第7話 魔王戦線
(ドンドン!ドンドン!)
「ん〜、もう朝か?」
まだ眠気が消えない俺は目を擦りながらドアを開けるとそこにはレギアが立っていた。
「お、駆琉今起きたのか!はやく装備買いに行くから準備しろよ!」
そういえば昨日、レギアが試練までの間付き合ってくれるって言ってたような…
時計を見ると朝の6時だった。こんな朝っぱらからテンションの高いレギアの声で俺は完全に目が覚めてしまった。こうなったら仕方ないと諦めた俺はすぐに着替えを済ませた。
「おまたせ。それでどこから行くんだ?」
「もちろん、武具を整えることからだ!」
やる気満々のレギアの後をついて行くと、街から少し外れた店に着いた。隠れた名店のようにひっそりと佇む店にレギアは躊躇なく入っていった。
「ここが俺のオススメの武具屋のレン工房だ!さぁ、入りな!」
中に入ると武器や防具が辺り一面に並んでいた。ふと入口のガラスに入っている武器を見ると値札が貼ってあった。
「金貨500枚!?」
「そこのショーケースに入ってるのは有名な鍛冶師が打ったやつだからな、プレミアムな値札が付くんだよ。おやじさーん!」
「おぉレギアか、朝から賑やかだな。おっ!そこの彼は期待の大型新人かな?」
「そうそう!急な追加だからメンバーがいなくて俺がここに連れてきたったわけさ。なんか適当な武具見繕ってくれねーか?」
「兄ちゃん手持ちはどんなもんあるんだ?」
「今は持ってるのは金貨50枚ぐらいです」
「それだけあれば十分だ。ちなみに職業によって武具も変わるが決めとるのか?」
「筋力と魔力の数値が高いけど、体力が低いからなぁ…」
「それなら、動きやすい装備にして素早い剣士ってスタイルにするか。魔力が多いなら多少自分に支援魔法掛けながら戦っても問題はないはずた」
そういうと、店主は少し小さめの剣と鎧ではなく戦闘服見たいな皮の服を持ってきた。
「この剣は一般より短いが魔力の影響を受けやすくてな、上達すれば長さも調整出来るようになるはずだ。服は防御力よりも俊敏性を意識して、魔法の糸で編んだ戦闘服にしてみたがどうだ?」
「この剣伸びるんですか!それに服も動きやすくていい感じです。なんか体が暖かくなってきたような…」
「魔法の糸で編んであるでな、多少魔力増幅の術式も組まれているはずさ。剣の方は剣が伸びる訳じゃなくて剣を伸ばす魔法があるでそれを習得しんとあかんぞ。剣は魔力の影響受けやすいで初心者でも簡単に出来ると思うがな」
「そこは、練習するしかないっすね!ちなみにこれでいくらになるんですか?」
「これら一式で金貨40枚だ」
「うぅ、やっぱ結構しますね」
「しかたねぇ、こっちも商売なもんでなぁ」
「よし!レギア!装備決まったで実践と行こうぜ!」
「案外と早く決まったな」
レギアは武器の入ったショーケースを見ていた。中には大きな槍が入っていた。2mある槍は穂の部分に3つの爪が付いているような形をしていた。チラッと値札を見ると衝撃な値段だった。
「き、金額2000枚!?ってか、レギア槍なんて使うのか?」
「ちげーよ、これはカノンさんが使ってた槍の最新モデルみたいだからな、ちょっと見てただけだ」
「え?カノンさんって戦えるの?」
「バカヤロー、あの人はめちゃくちゃ強いんやぞ」
「それなのにギルドの受付やっとるんか…」
「お前はギルトの受付の重要さを知らないようだな…ギルドってのは、言わば俺たちの拠点のようなものだ。敵の襲撃がいつあったとしても守り抜かなくちゃいけないもんだ。俺達は日中はクエストに出かけて居ないし、マスターもいつも居るとは限らんからな。だからギルドの受付は全員猛者揃いなんだ」
「じゃ、書庫の管理人って言ってたあの小柄の女の子も?」
「なんだお前リーズさんと面識あったのか?」
「あぁ、昨日レギアが寝た後少し話した」
「ギルドの書庫は一般開放されているのだが、中には他の人に見せれないギルドの秘術を記した書籍もあるからな。それを守っているのだからリーズさんは凄いぜ。噂によると魔族に操られた巨大なドラゴン3匹を1人で片付けたそうだ」
「あいつ、そんな化け物じみた強さだったのか…」
「まぁ、あそこは俺らの最後の砦だからな。厳重な分俺たちがクエストに集中しやすいってことさ。それにギルドを立てて30年間、多くの襲撃があったが、ギルドが1割以上損壊した事は1回しかないからな」
レギアは熱心に受付のお姉さん達の話をしてくれた。店を出で朝食を食べ終えるまでその話は続いた。レギアの話を聞き終えると、改めてギルドの人達の凄さが実感できた。
その後レギアと話しながら歩いていると草原に着いた。
「よしっ!ここからは実践指導だ。クエストは俺が朝受注しておいたで安心しな!」
自慢げに受注したクエストのスクロールを俺に見せてきた。ゴブリン10匹及びオーク2匹の討伐。報酬金貨3枚と紙には書いてあった。紙の一番下には星が2つ書かれていた。
「これは難しいのか?」
「初心者なら星2のクエストが丁度いいはずだ。星1は採集などの雑用が多いからな。ほら、言ったそばからゴブリンが出てきたぞ。剣を構えな」
茂みの方から50cmぐらいの棍棒を持った小型のゴブリンが2匹出てきた。
「よし!それじゃ戦闘の極意を教えてやる!まず初めは…」
剣を構えたがレギアは教える内容を考えていなかったようで言葉を探していた。
「よしっ!当たって砕けろ!駆琉!突撃だぁー!」
俺はレギアに背中を押されゴブリン目掛けて一直線に走っていった。
「あ、これ、ダメなやつだ…」
俺はやけになり剣を振り上げゴブリンを切りつけた。剣筋はゴブリンの右肩から左の腰までスムーズに入った。ゴブリンが軽く悲鳴をあげると黒い煙が出ると共に消えていった。
「おぉ!俺意外とやるじゃん!」
「駆琉!もう1匹くるぞ!」
自分に関心しているともう1匹のゴブリンがこちらに走ってきた。
近づいてきたゴブリンは棍棒を振り上げた。とっさに剣を構えた俺はゴブリンの棍棒と鍔迫り合いをする形になった。
「駆琉!そのままゴブリンの棍棒を弾いてトドメをさすんだ!」
俺は剣を思いっきり上に振り上げた。棍棒は後方に飛んでいき、ゴブリンはしりもちをついた。
「はっはっは!どうだ俺の力は!」
無抵抗なゴブリンを前に優位にたった俺は仁王立ちをして ふんぞり返った。するとゴブリンは隙を見て茂みの方へ逃げていった。
「バカヤロー!」
俺は後ろからレギアに頭を引張かれた。
「いってー!何するんだよ!」
「お前、クエストの内容忘れたのか?ゴブリンを倒さないと意味ないんだぞ!」
レギアは先程のスクロールを俺の前に出しゴブリンのとこを指さした。さっきまで0/10だったことろが1/10になっていた。
「これには倒された数がカウントされるからトドメを刺さないと意味が無いんだよ!」
「まぁまぁ、あれぐらいならいくらでも…」
「それだけじゃねぇ、ゴブリンが逃げる時は十中八九仲間を連れてくるんだよ! 」
「な、なんだとぉ!それじゃ早くあいつを追わないと!」
ゴブリンの後を追おうとしたら茂みから杖を持ったゴブリン5匹とその後に2mは優に超えるオークが2匹立っていた。
「ちっ、これはちょっと新人の手に負える量じゃないな」
「いや待て!これは俺の招いた事態だ。しっかりと責任はとろうじゃないか!」
「お前魔法もろくにつかえねぇだろ?特殊能力の使い方も分からんのにあの量は無理だ。それにあのゴブリンは魔法も使ってくるで厄介だ」
杖を持ったゴブリンは魔法を唱え始めた。
「丁度いい、駆琉!俺の戦いをしっかり見ておけ!」
レギアは1m程の剣を2本、それぞれ両手に持ちゴブリンへ切り込みに行った。短い杖を両手で持っている小型のゴブリンは魔法を唱えた。バスケットやバレーで使う程度の大きさの丸い火の玉が5つレギア目掛けて襲いかかる。目で追える速さの火の玉をレギアは右手の剣で真っ二つに斬る。後からくる火の玉も慣れた手つきで華麗に全て斬った。スピードを乗せたままゴブリンの懐まで入ったレギアは次々とゴブリンを斬っていった。最後に大きく棍棒を振り上げたオークに攻撃をさせる間を与えず首をはねた。
「す、すげー」
ゴブリンとオークを一気に片付けると、黒い煙が大量に発生した。それを振り払うかのようにレギアは剣を振り鞘にしまった。
「まぁこんなもんだな」
「レギアさん!かっこいいっす!!」
「そんなに褒めてくれるな!はっはっは!それじゃ、次は魔法を使ってみるか!」
上機嫌なレギアは魔法の使い方を教えてくれた。
「ざっくり説明すると、まずは呪文を唱える。内容はなんでも大丈夫だ。大切なのは使う魔法を脳に送ることだ。そして、体内で魔力の流れを感じ、指先へ集中させる。そうすると魔法陣が発生する。それを放出して完了ってとこだ。慣れれば数秒で使うことも出来るからこれは練習あるのみだ。」
レギアは俺の前に立ち、見本を見せてくれた。
「赤き…赤き火の玉よ我の前に顕現し、目の前の敵を焼き尽くせ!」
先程のゴブリンが放った火の玉よりも大きな火の玉が放たれた。
「こんな感じた。駆琉もやってみな。」
俺はさっきの火の玉をイメージして魔法を唱えた。
「赤き火の玉よ我の前に顕現し、目の前の敵を焼き尽くせ!」
しかし、火の玉どころか魔法陣すら発生しなかった。
「ちくしょー、なにが駄目なんだ?」
「大丈夫、初めはこんなもんだ。あと、強いていえば自分の欲求など混ぜると使えると聞くが…」
「よし、任せろ!」
俺は再び魔法を唱えた。
「火の玉よ!!俺のハーレム生活実現の為の一端となれ!!」
すると、魔法陣が展開されレギアと同じぐらいの大きさの火の玉が放たれた。
「よっしゃー!見たかレギア!」
俺は喜んでレギアの方を見ると腹を抱えて笑っていた。
「なんだお前その詠唱は!よくそんなんで魔法を使えたな…面白すぎてばかになりそうだわ!」
「ふんっ!いいだろ俺の欲望がなんだろうと」
「あぁ、悪かった!まさかそんなんで俺と同等以上の魔法を打てるとはな。まぁ、とりあえず基本はここまでだ。ここからは試練に向けたサポートの魔法を教えるから、足を引っ張りたくなかったら死ぬ気でマスターしな!」
「おぅ!もちろんだ!」
そのから俺とレギアは試練に向けて毎日猛特訓を行った。調整の期間はあっという間に過ぎ、試練当日になった。攻撃魔法は威力を高めるのに充分な鍛錬が必要な為、期限が短く習得には時間がかかると思った俺はサポート魔法をいくつか覚え試練に向かった。
ギルドに到着すると俺を含め選抜された10名は全員ギルドの中で待機していた。
「よぉ、駆琉!準備は万満か?」
試練の内容が明かされていない上に、初めての討伐戦の為不安を隠しきれない俺の元にレギアが歩いてきた。
「レギアか、とうとうこの日が来たな」
「なんだお前心配しとるのか?表情が硬いぞ、でも安心しな、お前はともかくほかのメンバーは精鋭揃いだ。同期の美久なんて数日で凄い成長と聞いたぞ!」
奥でメンバーと話している美久を見ると、成長が一目で感じ取れる。守りよりも攻撃を重視した服装は動きやすいよう軽装になっていた。ギルドが用意していたメンバーに一から戦いを教えてもらいかなり成長したみたいだ。こちらに気付くと笑みを浮かべて手を振ってくれた。
俺が手を振り返すとギルドの扉が開き、ギルドマスターが歩いてきた。
「待たせたなお前ら。これから魔王前線に加わる為の試練を開始する。ギルドの地下には大陸から支給された転送石が設置してある。転送したらすぐに試練が始まる為、ここで内容を説明しておく」
マスターの横からカノンさんが試練の内容が記されているスクロールを持ってきた。
「それでは僭越ながら私の方から試練の内容を発表します。今回の試練内容は討伐、討伐対象はキメラ1匹。制限時間は2時間となります」
頭はライオン、胴体は山羊、尻尾には毒蛇を持つ巨大な生き物がスクロールには描かれていた。魔王前線に入っていないうちのギルドでは、このような討伐クエストは回ってこない為、ほとんどのメンバーは対峙するのが初めてでギルド内はザワついていた。
「選抜メンバー以外は会場に入れんからな、向こうでの指揮はヴァルハラにまかせる。それではお前ら、健闘を祈っているぞ。良い報告を持ち帰ってくれ」
俺を含めた選抜メンバーはそれ以外のギルドメンバーからの激励を受けながら地下へと足を運んだ。下に進むにつれて明かりが薄くなる。20段ほど降りると小さな小部屋が1つ出てきた。扉の両端にランタンが掛かっていたが、灯りは辛うじて扉の当たりを目視できる程度だった。
マスターが扉を開けると小さな部屋に似つかわしくないほど大きな転送石が立っていた。縦長で先端が少し尖ったような形をした石は、自ら光を宿していた。石の色が青いため視界に映る物は少し青がかったように見える。
俺達は大きな転送石を囲むように立った。
「さぁお前ら!気張って行くぞ!」
ヴァルハラの掛け声に合わせて全員で転送石に触れた。青白い光が俺たちを包み一瞬で周りの光景が変わった。
ここは街だったのだろうか…辺りを見渡すと街であったと思われる所は一面灼熱の炎に覆われていた。俺たちが足を着けている地面もあちこちに灰が積もっており、とても人が住めるような状態ではなかった。
炎のせいか周りの温度もギルドにいた時に比べて上がっている。俺の額には汗が流れ始めたが、これが暑さのせいか緊張によるものか分からなかった。他のメンバーは慣れているのだろうか、非常に落ち着いた姿が見受けられる。
「なんだ、今の声は?」
誰も気付かなかったが、メンバーの1人が異変を感じとった。
「前方500m、巨大な生命反応があります」
探知系の魔法を使ったメンバーが指を指すとその先に大きな魔物がそびえ立っていた。辺り一面火の海に囲まれながらも街の城壁のような所に立ち炎を吹いていた。
「あいつがここの元凶か」
「しかしあの状態では近づくことすら出来ないな」
自ら放つ炎で壁を作り、誰も寄せ付けないと立ち振る舞う魔物にどうやって近付くか方法を考えた。
「遠方から魔法を放ちこちらにおびき寄せる!近づいてきたところを他のメンバーで攻撃するぞ。駆琉は攻撃手段が少ないから援護に回ってくれ。美久はあの魔物は炎を吹いたら吸収の能力でみんなを守ってくれ。後のメンバーはいつも通りでいくぞ!翼もあるようだから撃墜優先で頼むぞ」
ヴァルハラが指示を出すと杖を持つ2人のメンバーが魔法を放った。魔法陣から生成された先の尖った氷の塊が魔物目掛けて一直線に飛んでいく。
スピードを落とさずに飛んでいく氷の塊は、見事に魔物の両肩に命中した。
その瞬間、大地が震えるかのような雄叫びと共に突風が俺たちを襲った。魔物は大きな翼を広げ、ある程度の高さまで浮上するとこちら目掛けて勢いよく突っ込んできた。
「くるぞ!武器を構えろ!」
後方の魔術師が再度氷の魔法を放つ。氷の塊を華麗に避けると、魔物の口元が赤く燃え上がる。
「ブレスがくるぞ!耐性の無いやつは美久後に下がれ!」
俺を含め数人のメンバーが美久の後に下がると魔物は炎を吐いた。全体に吐き散らすのではなく丸い塊をこちら目掛けて放った。1階建ての小さな家を丸ごと覆い尽くすほどの大きさの炎の塊は、辺りに火の粉を散らしながら物凄い勢いで飛んでくる。
衝撃に備えて体勢を整える美久の盾に炎の塊がぶつかったと思った瞬間、炎の塊は何事も無かったかのように綺麗に消えた。周りに火の粉が飛び散ることも無く、まるで美久の体内に吸い込まれていくように全て吸収した。
「さすがランク9の特殊能力」
「これぐらいは普通よ。それじゃ、さっさと片付けちゃいましょ」
美久が炎の塊を吸収すると、後方で身を潜めていたメンバーが前線に出た。
“飛ぶ鳥を落とす”技なのか詠唱なのか、はたまた特殊能力の類だろうか、脳筋という言葉がお似合いのガタイの良い男が威勢よく声を荒らげた。メンバーは武器を構えて脳筋男の出方を伺った。
噂では200kgあると言われている斧を両手で持ち上げると、体を重心にぐるぐると回った。ハンマー投げの選手のように斧を魔物目掛けて投げると再び叫んだ。
「飛ぶ鳥を落とす!!」
俺は咄嗟に吹き出した。飛ぶ鳥を落とす。どんな巧妙な技なのかと思えば、男の見た目通り斧を力いっぱい投げ飛ばし標的を撃ち落とすものだった。
魔物は斧を上手く躱したが、男の手元に戻るように回転する斧は魔物の片翼を切り落とした。
バランスを崩した魔物は勢いを弱めることなく地面に落ちた。着地の反動で動きが遅れた魔物の隙を逃すことなく、メンバーは攻撃を開始した。長い剣と大きな棍棒を持った男達が魔物の足に向けて振りかぶる。攻撃を受けると魔物は膝から崩れ落ちる。すかさずヴァルハラが魔物の首目掛けて剣を振り下ろした。綺麗に切り落とされた魔物は黒い煙と共に消えていった。
「よっしゃー!俺達の勝利だ!」
「なんてことなかったですね!」
「俺達に掛かればこんなもんですよ!」
結局俺の出番は無かった。魔物も思っていたより反撃も少なく手応えが感じなかった。
苦戦はしなかったが、試練達成の喜びをみんなで分かちあっていると大きな影が通り過ぎて行った。
盛り上がりから一変、全員が一斉に空を見上げると先程よりも大きな魔物がもう1匹翼を羽ばたかせながら優雅に降りてきた。
先程の魔物とはまるで違う。ライオンの頭に山羊の胴体、尻尾の大きな毒蛇はこちらを睨んでいた。間違いないこいつがキメラだ。
「人間よ、何が目的でこの地に訪れた?」
「魔物が喋った!?」
初めて言葉を交わすことの出来る魔物を見たメンバーは困惑していた。
「我のような魔王様に創造されし魔獣は知恵を持ってる故に会話ぐらいは造作でもない。それよりも我の質問に答える気はあるのか?」
「これは失礼したな。俺たちは大陸からのクエストでお前を討伐しに来たものだ!」
「はっはっは!人間ごときがこの我を討伐だと?」
メンバーを代表してヴァルハラがキメラと会話をしていると、キメラと目が合った。
「そうか貴様は…ふん、面白い。いいだろう人間!この我が相手になってやる!」
キメラは大きな翼を羽ばたかせ浮上した。太陽と重なり姿を直視することが出来ない。後衛の魔術師が氷の魔法を使う。キメラはかなり上空まで浮上してるため魔法が届かなかった。
「ここは俺が行く!」
棍棒を持つメンバーはヴァルハラを先端部分に乗せ、力一杯振り上げた。
キメラ目掛けて一直線に飛ぶヴァルハラ。しかし、スピードが徐々に落ちていき届きそうにない。
「これだけ近付ければ問題ない!空間斬!!」
ヴァルハラは大剣を振った。剣先はキメラに届いていないが、何も無いキメラの左翼辺りの空間に切れ目が発生した。キメラの左翼に切れ目が入ると羽根がパラパラと落ちてきた。翼を傷つけられたキメラは落ちていくヴァルハラを鋭利な爪で追撃した。爪は剣で防げたが、空中の為勢いは受け止められず地面に落下した。魔法使いが速度遅延の魔法陣を何層も張り致命傷には至らなかったが、ダメージは大きかったようだ。ふらつくヴァルハラがなんとか立ち上がると、キメラは勢いよく着地した。
衝撃が地面を走ると大地が揺れた。相当の重さだったのだろうか、キメラの周りの大地は凹みひび割れていた。
着地の瞬間を逃さずメンバーが斬り掛かる。剣、棍棒、斧、様々な武器でキメラを襲うが、皮膚が固くダメージが通らない。後方の魔法使いが魔法を放っても尻尾の毒蛇が全て止めてしまう。
「だめだ、こいつ硬すぎる。攻撃が全て弾き返される」
「鉄の鎧でも着とるのじゃないか?」
「ヴァルハラさんどうします?」
武器を構え相手の行動を伺っていると、尻尾の毒蛇が緑の霧を吐き出した。
「まずい!これは毒だ!全員呼吸を止めろ!駆琉!援護の魔法を頼む!」
「よっしゃ!おまかせを!」
ようやく俺の出番が来た。試練の日までの10日間、俺が磨いてきた援護魔法の1つミストカット(霧払い)を披露するときだ。気合を入れて魔法陣を発動させた瞬間、キメラが俺の方に突っ込んできた。
知性のあるキメラは魔法陣を展開した俺が何らかの対処をすると思ったのだろう、魔法を発動する時には既に目の前に立っていた。
「ま、まずい、間に合わない…」
メンバーは毒の霧によって身動きが制限されている為、俺を援護出来る者は誰もいなかった。
「悪いな冒険者よ、危険の芽は早めに摘まないとな。ここで終わりにさせてもらうぞ」
キメラは鋭い爪を俺の首元に突きつけてきた。
「なんだ?とどめは刺さないのか?」
あと数mm、爪を奥まで突き出すと刺さる位置でキメラの爪は止まっていた。ふと思った俺は周りを見渡した。
空から落ちた時と同じだ。緑の霧が充満していた空間も赤く燃え上がっていた街並みも灰色になっている。もちろん先程まで戦っていたヴァルハラ達もピクリとも動かない。
「…汝、死を直前にする物よ。今此処で能力は発動される」
前回と同じようなセリフが頭の中に響いた。
「お、おい待ってくれ。お前は一体誰なんだ!」
俺の質問は声の主には届かなかったみたいだ。返事が帰ってくることはなく時は再び動き出した。
…なにかが足元に転がってきた。
足元を見ると先程まで俺を睨んでいたキメラの顔が落ちていた。状況が把握出来ていない俺は顔を上にあげると、キメラの体はバラバラに斬り刻まれていた。我に返った俺は霧払いの魔法を使い毒霧を払うと試練合格のアナウンスが脳内に流れ込んできた。暫くすると足元に魔法陣が発生しギルドに帰還した。
キメラのバラバラの肉体は黒い煙となり消えていったが、メンバーは何が起きたのか分からない顔をしていた。毒霧を吸わないように縮こまっていたメンバーの視界は悪く、目視できたものがほとんど居なかった。納得のいかないメンバー数名はザワついていたが、ギルドメンバーにこんな姿を見せる訳にはいかないとヴァルハラがまとめた。キメラは俺の前で切り刻まれたので、俺の特殊能力ということでその場は収まった。
ギルドのメンバーはそんな事情を知ることもなく、帰ってきた俺たちを歓迎した。キメラが俺に向かって突っ込むのを見ていたヴァルハラは俺に何か聞きたい様子だったがギルドの歓声がそれを許さなかった。
ギルドメンバーが道を開けるとマスターが歩いてきた。
「お前らよくやった!キメラが相手と聞いた時はハラハラしたがさすが我がギルドメンバーじゃ!」
「い、いえマスター…」
ヴァルハラが何かを言いたそうだったがギルドメンバーの歓声に声がかき消されてしまった。
「まぁ、お前らも今日は疲れただろ。家に帰ってゆっくりと休むが良い」
マスターはヴァルハラの顔を見てなにかを察したのか休養という名目でメンバーを帰し、ヴァルハラと奥の部屋に入っていった。
能力が発動したせいか少し疲れが出てきた俺は家に戻るとすぐ眠りに着いた。