第6話 紹介
カノンさんがギルドのドアを開けると中はお祭り騒ぎになっていた。
「おおっ!お前ら!期待の新人の登場だぞ!」
「ヒューヒュー、若いねーおふたりさん!」
まだ朝の8時だと言うのに大量のビールやお酒の残骸がテーブルの上に広がっており、ギルドメンバーの何人かはすでに出来上がっている様子だった。
「はいはい、皆さん道をあげてくださいね」
カノンさんは群がるギルドメンバーを押しのけて俺と美久をステージまで案内した。多くのギルドメンバーから寄せられる熱い眼差しに緊張しながら立っていると、奥からマスターが姿を現した。
マスターが出てきた瞬間、ザワついていたギルドメンバーが嘘のように静かになった。全員真剣な眼差しになるとマスターは話し始めた。
「親愛なるギルドメンバーの諸君よ。約50年前、突如発生した魔力、魔物の数々。そして、圧倒的な力を見せつけてきた魔王軍の幹部。その恐怖は未だに拭えてないが、我々は多くの災難を乗り越え10年前、転移という技術を手にした。これまで大陸中に多くの転移者が召喚されたが未だに魔王の勢力は衰えない。そんな中、我がギルドに2人の転移者が来てくれた。2人ともこちらへ」
俺と美久がステージの真ん中に立つとギルド内が暗くなりステージがライトアップされた。
「お前らっ!よく聞けっ!」
貫禄のある話し方をしていたマスターは一変、荒い口調で言い放った。ギルド内に静粛と緊張が走ると俺達の紹介を始めた。
「この若い女子は横屋美久!能力は吸収!ランクは…なんと9だ!!」
その瞬間、静かだったギルド内は大歓声に包まれた。
「うおぉー!お嬢ちゃんすげーじゃねーか!!」
「え?なになに?美久さんそんなにすごい人なの?」
事態を把握出来ていない俺はきょろきょろしながら美久に問いかけた。
「えぇ、これは流石に予想してなかったわ。昨日ガイドツールで目にしたんだけど、能力ランクの上限は10。一般の人は平均3〜4で能力を開花させて、ランクを1つ上げるのに30年は掛かるらしい。まぁ、例外もあるみたいだけど」
「美久さん…それはチートなのでは?」
俺は美久の凄まじい素質に理解がようやく追いついた。
「皆様お静かに」
ギルドの受付に立っているカノンさんの横にいるメガネをしたお姉さんが声を出すと、ギルド内はまた静かになった。そしてマスターは熱演を再開した。
「それでは期待の大型新人…いや我がギルドの主力メンバーに匹敵する能力者の美久の横に立つ男。彼の名前は松永駆琉。能力はリテヘキシと水晶に刻まれた」
周りが少しざわつき始めた。
「昨日能力を鑑定した所、この能力は…スキルDBと結果が確定した!」
「うぉーー!エクストラスキルだぁー!」
先程の美久への歓声も凄かったが、それ以上の盛り上がりと熱気がギルドを包む。
「な、なぁ美久。エクストラスキルってなんだ?」
「あんた…それは特殊能力の上位に位置するレベルでは表せないという能力だわ。持ち主の使い方次第で能力は化けると言われているわ。現状ではあたしの方が強いけど、あなたがその能力の真価を発揮したら能力レベル10の強者が束になっても歯が立たないらしいわよ」
俺は震えた。身体中の水分が流れ出たと思えるぐらい汗をかいていた。
「ま、まじか…俺にそんな能力があるとは…」
この能力を使いこなして楽しい冒険生活を送る想像と同時に、上手く能力を使えずに周りの人々にばかにされながら生きてゆく未来が脳裏にちらつき冷静には居られなかった。
頭がごちゃこちゃになっているなか、マスターは俺に問いかけた。
「美久は我々の召喚に応じこの世界へ来た為、我がギルドに入ることは確定している。本題は松永駆琉お主じゃが。そなたは我々が召喚した転移者では無い為このギルドに入るという義務はない…が、行方てもないと思われる。そこで提案だが、我々のギルドに入りその力を使ってはくれないだろうか?」
俺をこの世界に連れてきた女の子は未だに現れず、今後の方針も定まっていない俺には断る理由はなかった。
「任せてください!俺はこの授かった能力を使いこなして必ず!この世界を救ってみせます!!」
「おぉー!駆琉!よく言ったー!!」
「お前は俺らのギルドの勇者だー!」
会場の熱気に押されて無茶苦茶な事を言ってしまったが周りも酒が入っていたのか、ノリのいい返事が返ってきた。
「おぉ、それは頼もしい。美久の方は事前にギルドの精鋭を集めたパーティーメンバーを準備している。駆琉の方は突然の事でメンバーの用意は出来ていないが、こちらから協力できることがあればなんでも言ってくれ。出来る限りで協力の方はするつもりでおるのでな」
マスターが話しているとメガネをかけた受付のお姉さんがふたつの袋を持ってきた。マスターはそれを受け取ると俺と美久に膨らんだ袋を渡した。
「その中に入っとる金貨で基本装備や数ヶ月分の生活はなんとかなるはずだ。使い方は各々に任せるが足りなくなった時はあそこの掲示板に貼られているクエストをやるといいだろう。主ら2人にはギルドの階級は4を与える。昇級したことにより魔法建築士が家の拡張を行うから楽しみにしとくのじゃ」
袋の中を見ると金色の硬貨が大量に詰まっていた。この世界の通貨の価値が分からない俺は首を傾げたがとりあえず暫くは生きていけることだけは理解した。
俺と美久はマスターに感謝の言葉を伝えてステージを降りた。これで歓迎会が終わると思ったがマスターはステージから降りなかった。
「ギルドの諸君…期待の新戦力が2名加わったところで1つ重大なお知らせがある。」
ステージから降りてきた俺たちを迎え、騒がしくなっていたギルド内は静かになり、再び全員真剣な顔になった。先程まで酔っていたメンバーも酔いが覚めたかのように聞き入った。まるで全員、何かを察した様子だった。マスターは口を開いた。
「これより我々のギルド〝ブルーロッド〟は魔王前線に加入することを宣言する!」
「うおぉーーーー!!ついにこの時が来たのか!!」
ギルド内が拍手と歓声でどよめいた。みんなこの時を待ちわびていたかのように騒ぎ出す。
「お前らっ!準備はいいか!未だ人類を脅かす魔王軍を我々の手で駆逐するのだ!」
「よっしゃーー!やったるぞ!!」
俺たちの紹介の歓声よりさらに大く、ギルド内を渦巻くような盛り上がりをみせた。涼しかったギルド内は熱気に包まれ誰もが額から汗を流していた。
マスターの宣戦が終わると、横にいたメガネを掛けた受付のお姉さんが前に出てきた。
「それでは皆様。これから魔王前線に加入するにあたり、注意点が何点かありますので頭に入れて置いてください」
ステージに大きなスクリーンが現れ注意点を話し始めた。
「先ずこの前線に加わることによりクエストの内容に魔族討伐関連の高難易度クエストが受注出来るようになります。さらに大陸から出される緊急クエスト、遠征クエストなど、こちらでメンバーを選出して派遣するクエストも発生してきます。皆様の大切なお時間を頂くことが多くなりますが、報酬が格段に跳ね上がります。それに加え、ギルドの名が大陸に知れ渡ると周辺諸国から多くのクエストがギルドに入ることになります。その為、皆様の成長は勿論、新規メンバーの補充なども必要になってきます。まだ先のことになりますが心に留めておいてください」
「なぁ、美久。俺達、強力な能力持ちだからっていきなり最前線に出されたりなんてしないよな…」
「なにあんた?さっきあんな啖呵切ってたくせにびびってるわけなの?」
「いや〜、まだ能力使い方もいまいち分からないからね〜…」
戦い方すらまともに分からず弱腰になっている俺の予感は的中した。受付のお姉さんはポケットから紙を取り出し読み上げ始めた。
「魔王前線に加入するには大陸から試練が出されます。派遣できるメンバーは全員で10名。尚、マスターの参加は禁止されています。それではマスターに選ばれたメンバーの発表します。隊長は…ヴァルハラさんにお願いします。残りのメンバーは9名。レギアさん……… 美久さん、最後は駆琉さん。当日はこの10名で試練に挑んで頂きます。日取りは10日後となります。みなさま準備の方をお願いします。私の話はここまでです。それではみなさん今日は飲んで新人の方々と親睦を深めて下さい」
「勘が鋭いのね。本当に選ばれるとは。まぁ、私はパーティーメンバーに戦い方を教わるからいいけど…あなたに戦闘を教えてくれるメンバーが見るかるといいわね。それじゃ私はあっちに呼ばれてるから」
いきなり最前線に出されるというのに落ち着いた表情の美久は近くで手を振るメンバーの元へ歩いていった。
「ワァ〜!ガヤガヤ…」
俺は誰が先生になってくれそうな人を探しながら辺りを見渡していると見覚えのある男が呼んでいる。
「駆琉!こっちこっちー!!」
そこには昨日ギルドに来た時、カノンさんにナンパしていたレギアが酔っ払った状態で座っていた。
「お前ギルドに入った初日からメンバーに選ばれるなんて大したもんじゃないか!まぁ、お前もすげーけど、俺もすげーでな!選抜メンバーの副隊長に選ばれてっからよ!」
選抜メンバーが選ばれた時にレギアは2名いる副隊長の1人に選ばれていた。
「そういえばお前、パーティーメンバー居ないらしいな。仕方ないで俺が明日からはみっちり鍛えてやるから覚悟しとけよ〜…」
そう言うと、レギアはそのまま眠ってしまった。レギアが寝たタイミングを見計らったかのように後ろから小柄の少女がやってきた。
「お前が噂の大型新人か。私はギルドの書庫を管理するリーズ・ベルネットよ。皆からはリーズと呼ばれてるわ。」
鎖骨まで伸びる薄い茶色の髪を束ねた小学生ぐらいの背丈の彼女は見た目とは裏腹に品格が漂っていた。小柄な体格に大きめの帽子を被り、眼鏡をかけた少女はレギアを押しのけ俺の横に座った。
「リーズさん。はじめまして」
「お主、メンバーを探してと聞いたがお前にぴったりの人材を1人知っているが、聞きたいか?」
「ぜひぜひ!どの方ですか?出来れば美しい女性ですと…」
ちょっとした願望を入れながら俺は周りを見渡した。
「残念ながらこのギルドの人間じゃないわ。歳はお主より上になるが美女という点は私が保証をする」
「うぉー!おれのハーレム計画が1歩進むぞ!」
俺は小さくガッツポーズをすると、リーズさんは彼女について語り始めた。
「その女はフーシャと言ってな、ある問題を起こして今は隣の村の牢獄に収監されとるはずじゃ」
「え?それって大丈夫なやつなんですか?」
「心配はいらん、罪人って訳では無いからな。あの女は人と比較にならないほど魔力量が多く、威力も高いのだ。それだけなら問題は無いのだか、厄介なのはあの女の能力じゃ。〝暴走〟という能力の持ち主でな基本は自分の意思で発動するのだがたまに制御がきかないことがある為、牢獄に収監されとるわけだ。お主の能力を見せつけて安全が保証出来れば外には出してもらえるはずだ。パーティーメンバーとしては申し分ない戦闘力の上にギルドの戦力も格段に上がるからな…」
リーズさんは紙の切れ端と赤色の腕輪を俺に渡した。
「村に着いたらブルーロッドのリーズに紹介をされて、フーシャに会いに来たと言えば通してもらえるはずだ。そこからはお前にかかっている。くれぐれもしくじるんじゃないぞ。運が悪いと死ぬ可能性もあるからな…」
最後の一言が気になったが、美女が仲間に加わるのならと思ったら俺の選択肢は会う一択になった。早く仲間が欲しい気持ちもあるが、今は魔王前線の試練に向けて装備などの準備を整える事に決めた。
その後も他のメンバーと話しているとすっかり日が暮れた。リーズにもらったメモと腕輪をしまいに家に帰ると俺は呆然と立ち尽くした。
朝家を出た時は小さな一部屋しかなかった俺の家は、たった1日で2階まである綺麗な一軒家になっていた。中に入ると家具も増えており、タンスや机など生活に必要なものが一式揃っていた。俺はメモと腕輪を机の引き出しにしまい、シャワー浴びた。寝る前にガイドツールを開いた俺はマスターから貰った硬貨の価値を調べた。
「ギルド〝ブルーロッド〟ガイドツールNo.18 硬貨を選択していただきありがとうございます。現在、この大陸では4種類の硬貨が流通しています。下から、銅貨、銀貨、金貨、白金貨になります。銅貨、銀貨、金貨はそれぞれ100枚で上位の硬貨1枚となります。白金貨に致しましては金貨1000枚で1枚となります。宿に泊まる場合、平均銀貨20〜30枚必要となり、食費は1食銀貨10枚程度が一般とされています。各国には共有の銀行もありますので自信で持っているのが心配な方はぜひ預けてください。説明は以上になります。お金のご利用は計画的に。」
「ふむふむ、メインは銀貨を使うってことか。銀貨100枚の価値がある金貨が袋にこんなにも…数えようか!」
俺は袋の中の金貨を机にばら撒き数を数えた。
「…150枚!?」
予想よりも多く入っていたことに驚き、少し億万長者になった気分に浸ったが、怖くなったので手元に50枚ほど残して後は近くの銀行に預けた。
「明日は装備を整えて、魔法の勉強でもするか…」
この世界に来て2日目。慣れないことが多く疲れていたのか、明日の計画を考えながら布団に入ると俺はすぐ眠りについた。