第25話 ゲルドネッド
俺は…死んだのか?
暗闇の中で体が浮かぶ感覚の俺は、朦朧とした意識で漂っていると光の塊が近づいてきた。
「よくやった!あなたは勇者よ!」
いつも特殊能力が発動する時とは違う、女の子の声が聞こえた。
「いつもと違うのは君の方だよ!私は初めからこの声で話していたのに、あなたは聞いてくれなかったんだからね!」
なんだ、俺の思考が伝わっているのか?
「そうよ、私はあなたなのだから」
そうか…出会っていきなりで悪いんだけど頼みがあるんだ。俺はもう駄目みたいなんだ。俺の代わりにあの子たちを守ってはくれないか?
意識が朦朧とする俺はありったけの力を振り絞って、声の主に頼んだ。
「ばーか!それはあなたの役目よ。私はあなたを内側で支える者だから。そうね、リテヘキシと言えば分かるかしら?」
それは、俺の能力名…
「そうよ。私はあなたの能力そのものよ。と、いってもあなたは私を全然使ってくれないんだけどね」
そりゃ、死ぬ事が発動条件じゃ中々出番ないですよ〜
「そこを上手く使うのがあなたの使命なのよ」
…頑張ります。
「まぁ、ようやくこうやって話せたわけだし、一つだけヒントを上げる」
是非!お願いします!!
「この能力は5つの工程で成り立っているわ。私の場合、臨終、停止、変更、提供、始動の5工程になるの。あなたの死ぬ前、つまり臨終時に能力が発動され、時が停止し、死ぬ運命を変更する。その後事態を切り抜ける鍵を提供して、時が始動する感じね。今回の場合は魔力補充一択だけど、キメラと戦った時の場合なら選択肢は複数出てくるのよ。まぁ、あの時は私の声が届いてないみたいだったから勝手に決めちゃったけどね」
「そういう事か、わかった!」
やべー、全然頭に入ってこねー…
「はぁ、心の声も聞こえているからね…まぁ、習うより慣れろよ!今後の強敵はこの能力を駆使しないと苦戦するからね、頑張ってくれよもう1人の私…」
光の塊が遠ざかると俺の体に魔力が漲った。周りが明るくなると俺は止まっている時に戻った。
テンタとアイサがとても驚いた表情でこちらに駆け寄る所で時は止まっていた。フーシャはまだ目を覚ましていないようだ。俺が状況を確認すると時は動き出した。
「え?目を覚ました!」
突然フーシャにキスをして、倒れたと思った俺が急に目を覚ましたのだ、そりゃ驚くのもわかる。驚きながら俺に寄り添うテンタよりも、後ろのアイサの方が驚いている様子だ。どうせ魔力感知で俺の魔力が0になったのに一気に回復したのを目の当たりにしたのだろう。今頃、信じられないと自分の技を疑ってるだろうな…
「イテテ…」
倒れる際に打った俺は頭を掻きながら起き上がると、フーシャも目を覚ました。
「え?目を覚ました!」
テンタは再び同じ言動を繰り返した。
「フーシャの魔力量が100%まで回復している…どういう事なのよ!」
アイサは俺に疑問の目を向けたが、答える間もなくフーシャが飛びついてきた。
「信じていたわよ駆琉!さすが私の駆琉ね!!」
フーシャは俺の頭を抱えると胸に押し付けてきた。
「フーシャ…息が…」
「もおっ!最っ高!!さっきのもう1発いっちゃおうかしら!」
「駄目よフーシャ。あなたさっきの魔法…1発であんだけ消耗するんだから暴走でもしたらどうするのよ!」
「心配ないわテンタ。さっきのが暴走したバージョンだから」
「え、でもあの魔法は、暴走したら大陸の4分の1は吹き飛ぶと言われているものよ?」
「やっぱり知っているのね…そうよ、本来なら暴走すれば大陸の4分の1は土に還るわ。だから私は消費魔力を抑えて使ったのよ。その状態で暴走させてって計算して使った訳なのよ」
「そんな簡単に暴走が起こせるわけないじゃん!」
「そういえば私の特殊能力伝えてなかったわね。私の能力はその暴走よ。意図して暴走させることが出来るのよ」
テンタは納得した表情で頷いた。
そうなのか、だから消耗の激しい黒炎や重力操作などの禁忌魔法も、消費魔力を抑え暴走させて連続で使える訳なのか。それにしても、多彩な魔法の数々と膨大な魔力量、暴走にそれを生かした魔力調整、何処かで見たことある気がする…いや、今はそんなことよりも駆琉のおかげでフーシャが助かったんだ。戦況を把握しよう。
「さすがねフーシャ、私じゃ到底足元に及ばないわ」
「あら、ご喧騒を。テンタもまだ本気を出していないように見えますが?」
「みんな!あれを見て!」
アイサは何も無い大地を指さした。
「ん、何もないじゃないか?」
「ばか!よく見て!」
よく目を凝らして大地を見ると、何かが地面から出てきている。
「スケルトンよ!地上のやつは全滅したけど、地下にいるのが出てきたのよ!」
「フーシャの魔法は地下までは届かなかったのか?」
「本気で打てば地下諸共潰せるけど、控えめに使ったからね。多少地面はえぐれたけど地下まで影響は無かったようね」
スケルトンは這い上がるように地面から続々と姿を表した。今度は隊列を組むことはなく、出てくるとすぐにこちらに向かって一直線に走ってきた。
「動かれたらさっきの魔法もあんまり意味が無いわね…」
そう言いながらもフーシャは杖を振るった。
「風の雨よ、俗物を貫いなさい」
空に展開された魔法陣からは透明な空気弾が雨のように降り注いだ。走るスケルトンを貫く風の雨は次々と倒れていくスケルトンの山を築いた。しかし、数が多い。風の雨を掻い潜ると俺が予め召喚しておいた魔物たちがスケルトンを襲う。こちらの魔物は30匹、初めは順調に駆逐していったが、徐々にスケルトンの数に圧倒されていった。
「私がいくわ!」
我慢しきれなくなったテンタが遂に動き出した。勢いよく外壁から飛び降りると、嵐の如く次々とスケルトンを刻んでいった。次第に魔法を使うスケルトンキャスターや一回り大きいスケルトンロードが姿を現した。スケルトンロードは大きな剣を持っていて、盾、兜、鎧を付けていてかなり手強そうに見えた。そんなスケルトンロードが50匹ほど現れると、魔王幹部のベルドネットの妹のゲルドネットが姿を現した。
「どうなってんのよ、なんで私のスケルトン達が…」
ゲルドネットは壊滅しているスケルトン部隊を見渡すと、こちらに気付いた。
「お前らの仕業かぁ!」
翼を広げて羽ばたいたゲルドネットは、こちらに向かって突進をしてきた。背中に背負っていた大きな鎌を手に持つと、フーシャの魔法陣を壊す。
「風の雨が壊された!」
「大丈夫よ。魔法陣は直接攻撃に弱いから仕方ないわ。それよりもあいつ来るわよ」
「フーシャ!スケルトンは私が何とかする!ゲルドネットの方は頼んだよ!!」
テンタは1人で500体は超えるスケルトンの群れに突っ込んで行った。
「ゲルドネットは私に任せて、駆琉はテンタのフォローに行ってあげて」
フーシャは俺の背中をポンと押し、送り出してくれた。
「頼んだぞフーシャ!」
俺はバイコーンを召喚すると、背中に乗り荒野を駆けた。
「アイサは、下に降りて正門の倒しそびれたスケルトンの処理と、拠点の防衛をお願い出来るかしら?」
「お易い御用さ!」
アイサは正門に向かうと、フーシャ目掛けて勢いよく突っ込んできたゲルドネットは急停止した。
「あら、よく止まったわね」
「ちっ、こんな小細工しやがって」
ゲルドネットは大鎌を振ると、空気と同化していたフーシャの魔法を斬った。鎌が触れると大気中の魔力が爆発を起こした。
「この威力…腕の1本は軽々と持っていかれてたな。当たればの話だけどな!」
ゲルドネットは爆発が収まると、再び大鎌を構えて突進してきた。大きな湾曲を描いた刃はフーシャの横腹に直撃する。
「その程度かしら?」
フーシャに直撃した鎌は、横腹に刺さったように見えたが、刃先が服に当たる直前でフーシャの風魔法によって進行が妨げられていた。
「ちっ、いっちょまえに防御対策はしてるってわけか」
「魔法使いだもん、当たり前でしょ」
ゲルドネットは風を押し切ろうと鎌を押し続けたがフーシャには届かなかった。届かない攻撃をムキになって続けるゲルドネッドにフーシャは火の魔法を使って追い打ちをする。
「ファイヤボール」
フーシャの持つ杖の先端から、無作為に放たれる火の塊がゲルドネットに襲いかかる。
「こんなものが当たるわけないだろ」
翼を活かして空を舞うゲルドネットは優にファイヤボールを躱した。
「バースト」
次にフーシャは無作為に放たれるファイヤーボールに加えて、ゲルドネットの動きを制限する為に、バーストの魔法で大気中のあちこちに爆発を起こした。
「ちっ、厄介だな」
ゲルドネットはフーシャの魔法を躱し続けるが、逃げ場が無くなると、ファイヤーボールを大鎌で斬り始めた。
「ウインド」
フーシャは2つの魔法を同時使用しているのにも関わらず、3つ目の魔法を使い始めた。突風を吹かせる初級魔法だ。空を飛ぶ者からすると突然の突風はとても厄介だ。
ゲルドネットはフーシャのウインドにバランスを崩されると、バーストの射程圏内に入り爆発を食らうと、無作為に飛んでくるファイヤーボールの良い的になった。隙を逃さないフーシャは、一瞬動きの止まったゲルドネットにファイヤーボールを打ち込んだ。1発食らうとバランスを崩して、10秒程まともに攻撃を受け続けた。耐えきれなくなったゲルドネットは地面に足を着いた。
「くそっ!なんだあいつ。化け物か」
ゲルドネットは起き上がり、再び飛ぼうとするが、羽が燃えてしまい飛ぶことが出来なかった。
…くそっ、こいつの魔法は厄介すぎる。仲間を1人に血祭りに上げて精神を乱すしかないか…




