第3話 アブルダイム
「ギルドに戻るまでの間に美久にはこの世界の現状を説明しろと言われとるが、駆琉もその服装を見ると初心者なんだろ?一緒に聞いておいた方が良いぞ」
見た目に反して親切なヴァルハラは歩きながら語り始めた。
「約50年前のことになるのだが、この大陸の人々に突如魔力という力が備わっのだ。
魔力の質や量は人によって個人差はあるが、唯一分かっていることは1人の例外もなく老若男女全ての者に魔力が備わっていることだ。
魔力が発生してから数日間は地獄のような光景が広がった。なんの知識もない我々は魔力を使いこなせず、次々と魔力暴走を起こし体がそれに耐えきれず死者が出る事件が起こった。
今は魔力暴走を抑えることは出来るが当時はそんな技術はなく1度暴走を始めた人は魔力を全て使い果たし周りを散々荒らした挙句、ぽっくりといってしまうわけじゃ。
当時は魔力の暴走に脅える日々が続いんだが、悲劇はそれだけでは収まらんかった。
数月経つと魔力の暴走を抑え込む目処が立ったのだが、街の外に見たことも無い魔獣が彷徨くようになったのだ。
はじめは弱い魔物しか居なかったのだが次第に大型の魔物が出始め、大陸内の安息の地は激減した。それでも生きることを諦めなかった人々は日々技術を進歩させ、大型の魔物を安定して倒せるようになった。だが、安心したのは束の間、東の大陸に突如魔王の幹部と名乗る者が現れたという報告で大陸は持ち切りになった。その幹部は今までの魔物とは桁違いの強さで東の大陸を1日足らずで制圧し、なんと次の日には魔王城が立っていたと聞く。
そこから幹部の目撃情報は一切無かったのだが、30年経ったある日、東の大陸を制圧した魔王の幹部が突如中央国の宮殿に現れ助言をしていったらしい」
ヴァルハラは袋から黄色い石を取り出した。
「これは記憶石と言われていてな、この中に当時の魔王幹部からの言葉が記録されている」
黄色い石は光始め、禍々しい声が聞こえた。
「滑稽にして脆弱な人々の王よ。我々が東の大地に城を構えてから30年、幾度となく城に戦士を向かわせたようだが誰も魔王様どころか我々幹部の元まで辿り着けはしなかった。人間よ!今一度己達の脆弱さを認め修練に励め。我々魔王軍はそなたら人間と心躍る戦いを楽しみに待っておる。これが魔王様の意向である。人間よ魔王様が侵略の命令を下したら我々はいつでもお前らを淘汰する事が出来る。魔王様のご慈悲に感謝して日々を過ごすがよい」
「驚きだろ?その魔王は我々が戦えるまで幹部には手出しをさせないで待つって言ってるんだぜ?もちろん魔王がどれだけ待ってくれるかなんて誰にも分からないがな。我々はその日を境に大陸中に魔法技術育成特務機関(通称MTUS)が建設され始め、研究と実験が繰り返された。その中で編み出された技術の1つが今お前たちをここに召喚した転移魔法だ」
ヴァルハラは話しをや止めると同時に急に止まった。俺達の歩く先、左前方の木々の隙間から四足歩行の鹿のような生き物が3匹現れた。全長120cm程の小柄な体に角が2本生えていた。赤色の目をした生き物はこちらに敵意のある視線を向けた。
「赤い目をした動物には気をつけろ。魔族の息が掛かって凶暴化しているから人を見たらすぐに襲ってくぞ。まぁ、ついでだから2人にこの世界での戦い方ってものを見せてやる」
そう言うとヴァルハラは背中に背負っていた大剣を両手で軽々と持ち上げ構えた。手に持つと刀身はヴァルハラの頭より高い位置になり相当の重さと思われるが、ヴァルハラはふらつくこと無く大地に足をついている。先頭の1匹がこちらに気付いた。魔物は角をこちらに突き立て突進してきた。スピードはそこまで速くないが、あの鋭い角で刺されたら重症は免れないだろうと思った。ヴァルハラは大剣を頭の上に高く振りかぶり、飛びついてきた魔物を真っ二つに斬った。斬られた魔物から血が飛び散るのかと思ったが、黒い煙のようなものが蒸発して消えた。残り2匹の魔物はまだこちらに気づいていないようだ。ヴァルハラは一旦俺たちの所まで下がってきた。
「あれが剣による基本の攻撃だ。武器によって攻撃の仕方は変わるが下級の魔物なら基本一撃で仕留めてる。相手がこの世界の魔物や魔族の場合は黒い煙となって蒸発していく。あれが、普通の動物だと血が飛び出るから、目の色を見て判断するのがベストだな」
次にヴァルハラは大剣を地面に刺すと、腕を組んで仁王立ちをした。剣が地面に刺さった音が聞こえたのか、音に反応した残りの魔物達がこちらに向かって走ってきた。
「お、おいヴァルハラさん、相手さんこっちに来てるみたいだけど大丈夫なのか?」
するとヴァルハラの刺した大剣の前方に赤い魔法陣が展開した。
「よく見ておけ、これが魔法だ」
魔法陣から赤い火の塊が放たれた。大きさはボーリングの玉程度だったが、こちらに向かってる魔物に命中すると火が全身を周り倒れた。魔物は数秒で黒い煙となって蒸発していった。
「そして!これが!特殊能力だ!」
地面に突き刺した大剣を引き抜くと、ヴァルハラは何も無い空間に思いっきり剣を振った。
剣は全然魔物に届いていないが、何故かこちらに向かっている魔物の体が真っ二つに切れてそのまま蒸発していった。
かまいたちか真空派の類だろうか?それにしては風が吹いた感じもしなかった。俺は何の能力なのか疑問に思った。
「ふぅー、とりあえずこんなもんだな」
汗をかいたわけではないが何故か額を拭くヴァルハラは、大剣を背中に戻し再び歩き始めた。
「いろいろ細かい連携技もあるが、基本の戦闘はこの3つが出来れば問題ない。特殊能力は練習すれば習得できるって訳じゃないが、基本の攻撃方法や魔法は人から学んだり、教えて貰って身につけるのが基本になる」
ヴァルハラは親切に戦い方を教えてくれると話題は先程の転移の話に戻った。
「そういえば、美久は俺らのギルドの奴らが転移させたんだが、駆琉を転移させた奴はまだ出てこないな」
「転移だけやって後はご自由にどうぞって感じなのですかね?」
「あんたは、はずれだと思われて見捨てられたんじゃない?」
美久の何気ない一言が心に突き刺さる。いや、美少女に責められるって言うのも悪くは無いが…
「たしか銀髪の少女だったな。有名な術士にそんな奴はおらんかったはずだし、だいたい、転移魔法自体発動するのに術式を半年がかりで作り、20〜30人の魔術師の協力の元、1回発動できる魔法だというのに。その成功者を野放しにしておくなんて普通は有り得ない。それこそ、大事に育てていた家畜を出荷前に野に放つ行為に等しい」
「転移の魔法で異世界から来た人は私達以外にはどれくらいいるのですか?」
美久は興味を持ったのか真剣な顔でヴァルハラに問いかけた。
「そうだな、俺が知る限りでは少なくとも毎月どこかのギルドで転移魔法は行われていると思うが、なんか気になることでもあったのか?」
「1年ぐらい前の事なんですけど私の友人が、ある日突然行方をくらましたんです。警察による大規模な捜索が行われたんですがそれでも見つからず…もしかしたらこの世界に転移したのではないかと思ったので」
彼女はもしかしたらこの世界に友達がいるかもという希望と同時に、生き残っているのかという不安が混ざった複雑な表情を浮かべた。
「大丈夫だ!心配することはない!」
ヴァルハラは何か確証があるのか、やけに自信のある声で言い放った。
「もし転移者なら強力な特殊能力を持ってるはずだからな!そうそう簡単にくたばることはないはずだ!」
「特殊能力は始めから持っているもんなんですか?」
「この世界の者はある日なんの前触れもなく突然身につくものらしいが、転移者は例外だ。こっちの世界に来た時から身につけおる上に全員ランクの高い特殊能力を持つ事が結果として出ている。2人もギルドに戻ったらまずは能力チェックがあるで楽しみにするんだな。」
…もしかして、俺の特殊能力って、さっき落下した時に発動したあれではないのか……
転移したばかりの俺は分からないことばかりで、あれこれ考えていると次第に大きな街が見えてきた。
「2人共あそこに見えるのが俺たちのギルドがある街、‘デホラ’だ。ここからでも見えると思うが、門をくぐって右側にある大きな建物が俺たちのギルドだ。さぁ、あと少しだ、2人共元気よくいくぞ!」