第5話 マイホーム
下の階に降りるとカノンさんが出迎えてくれた。
「2人ともお疲れ様でした。これからギルドの用意した寝床に2人を案内を致します」
カノンさんは机の上にある鍵を2つ小さなカバンに入れてギルドの扉を開けた。あの華奢なカノンさんが3mもある扉を軽々と開けていた。不思議に思った俺は実際に扉を開け閉めしてみた。
「軽い!」
「その扉ですか?それは浮遊の魔法が掛けられているので誰でも簡単に開けれますよ」
この世界は日常生活に便利な魔法も多々あるようだ。楽な生活を送りたい!と思った俺はその想いをそっと心の中に閉まって歩いた。
「マイホームか、どんな所に住めるのかワクワクしてきたな!やっぱり転移者ってことは、いい所になるんだろうな〜!」
「最低限の生活さえ出来れば問題は無いわね。あまり豪華すぎてもいつ魔物に壊されるか知らないし」
家族で一緒に暮らしていた俺は、初の一人暮らしで隠しきれない高揚感を美久に向けたが、意外にも冷静な反応だった。
「夢を持とうぜ!美久さん!!もしかしたら大きな御屋敷を用意してくれてるかもしれないんだぞ!」
希望に満ちた目で周りを見ているとカノンさんが足を止めた。ギルドから5分歩いただろうか、周りに目立った建物のない開拓地のようなところだ。数件建物が並び立っているが豪華と言えるものはなかった。
「あちらがギルドから提供される寝床となります」
カノンさんが指を指すと俺は目を疑った。指の先にあるのは2軒並んだ小さな1階建ての家だった。
「か、カノンさん、これはいったい?もしかしてとは思うのですが…」
「そのもしかしてでございます。こちらがこれからあなた方の寝床となる場所となります。家賃などの費用は一切取りませんが、増築費などはご自身で負担してください」
中に入ると6畳ほどの部屋に、トイレと風呂、台所があった。ベッドの上には分厚い本が1冊置いてある。それ以外に設置してある家具はない質素な部屋だ。
「ベッドの上に置いてある本はギルド特製のガイドツールとなります。この大陸での常識や暮らし方、お金の稼ぎ方など役立つ情報が多く記載されています。そしてこちらが…」
カノンさんはカバンから袋を2つ取り出した。
「この袋は転移者の特権としてギルドから与えられる金貨になります。お金の価値などもその本に記載されてますのでしっかりとチェックしておいて下さい。それでは、明日時間になったら呼びに来ますのでそれまでは各々ゆっくりとお寛ぎください。」
カノンさんは俺たちに鍵を1つづつ渡し、部屋を出ていった。
「美久さんこれって…」
「言わなくても分かってるわよ。金と寝床は用意してやったから後は自分らでどうにかしろよって事ね。まぁ、あたしは自分でなんとかするタイプなんで構わないけど…ってかあんたいつまでここにおるつもりなの?鍵もらったでしょ?」
「えぇ、一緒に住むのでは…」
「なんであたしがあんたなんかと一緒に住まなくちゃいけないのよ!入る時に隣にも同じ家たっとるの見えたでしょ!早く汗流したいから出てってちょうだい」
俺は部屋から追い出された。目と鼻の先にある隣の家に軽い愚痴をこぼしながら渋々歩き鍵を挿した。
(ガチャガチャ)
あれ?ドアが開かないぞ?これはもしかして…
カノンさんから渡された鍵は同じ形をしていて見分けはつかなかった。貰った鍵がどちらの家のものなのか聞いていなかったと思った俺は、美久のいる家の方に戻りドアに鍵を挿した。
(カチャ)
こちらの扉は鍵が回った。どうやらこの鍵は美久の家のもののようだ。俺は鍵を取替えるために家の中に入った。
狭い家の中を見渡したが美久の姿がなかった。どうやらシャワーを浴びているようだ。シャワーのお湯が床に落ちる音を聞きながら、俺は見たい衝動をグッと抑え鍵を探した。
「くっそ〜、美久のやつどこに鍵を置いたんだよ」
まともに家具のない内装なのになぜか鍵を見つけることが出来なかった。確かに美久がシャワーを浴びてる事はとても気になっていたが…俺は右往左往歩き回っているとドアの開く音が聞こえた。
「あ、あんた何やってるの?」
鍵を探していた俺は恐る恐る振り向くと、そこにはシャワーを浴び終わりバスタオルを巻いて出てきた美久の姿があった。濡れた髪の毛は鎖骨の所まで伸びており、バスタオルを巻いている為、服の上からでは分かりにくかった体のラインも強調されていた。
「美久さん…実は着痩せするんですか?」
「はぁ?殴られたいの!」
初めて女の子のバスタオル姿を見る俺には刺激が強すぎたのか、訳の分からないことを口走ると、美久は自分の格好に気付き胸を手で押え顔を真っ赤にして説教を始めた。
「だいたい、私さっき汗流すでって言ったわよね?シャワー浴びるって意味だったの分からなかったわけ?ほんと鈍感ね。家に入ってきた時にもシャワーの音聞こえたよね、ごそごそしないで一声かけてくれればいいのにさ…って、あんた聞いとるの?」
美久の話など頭に入るわけもなかった。目の前にはバスタオル姿の可愛い女の子がいるのだ。もしかしたら何らかのハプニングであのバスタオルの中の楽園が見れるのではないかと淡い期待を抱いていると、美久の強い口調が俺を現実に引き戻した。
「あ、すみません。聞いてます。バスタオルが…あれですね…」
「あんたは一体何を言って……はぁ、それよりもなんで家に入って来たのよ?もしかして覗き?」
「鍵が違ったんです!この鍵向こうの家のドアと合わなくて…それで美久さんの家にある鍵と取り替えようと思いまして…」
覗きと疑われた俺は我に返り必死に弁解する。そんな俺を見て美久は再度大きなため息をついてシャワー室に戻った。
「鍵はここよ」
シャワー室の前にあった美久の服の中に鍵が入っていたみたいで俺はその鍵を受け取り家を出ていった。
「はぁ〜、とんだ災難に遭ってしまった。異世界に転移してきたばかりなのにいきなり覗き魔で捕まるとこだった」
疲れきった俺は独り言を話しながら家のドアを開け中に入った。
「よし、今度は合っとるな」
中に入ると内装は美久の方の家と全く同じだった。俺はベッドに置いてある本を手に取り開いた。
「おぉ!さすが魔法の使える世界。」
本を開くと文字が目の前に浮かび上がり目次が表示された。光る文字は暗くても難なく読むことが出来る。俺はベッドに寝転がりながら浮かぶ文字を見つめた。
「さて、何から見ようか…ここはやっぱり家を大きくする方法からだな!」
俺は浮かんだ目次の家についての項目を指で触れた。
(パラパラパラパラ)
勝手に本のページが進み目の前にスクリーンが投影された。スクリーンに文字が映し出され、ナレーションとともに説明が始まった。
「ギルド〝ブルーロッド〟ガイドツールNo.5 ハウスシステムを選択していただきありがとうございます。現在お住まいの自宅は初期設定のレベル1となっております。家のグレードアップには2つのパターンが存在します。1つ目は増築、装飾ツールを購入することです。購入したツールをギルド受付までお持ちして頂くと魔法建築士の方々が1日で家のグレードアップをします。2つ目がギルド階級の昇格による家のグレードアップです。ギルドには1〜10の階級があり、昇格することで家のレベルが上がり購入できるツールの種類が増えます。この2つの方法で家を増築、装飾する事ができます。より詳しく知りたい方は〝ハウスシステム2〟をご覧下さい。ここまでで質問等がありましたらギルド受付の方に直接足を運んでください。それではまたよろしくお願いします」
説明が終わるとスクリーンが消えた。
大まかなシステムはわかった。家を大きくするにはギルドで活躍してお金を貯めてルーツを買えばいいって事か。そうだな…とりあえずひと稼ぎして豪邸でも立ててやるか。俺は豪邸を立て優雅に暮らす妄想にふけながら目を閉じていった。
ふと目を覚ますと俺は暗闇の中に立っていた。
「ん?ここはどこだ?俺はたしか豪邸で…ふわぁ〜」
寝言を言いながら大きなあくびをすると誰かが話しかけてきた。
「汝、己の中に眠る力を使いこなす事を此処に命ずる。その時、汝は、世界の…」
寝ぼけていたせいか最後の方の言葉が上手く聞き取れなかった。しかしこの声は…俺が転移して空から落ちる時に聞こえた声と酷似していた。いろいろ聞きたいことはあったが、声が途切れると同時に眩い光に覆われ目を開くとベットの上に起き上がったていた。
カーテンの隙間から差し込んでくる光を見て朝が来たとわかった。ベッドから立ち上がった俺は窓を開けると街中とは違いのどかな風景が目に映った。俺はこれから始まる未知の冒険と生活にワクワクを隠せず、踊るように着替えているとカノンさんが美久と一緒に家を訪れた。
「駆琉さーん!お2人を迎える準備が出来ましたので呼びに来ました。起きてますか〜」
特に準備をすることもない俺はすぐさま玄関に飛び出し2人と合流した。
「おはようございます。…昨日はゆっくりお休み頂けましたか?」
「そうね、そこの変態がシャワーを浴びている時に部屋に忍び込んできたこと以外は問題なかったわ」
「え、駆琉さん、初日からそんなことしたんですか?」
「いや、いや、待ってください。美久さん、それはちょっと…鍵が違っただけじゃないですか」
「そのせいで私は一晩中怯えながら…」
俺を弄ぶように話を進める美久にこれ以上好き勝手言わせないために俺は反撃を開始した。
「いやぁ〜、それにしても美久さん、中々良いものをお持ちのようで!そんな服着てたら勿体ないですよ!」
「あ、あんた!急に何を言い出すのよ!」
顔を真っ赤にした美久に俺は更に追い打ちをかける。
「カノンさん知ってます?美久ったら、あんなぶかぶかの服着てますけど、脱いだら凄いんですよ!」
自然に俺とカノンさんの視線は美久の胸元へと行った。
「美久さん着痩せするタイプなのですね。生活に慣れたら一緒に温泉でもどうですか?」
「はい!はーい!俺も一緒に行きたいです!!」
「だれがあんたを連れていくもんかっ!」
「そうですね、駆琉さんは異性ですので流石に…」
きっぱり断られた俺はしょんぼりしているとギルドに到着した。
「それでは美久さん、駆琉さん、愉快な話はここまでです。今日は2人を歓迎するために多くのギルドメンバーが集まってくれてますので軽い自己紹介とマスターのお話が終わると宴が始まりますので、色んなメンバーに話を聞いてみると良いかもしれませんね。」