第20話 ベルドネット 前編
洞窟の再々調査は2日後だ。俺とフーシャは一日の休みを挟んだが、どこかに出かけるような気分ではなかった。魔獣を見た時から、何か疑問を抱いていたフーシャは、自前の分厚い本を真面目そうに読んでいた。俺は邪魔をしないように部屋の隅っこで何事もない1日を過ごした。この大陸に来てから毎日動きっぱなしだったので、疲れが溜まっていたせいか15時間以上の睡眠をとった。
ダラダラと休暇を過ごすと、洞窟再々調査の日がやってきた。魔獣に飛ばされた魔法使いは体調が万全ではないので留守番することになった。彼女を抜いた13人のメンバーがギルドに集まる。俺とフーシャは集合場所に到着すると、既に集まっていたメンバーからは物々しい雰囲気が漂っていた。
ざわついている中、挨拶をして何事かと事情を聞いた。すると、一昨日から音信不通だった3人のメンバーとまだ連絡が取れていない事が話題になっていた。3名のメンバーは3日前から別々の依頼に出ており、順調な者だと昨日の朝には帰って来れる予定らしい。道中何かあったのではないのか、ギルド内はこの話題で持ち切りになっていた。誰もが心配をしていたが今日の任務は洞窟の調査。何があるかわからない為、全員気持ちを切り替え任務に向かった。
音信不通のメンバーが気になった俺は、道中3人についてテンタに尋ねた。
1人目は女戦士。彼女はまめな性格で何かあるとその場で連絡、報告を行う。そんな彼女から連絡が途絶えるとは誰しもが予想していなかった。これは何かあったとしか思えない。
2人目は男の戦士。彼は天然な所があるが仲間思いで、何かあるとすぐに駆けつけると思ったが、現在まで連絡すら取れていない。
3人目は女の魔法使い。彼女はテンタの実力を唯一知っている者で、テンタと一緒にギルドを創設した1人である。大雑把な性格でテンタが居れば大丈夫だろうというタイプの人だそうだ。今回もテンタ一人で大丈夫と思っているかもしれないが、彼女の実力なら昨日ギルドに帰還していてもおかしくなかった。
不可解な3人の行動をテンタからざっくり聞くと、洞窟に到着した。洞窟の入口は前回と変わった様子はなく、俺とフーシャ、アイサ、テンタを含めた8人のメンバーで洞窟の中に入った。残りの5人は洞窟周りの調査と見張りだ。
洞窟に入ると、毎度のことながら魔法使いが光の魔法を使い辺りを明るくした。地下へと続く階段を降りていくと、前回魔獣が寝ていた大きな扉に着いた。ここまでは特に変わった様子もなく順調に進んだ。扉の奥に進むと、魔獣がいたと思われる広場に出た。その奥には2mほどの木の扉があった。前回は魔獣が邪魔していたせいで確認出来なかった扉の調査から始めた。警戒しながら扉を押し開けると、意外にもすんなりと開いた。警戒しつつも、灯りを部屋に掲げると、多くの骨が落ちていた。獣の骨は勿論、人骨、頭蓋骨も所々に落ちている。何かの研究をしていたのだろうか、机の上には紙が散乱していた。俺は適当に一枚の紙を手に取って書かれた内容を読んだ。
スケルトン計画
第1弾 スケルトン生成 人骨成功 獣骨成功 尚人骨の方がスケルトンの質が良い。
第2弾 スケルトンキャスター生成 人骨+大脳成功 獣骨+大脳失敗 魔力を持つスケルトンは人間の大脳が必須。
第3弾 スケルトンロード生成 人骨100人分又は獣骨1000匹分で成功 通常のスケルトンより身体能力が大幅に向上したことを確認。武具の扱いにも十分に可能。知識も多少ある事を確認。
「なんだこの内容は…人骨って人の骨のことか?」
「スケルトンロードの生成にも成功しているみたいね」
「スケルトンロードってそんなに強いのか?」
「そうね…大国の騎士が10人ぐらい束になってやっと勝てる感じかな」
俺は、紙の内容の非道さ驚きを隠せなかった。人骨を使っているということは、人を何人も殺したということだ。他の紙には生成の方法以外にも、スケルトンを使った大量虐殺などを企てる計画書がある。ほとんどの紙は失敗という文字が綴られているが、成功例も少なからずあった。
「これは…大陸に報告をしなくては」
「スケルトン以外の実験データは無さそうね」
「とりあえず全部回収しましょうか」
2人のメンバーが紙を全てまとめると、大陸に報告するため一足先に洞窟を出ていった。残った俺達は引き続き洞窟の調査を続行した。骨がいっぱいの部屋を捜索すると、骨に埋もれていたスイッチのようなものを発見した。
「それは明らかに押したらダメなやつだよね?」
「えー!私は押したいな!」
テンタが食いついた。
「押しちゃいましょ。何かあったら私が何とかしてあげるから」
フーシャがテンタの背中を後押しするように、話に乗った。子供のように目をキラキラさせたテンタを誰も止めることが出来ず、好奇心任せにテンタはボタンを押した。
「ゴゴゴォ」
鈍い音と同時に、部屋が揺れ、砂埃が舞った。揺れが収まり部屋の中を見渡すが、特に変わった様子はない。これは何かあると思い、俺は部屋の外に出ると広場に大きな扉が現れてた。押してもピクリともしない扉には何かを嵌めるような四角いスペースが空いていた。何を入れるのか分からないがこれが鍵になっていることはこの場の全員が理解していた。開ける道具も見当たらず手詰まりになった俺達は、一旦洞窟の外に出ることにした。
「スケルトンはあの奥で作られてるんですかね?」
「その可能性は高いわね。魔王の幹部には知能の高い者もいるからそれぐらいは造作もないはずよ」
「大量虐殺だけは止めないといかんな」
「スケルトンロードが大量に生成されれば、村の1つや2つ簡単に落ちてしまうわね」
「当面はスケルトン討伐に駆り出されそうね…」
スケルトンの話をしながら洞窟の入口に出ると衝撃の光景が広がっていた。
洞窟の外にいた見回り、見張りの5人のメンバーと、紙を持たせて一足先に外に向かった2名のメンバーが無惨な姿で倒れていた。無造作に倒れている仲間の真ん中には血を浴びた2匹の人型の魔物が立っている。
「あら〜、まだ人間が居たのね。この子達中々口を割らないから、全員殺しちゃった」
「よくも!みんなを!!」
軽い口調で話す魔物に、逆上したメンバーの1人が猛スピードで斬りかかった。それは一瞬だった。魔物に斬りかかったはずのメンバーの首は地面に落ち、大量の血が流れ落ちた。
「はっはっは、ダメだよあねさん。もっと悲鳴を堪能しなくちゃ」
「妹よ。悲鳴はさっき聞いたじゃないか」
どうやらこの二匹の魔物には知識があるようだ。人間と同じ体のつくりをした二匹の魔物は姉妹だろうか、とても似ていた。背中には1mほどの翼が二本生えており、鋭利な長い爪と羊のようなひづめの足以外は俺たちと変わらない姿をしていた。全身緑色の魔物は武器を持っている様子はなかった。
攻撃をする気は無いのだろうか?特に動きを見せない魔物を前に俺達も様子を伺っていた。今殺られたメンバーもどのように首をはねられたのかわからない為、迂闊に動けなかった。
「冒険者さん、落ち着いてくれましたか?それじゃ、自己紹介をするわね」
交戦する意思が無いと思った魔物は、俺達の方を見ながら自己紹介を始めた。
「私は魔王幹部の1人ベルドネットよ。既に知っていると思うけどスケルトン精製をしているのはこの私よ」
「私はベルドネット様の忠実な妹、ゲルドネットよ。スケルトン精製の素材を集めているのはこの私よ」
「それで、魔王幹部がなんでこんな所に住み着いているんだ?」
「それは…彼の指示とだけ今は言っておこう。それにあなた達は見てはいけないものを見てしまったからね。それよりもそこのお嬢ちゃん、この間気配を消していたのは貴方ね」
ベルドネットはアイサを指さした。
「あの時に仲間を殺ったのはお前なのか」
「そうよ、でも私の技は相手を視認してないと使えないからね。貴方は運が良かったのよ…今!この瞬間まではね!」
アイサはなんの前触れもなく体勢を低くすると、後方の木が真っ二つに切れて倒れた。
「な、何が起こった?」
「そういうことね。あの大きな斧を持った魔獣が、どうやって仲間の首を一瞬にして飛ばしたか分からなかったけど、今この目でしっかり確認したわ」
混乱する俺とは裏腹に、アイサは盗賊の魔法で相手の技を見破った。
かまいたち。大気中で風を刃の様に操り、相手の首を跳ねていた。ベルドネットの使う、かまいたちには予備動作などもほとんど無く、指を軽く動かすだけで使えるものだった。それなのに気を真っ二つに切れるほどの威力が出ていた。
「いい目をしているわね。でも魔王幹部が技の一個を見破られたぐらいでいい気にならない事ね!」
ベルドネットは手を空に掲げると、手のひらに発生した風の塊から2mほどの槍を取り出した。槍を構えると空を飛ぶ構えをとった。ベルドネットは姉妹であるゲルドネットに何やら小声で指示を出すと、槍を振りかぶり天に舞うと、竜巻を引き起こした。三本の竜巻は多くの木を巻き込み、徐々に俺達を囲みながら逃げ道を無くしていった。




