとしてもこれは先に読むべきだろうなと『注意事項』のファイルを開いた。
《あちこちに貼ってある『封』のラベルには触らない。絶対に剥がさない。気になるだろうけど、関わらない。音がしても動いても無視すること。》
……。
そういう注意なんですか?
いや、あれだけ分かりやすく封印されているものを剥がしたりはしませんよ。気にはなりますけど。ものすごく気になってますけども
しかも「音がする」「動く」? 棚の中から音?
何が動くんですか? そもそも何が封印してあるんですか? そしてここまで注意されると却って興味を持ちますよこれ。
《封印ラベルが落ちていたら、触らずに怜子に伝えて、自分は大きい机の下にでも避難するように。一応、書斎は安全なはずだから。》
どういうことですか……。
《守秘義務に関して誓約書を書いてもらったけど、多分それ抜きにしても他人に話せない、話しても信じてもらえないようなことが色々起こると思うので、健闘を祈る。吐き出したいことは、連絡用ファイルにどうぞ。続けてもらえると、多くの人が平和に暮らせるのでよろしくお願いします。》
いや、だから、どういうことなんです? 私も平和に暮らしたいですよ!?
何があるんですかこの事務所。
でも、謎の封印ラベルの話だけで、変な人が乗り込んで来る、とかそういうのではないんですよね。意味がわからない……。
『連絡事項』は普通に連絡事項だった。
お使いにいくことがありそうな近所のお店の地図、事務用品その他の通販用アカウント、書類整理の手順、領収書の仕訳、各種機器のマニュアルの置場所、ゴミの分別と出し方まで。昨日のあんまりなマニュアルとさっきの怪文書で不安になったけど、この事務担当(押し付けられ)さんは、本来はマメな人らしい。
掃除は、床は自動掃除機。奥の書斎と表の応接の間の扉は、レイさんが書斎にいれば来客時以外は開けているので、日中に走り回ってもらうことになっているそうな。
「掃除機動かしますねー」
こんなものを使うような家には住めそうにないから、動き回る丸い掃除機にちょっと感動。
掃除機が動いている間「この辺のファイルを見ておいて」と指示されたものを見る。
案件ごとにかなり詳細な記録があり、特に関係者それぞれの人となりを把握するのが重要視されている。「河童」「落武者」「座敷わらし」とか、なんとなく特徴はイメージできるけど内部文書とはいえそれを明記するのはどうなのか、という表現のメモが多いのが気になるけど。
なお、レイさんは文書作成はベタ打ちが限度(カナ打ち派)、手書きの方が速いし多いとのことで、その情報を見返したり連携している他の事務所と共有しやすいように電子版のファイルにして体裁を整えるのが私の仕事になるらしい。
由緒あるおうちの一歩間違ったら金田一さんの出番になりそうなドロドロの確執が、なんとも身も蓋もなくドライにまとめられているファイルを見ていたら、レイさんに声をかけられた。
「アシちゃん、ちょっといいかしら」
「はい、なんでしょう」
立ち上がって振り向くと、レイさんの手元に見慣れた機械が見えた。
あの、ラベルシール作成機だ。
「これの扱いは得意かしら」
「はい」
それはお任せください。
でも、その辺に散らばってる「封」のテープはいったい。あちこちに貼ってあるのに、更に大量に要るものなんですか?
「これを、もう少し長めに作りたいのだけれど」
「わかりました。どのくらい余裕があればいいですか?」
馴れた操作で、指定のシールを作成する。けれど、本当に何に使うんだろうこれ。
「これでよろしいですか?」
「ありがとう。同じものを一〇枚くらい用意してもらえるかしら」
「あの、この『封』のラベルテープ、あちこちに貼ってありますけど、なんなんでしょうか」
ついでなので思い切って聞いてみる。
「見ての通り、封印に使うのだけれど?」
何が不思議なの? と言わんばかりの反応だった。
「せっかくラベルシールで作るなら、番号とか、内容とかも書いた方がいいのかと思いまして」
シールとしては機能していても、ラベルの用を満たしていないのが気になっているのですが。
「封」という文字が必要なら、手紙の封用のシールを使った方が早いと思うし、大量生産ならシート型のラベルに印刷した方が楽。
「内容は封じた状態でも見ればわかるから。でも、そういう余計な情報を入れたパターンの効果は試したことがなかったわね。今度やってみましょう」
なんだろう。ものすごく話が噛み合っていない気がするのですが。
なんとももやもやしたまま、言われた通りのラベルシールを作る。
なお、これの操作に手間取る様子から、レイさんの機械関係の能力の限界がはやくもうかがえて、これはなかなか難しいなぁと思う。
年齢に関係なく、根本的に適性がない人というのはいる。「直感的に使える」がうたい文句の製品も、その「直感」が働かないので使えない人がいる。
幸いスマホは最低限使えているようだし、どうやって覚えてもらおうか。
そうこうしているうちに作業が一段落したので、郵便を取ってこようと立ち上がると。
応接を走り回る掃除機の上になにかが乗っていた。
なんだろう?
戸口で立ち止まると、向こうも私に気がついたらしい。
「にゃーん」
にゃーん?
なんだ猫か。三毛猫だ。確かに猫がこの手の掃除機に乗ってる画像はよく見かける。
……まって。
猫なんて、いた?
事務所に猫を放しておくのなら、それに言及があるはずだ。雑用にも猫がらみのものが入るはず。それに、私が入ってきたときにはいなかった。洗面所やキッチンとか、扉なしに出入りできる場所に、猫トイレの類いを見た覚えもない。
どこかから入ってきたの? 窓もドアも閉まっているけど。
「どうかした?」
戸口で立ち止まったままの私に気がついたらしく、レイさんが声をかけてきた。
「あの、こちらの事務所は猫を飼っていますか?」
「いいえ」
ですよねー。
「猫がいるんですけど、どこかから入ってきちゃったんでしょうか」
応接室には謎の置物が沢山ある。預り物もあるというし、猫と追いかけっこして何かを壊してしまったりしたら大変。
しかし、レイさんはやはり落ち着いていた。
「三毛猫かしら」
「はい」
「尻尾が二本ないかしら」
「……はい?」
何を言い出すんですか。そんなわけが……。
応接を振り返ると、ちょうど猫はこちらに背を向けていて、ご機嫌に尻尾がハートを作っている。
尻尾が折れている訳じゃない。
根本から分かれた尻尾が二本。確かに。
「あります、ね……」
尻尾が二本の猫。それはあの有名な「猫又」と呼ばれるものではないでしょうか。
そんなの。冗談だよね? 何かおもちゃの尻尾をつけてるだけだよね?
「まったく。仮の封印で容赦していれば、付け上がるのだから」
レイさんはいつも通りに落ち着いたまま立ちあがり、こちらに来た。
「アシちゃんは書斎の方にいてね」
「は、はい……」
戸口から避けて、少し奥に入った場所で様子を見ていると、レイさんはスタスタ歩いて、猫の首根っこをひょいと掴んであっさり捕獲した。
『にゃんじゃ、高嶺の娘か。妾が機嫌良う遊んでおるににゃぜ邪魔をしやる』
「それはあなたのオモチャではないのよ。なにを勝手に動き出しているの」
なんか普通に会話してるんですけどー?!
ていうか猫がしゃべってるー?!
「やはり、預かり物だからと甘やかしてはいけないわね。本格的に封じましょうか」
『嫌にゃ! 妾が何をしたというのにゃ! 妾はあの店の招き猫なのにゃ!』
「お店の人に悪さをしたでしょう」
『妾の行灯をえるなんとかいうやたら眩しいものに変えたから、元のように油にしろと言っただけにゃ!』
えるなんとか。LEDかな。現代のお店に行灯を置くなら、火災防止の面からも電気式にするし、発熱の危険を考えたら、白熱灯よりLEDをを選択するのは妥当。
いや、そういう問題じゃないけど。
『あげく、嫁があれるぎいにゃなんぞと言って、長年店を守ってきた招き猫様を退けるとは何事にゃ!』
「近所の猫を呼び寄せて嫌がらせをしたでしょう。だから当代が縁切りを申し出てきたのよ。先代が招き猫として尊重しているから今は私が一旦預かっているけれど、悪さが過ぎると本当に縁切りになるわよ」
『嫌にゃ。妾はあの店の先でごろごろし続けるのにゃ。昔の主との約束にゃ』
「食品を扱う店の前に猫が居座るのも、今のご時世では迷惑なのよ」
首根っこを捕まれてぷらーんとぶら下がっていることもあって、猫又はなんとなく可哀想だ。
でも、アレルギーへのイタズラは、程度によっては冗談じゃ済まないし。
というか、LEDとかアレルギーとか、会話の内容がとても現代的なのに、根本的なところが色々間違ってはいないでしょうか。
「すこし反省なさい」
レイさんは右手の指を変わった形に組み――印を結び、そして。
「封!」
鋭い一声とともに、さっきの三毛猫は、招き猫の置物になった。
その招き猫なら見覚えがある。
「アシちゃん」
レイさんが猫だった招き猫を抱えて振り返った。
招き猫も猫だけど、あああ、もう訳がわからない。
「机の上にある封印を何枚か持ってきてもらえるかしら。私が作った短い方でいいから」
「は、はい」
言われるまま、机の上に並ぶラベルシールを持って行くと。
「ありがとう」
レイさんはその「封」のラベルシールを招き猫の底と後頭部にぺたぺたと貼り付けた。
「これでしばらくは大人しいでしょう」
そして、何事もなかったかのように招き猫を棚に戻す。良く見れば、他のものも「封」のラベルシールがどこかに貼ってあるらしかった。
……いまのは、いったい。
猫がいて、尻尾が二本で、言葉をしゃべって、しかも招き猫に変わって??
頭が混乱して、わけがわからない。
「アシちゃん、大丈夫?」
私より状況が大丈夫じゃない気がします。
「とりあえず、ここに座って。お茶をいれてくるから飲んで落ち着いて」
ソファに座らせられた。
ここに並んでいるのが、全部、ああいう……?
そう思うと長居はしたくなかった。けれど、立ち上がる気力も湧かない。
しばらく呆然としていると、紅茶のいい香りがした。テーブルには紅茶とプリンが二人分。
レイさんは向かいに座った。
「あれが『封印』だということは、わかってもらえたかしら」
「こう、目の当たりにしてしまっては……」
全く納得行かないですし、正直わかりたくないですけど。
「あの、レイさんは実際のところ、どういうお仕事をされているんですか?」
これはコンサルタントとかじゃなくて、霊媒師とか祈祷師とかそういう宗教的なものでは。ある意味、反社より質が悪い可能性がある系統だ。
「一応説明したと思うけれど、扱っている『古いモノ』というのは、あのようなモノのことなのよ」
……あー、確かにそんなことは言ってましたね。神様関係が多いとかも。
「職業としては、そうねぇ……強いていうなら巫女になるのかしら。実家は一応神社だけれど、私自身が特定宗教に属しているかというと悩み所ではあるわね」
「はぁ」
「同業者は、拝み屋とか退魔師とか陰陽師とか、色々と名乗っているわね。『古いモノ』との関わりや封じ方にも流派があるから」
「はあ……」
理解がついていかなくて、ろくな返事ができない。
お茶は落ち着く。プリンおいしい。
「その『古いモノ』というのは、なんなんでしょうか」
神様関係の仕事が多いとは言っていたけれど、猫又は神様かというとどうなのか。
「代々、特定の家系や集落と関わりがある、人ではないけれど意思ある存在、と言ったらいいのかしら。私は直接対話できる相手なら、神様と呼ばれるモノもさっきの猫のようなモノもまとめて『古いモノ』と呼んでいるけれど」
「神様も妖怪っぽいのも似たような扱いなんですか」
「何かを退治して封じた祠をお祀りしたり、座敷わらしは守り神だとか、曖昧なものが沢山あるでしょう? もちろん、もっと細かく厳密な分類をする同業者もいるけれど」
レイさんの落ち着いた語り口を聞いていると、なんとなく納得してしまいそうになる。けれど、内容はトンデモにも程がある。
「こういうことは、良くあるんでしょうか……」
「月に一、二回あるかしらね。ここに置いているのは、あの猫と似たような程度のものだからさほど害はないし、この部屋からは出られないようにしてあるけれど」
……まぁ、悪戯っていうか、掃除機に乗って遊んでただけではありますね。猫を招集されるのは困るけど。
「はぁ……」
「やっぱり驚くわよねぇ」
レイさんがほう、と優雅にため息を吐いた。
こちらは、驚き過ぎて反応が追い付けていません。
『いや、騒ぎ立ても逃げ出しも腰を抜かしもせぬのは、なかなか肝の座った娘ではないか』
ドスの効いた野太い声とともにレイさんの背後に大柄な人影がぬぅっと現れた。
山伏の服装。赤い顔。ずいっと突き出た鼻。喋ると口元が、目や眉も自然に動く。お面、ではない。
「天狗……」
『左様。面白い娘でありんす。わちきは気に入りんした。以後よしなに。そして高峯の娘、いいかげんわちきをこやつから放つでありんす!』
今度は棚から癖のある喋り方の女性の声、となにか物音がする。
「え?」
見ると、熊に咥えられた鮭がびたんびたんと動いていた。あ、鮭じゃなくて錦鯉??
「お黙りなさい」
レイさんが座ったまま、『封』のラベルシールの裏紙を剥がして指で弾くと、それは天狗と鮭(鯉)熊に引き付けられるように翔んで行き、貼り付いた。
天狗のお面が床に落ちて乾いた音を立て、熊が咥えた鯉は今までとは違うポーズで固まる。
ほかにごそごそ動き出そうとしていたモノたちも、ピタリと動きを止めた。
「この状況で動いたら、事態が悪くなるだけだということくらいわかっているくせに、悪ノリが酷いのよね……」
レイさんは棚の一同を睨み付けると、改めて私に向き直り、ため息を吐いた。
「こんな事情だから、なかなか人を雇えなくて……。説明不足だったのは申し訳ないけれど、実際かなり困っているのよね」
「できれば初めに言っておいていただきたかったです……」
説明されたところで理解不能だったとは思いますけど。
「でも、実際に見ないと信じないでしょう? それに、見える人と見えない人がいるから」
それは確かに。
でも、見てしまっても信じたくないですし、自分が見えるタイプだったなんて初めて知りました。知りたくなかったです。
なんか色々と引っ掛かりがある事務所だなぁとは思っていたけれど、こんなの予想の斜め上を遥かに越え過ぎてる。
「こういうことだから、もう続けるのが無理だというならそれでいいのよ」
レイさんはあくまでも穏やかに言った。
そういえば、私はここでバイトをしてたんでした。
「昨日今日と来てもらっただけでもかなり助かったし、その分はちゃんと明細をつけて送るから」
確かに、こんな所に勤めるのはご遠慮申し上げたい。
「私は明日から三日ほど留守にしているけれど、もしも続ける気があるなら、私が事務所にいる日に来てくれたら嬉しいわ」
そして、レイさんの当面の事務所滞在予定表をもらって、その日は帰ることにした。
数日後。
家で転職サイトの求人を眺めたり、職務経歴書を書くのに頭をひねったりしていると、速達が届いた。
見たことのある、レイ・コンサルタントの封筒だ。
開封すると、達筆のお手紙と、明細書、なにかのリストらしいコピー用紙が入っていた。
まず明細を見てみる。二日間だけど、あのお時給ならまぁそれなり、と思っていたのより多い。金額おかしくないですか?というくらい多い。家賃が払えてしまう。
慌てて銀行のWEB通帳を確認すると、確かにその金額が振り込まれていた。
どういう事かと手紙を改めて見ると、「迷惑料のようなものだから」という説明。そして、同封してある紙は、仕事を紹介できそうな所の一覧だとある。
同封の書類を見ると、結構な数が並んでいる。弁護士事務所とか士業の事務所が多い。住所と電話番号、業務と雇用形態、就業時間と大体のお給料目安が書かれている。
これ作ったの事務担当させられさんだろうな。余計な仕事を増やしただけで申し訳ない。
見たところ、転職サイトで見かける同様の案件より条件はいい。レイさんの仕事がアレなので、その関係先なのは少々不安もあるけど、それを言ったら、私の元勤め先だって関係先だ。
そう、元勤め先はレイさんの取引先だったんですよね。しかも、そこそこの頻度でレイさんが訪問してくるような。昔、社屋の移転で揉めたとは聞いたけど、何がいたんだろう。
つまり、従業員にとってはそんな程度のものなのかも。
紹介してもらった先をネットで確認したりしつつ、ぼんやり考える。
レイさんの事務所、時給はいいし、アレさえなければ最高なんですよねぇ。不思議な人だし、不思議な職場ではあるけど。
『古いモノ』か。
多分かなり大事にされていた招き猫。昔風の構えのお店なら、飾っておいても情緒があるかもしれないけど、今のビルだとどうだろう。
その他、あの部屋の棚に並んでいた物。いやげものという印象があったけど、明らかに由緒ありげな骨董品ではなく民芸品が多いあたり、余計と古い家の日常に溶け込んでいたんだろうと思える。
実家ももはや古民家の域に入りそうな古い日本家屋で、あの手の物がゴロゴロしているからなんとなくわかる。
古い建物にある分にはちょっと邪魔、程度だけど、現代の建物だと内装によってはありえないセンスになる。レイさんの事務所の応接が正にそれ。きちんと並べてあるのに、とてつもないカオスになっている。
思い出や愛着はある。でも置場所はないし、捨てにくい。実家にある諸々も、家を建て替えたりしたら、きっとそうなる。それがもし、会話ができてしまったりするものだったら。引き取ってもらえるのは、とてもありがたい。まるで、介護施設を探すような感じだけど。
それにしても、なんで封印のお札があれなんだろう。なんであれで効果があるの……。
……考え出すと、気になって仕方がない。
時計を見る。
この時間なら大丈夫かな。
そんなわけで事務所の一階のインターホンを鳴らす私がいる。
『はい。あら』
カメラで見えているはずのレイさんに頭を下げる。
「遅くなって申し訳ありません。まだ事務員は募集していますか?」
『ええ、もちろん。今開けるわね』
そして、私はまだしばらくはこの事務所で働く事にした。