後編
少女ははっとして目を覚ましました。自分の体が何ともない事を知ると、少女は心から安心し、同時に心から悲しくなって、静かに涙を流しました。その時、少女の耳に、ぴしっ、という音がしました。気がつくと、硝子の海底にひびが入っていたのです。少女は立ち上がって辺りを見渡しました。少女の不安が止まらないように、硝子の海底の果てまでもひびは広がります。
少女はその果ての果てを見つめました。それからふと視線を足元に戻すと、少女はため息をついて、再び、静かに踊りだしたのです。少女はもう鼻歌も歌いませんでした。涙も流しませんでした。ただ瞳を閉じて、その長い髪を揺らしながらひびだらけの硝子の海底でただ一人、踊っていたのです。
その姿の可憐なこと、儚いこと、美しいこと、そして、ただひたすらに、静かなこと。
少女がくるりとまわるたびに、少女がふわりと飛ぶたびに、降りるたびに、硝子の海底のひびはさらに増えていきました。やがて、少女の頬を静かに涙が流れました。
かこかこと水面に向かう泡に手を伸ばした時、少女の細いその腕がさーっと砂になって崩れ始めました。少女はやるせなくなり、硝子の海底もいよいよ崩れ始めました。
その時、水面に一層の船が通り、なにやら雪のようなものがちらちらと水面から降ってきました。崩れていく少女の目の前で、それは、一人の男の形になりました。
そして、男は何も言わずに少女の頬に優しく触れ、それからそっと抱きしめてやったのです。少女が最後に微笑んだ時、硝子の海底は砕け散り、少女も男も崩れ去りました。彼らが姿を消した後、そこには何事もなかったかのように色とりどりの珊瑚や海草、岩が現れました。
水面の船から静かに、花が流されました。それはやがて、ゆっくりと沈みました。
そっと沈んだその先には、一艘の沈没船が、穏やかに横たわっておりました。
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