必殺技が出せないサラリーマンと偽物の文学少女
「何か困ってることはない?」
妹の真奈はそう尋ねる。
三つ編みが似合い分厚い眼鏡をかけ、図書室に篭ってそうな見た目は文学少女な彼女。その見た目と裏腹に中身は熱血な正義のヒーローだ。
「お前に助けてもらうようなことなんてないよ」
社会人にも慣れてきて、ひと回り年上な俺はぶっきらぼうに答える。
そんな俺を横目に真奈は特撮のヒーローのポーズを決めて言い放つ。
「安心してよ!正義のヒーローは必ず勝つ!」
ははっと高らかに笑う真奈。
小さい頃の俺みたいだ。友達と正義のヒーローごっこで必殺技を使って友達を倒すふりをしているうちに、俺は強いから将来の夢はヒーローだなんて本気で思っていた。
でもある日言われた「ヒーローってなんかダサいよな」の一言に俺は初めて喧嘩をした。
その時気づいた。俺は強い訳じゃないし、必殺技は出せない。ヒーローはダサくないが俺にはなれないと気づいてしまった。
真奈はよく似ていた。時には暴力もヒーローには必要だと信じてしまっている所も。
帰り道の公園でリンチにあってる真奈を見て、驚きはしたが妙に納得してしまった。
あの日の俺の様にボコボコにされて涙目になっていた偽文学少女は何かを叫んでいる。
「正義の鉄槌パンチ!」
ダサい必殺技を叫ぶ偽文学少女。
気付いたら俺は通勤で使っていた自転車を担いで喧嘩の輪に入っていった。
本来ならカッコいい必殺技を言いながら自転車を投げつけ真奈を救うはずだったが、咄嗟の事で口から出るのは雄叫びだけだし、鍛えもしないしがないサラリーマンの俺は自転車を投げつける事すら上手くできなかった。
結論から言うと真奈と俺と自転車はボロボロで惨敗だった。家に帰ると両親に酷く怒られる程に俺らは見窄らしい姿をしていた。
「兄ちゃん」
風呂上がりに声をかけてきた真奈は痛々しく腫れ上がった頬に氷嚢を当てながら誇らしげに笑う。
「必殺技は出せてないけれど、カッコよかったよ」
俺は上がりにくくなった腕を無理やり持ち上げ、真奈の頭を撫でる。
「お前は必殺技を出していたけれど、カッコ悪かったな」
うるさいなと俺の手を払う真奈。
俺に似た妹はあのポーズを決めて高らかに笑う。
「正義の心は不滅なり!」