第17話 復讐
「なぁなぁ、アイサさん。昨日の洞窟調査で金を見つけたのは本当なのかい?」
それは平和だった日常のたわいのない一言だった。後にこの一言が悲劇への引き金になるとは誰も知れず…
最近ギルドに入った若い魔法使いがアイサの言葉を疑っていた。なんでも金という高価な代物で扉を作るやつの気が知れないと。アイサの報告した扉が本当に金で出来ていたのであれば、白金貨1000枚はくだらない。しかも洞窟で見た扉は塗装までされていたという。
見たとしか言えないアイサは返す言葉が見つからなかった。白金貨が1000枚もあれば国を作ることも出来るのに、洞窟の中に塗装までして設置する者の考えなどさっぱり分からないからだ。
実際に見に行った方が早いと結論づけたアイサは昨日調査に向かった洞窟の再調査に出ることにした。今回の目的は魔法使いに扉を見せることだ。途中で新たな発見が出来れば儲けものぐらいの軽い気持ちで準備を整えた。幸い昨日のメンバーは今日依頼が無かったので、数時間だけと言って着いてきてもらうことにした。若い魔法使いも1人追加した計4人で洞窟に向かうと、中に入る前に別ルートがないか周りを調査した。
外に異変がないと分かると洞窟に入り階段を降る。洞窟は地下へ続く構造になっており、地上に頭を出している部分は歩いて10分程で1周できる大きさだった。下に進むにつれて空気は重く感じ、長居はしたくない雰囲気が充満する。洞窟の階段を降り切ると、全員がすぐさま異変を感じとった。降りる途中から薄々気づいてはいたが、下に着くとはっきり分かる。濃密な死臭が漂っている。これはまずいと思ったアイサは索敵の魔法を即座に使ったが敵の反応は感じ取れなかった。
これはただ金の扉を見に来ただけでは終わらないと悟った4人は話し合いの末、原因を調査することに決めた。厳重警戒の中、1歩ずつ地面を踏みしめながら洞窟を進んだ。いつでも戦えるように体勢を整えていたが、敵は姿を現すことなく目的の金の扉があった部屋に到着した。
魔法使いに早く扉を見せて帰ろうと思っていたアイサはもう一つの問題に直面した。昨日まで閉じていた扉が開いていたのだった。アイサは扉の奥の空間に意識を集中させ索敵を行うが、それでもアイサの索敵には何も反応がない。大盾を持つマクロは盾を構え、残りの3人はその後ろに身を隠すように全員で扉の中に進んだ。
中に足を踏み入れると一瞬だった。壁に掛けられているランタンが明かりを灯すとアイサの足元に何かがぶつかった。勢いのなかった何かは、軽くアイサの靴に当たると止まった。石でも転がってきたのかと思い、アイサは視線を下に向けた。
「全員!撤退!!」
なんとアイサの足元に転がってきたのは、先頭で大盾を構えていた男、マクロの首から上だった。
一体何が起きたのか予想すらつかないアイサでもこれだけは確信した。 ‘ここにいては殺される’
しかし、アイサが振り返ったその時には全てが終わっていた。後方の魔法使いは2人とも綺麗に首をはねられ、残った体はアイサに向かって倒れてきた。服に着いていた血はこの時に着いたようだ。戦闘態勢に入っていたアイサは気配遮断の魔法を使っていた為、攻撃をされなかったのか、はたまた見逃されたのか…
マクロの持っていた大盾が地面に落ちると、洞窟に音が響き渡り、アイサはマクロの方に振り返った。そこには大きな角を2本生やした熊のような魔獣が、人間のように2本足で立ち両手でマクロを捕食していた。ランタンがあるとはいえ、洞窟の中は薄暗くはっきりとは見えなかった。そんな中でもマクロを捕食している魔獣の目が赤く光っている事は確認した。それ以外の特徴は姿が大きいしか記憶に残っていない。
マクロを捕食し終えた魔獣はキョロキョロ当たりを見渡し始めたのでアイサは全力で走った。
ほんの僅かな時間の間で、皆殺しにされた仲間を置いて逃げたアイサに、後ろを振り向くことは許されない。全力疾走するアイサに気持ちの整理、状況の把握をする余裕などあるはずがなかった。もしかすると、あの魔獣はもう、すぐ後ろにいるのかもしれない。あと一歩踏み出した瞬間あの3人のように頭が宙を舞うかもしれない。突然の仲間の死を受け入れれない現状に加え、消極的な事ばかりを考えながらひたすら足を前に進めていると、明かりが見えてきた。洞窟の出口だ。
魔獣は………追ってきてない。洞窟の暗さに慣れていたせいか太陽の光がやけに眩しく感じた。淀んだ空気の洞窟内と比べて地上の空気は澄んでいたがそれを感じる余裕はなかった。絶望という言葉が頭の中を埋めつくしながらアイサは朦朧な意識のまま、街に着くと一番に俺達の姿が目に入ったようで今に至るそうだ。
まだアイサの顔色は悪いが、この事態を一刻も早くテンタ伝える為、俺はアイサを背中に背負ってギルドに向かった。俺の背中で蹲りながら泣いているアイサは「ごめんなさい」と何度も謝っていた。
この大陸での俺の腕力値は高かったのでアイサを背負うことは容易だったが、体力が少ない為ギルドに着くまでの5分間、走っただけでも激しく息が上がった。ギルドに入るとテンタの姿が見えなかったので、俺はとりあえずアイサをベッドのある医務室のような所に寝かせた。フーシャが治癒や精神系の魔法を施してくれてると、アイサの顔色が良くなってきた。暫く様子を見ているとテンタが血相を変えて入ってきた。
「アイサ大丈夫か!?何があったのだ!」
どうやら俺が血だらけのアイサを背負って、ギルドに向かうところをメンバーの一人が見かけて、テンタに声をかけてくれたそうだ。俺はアイサから聞いた話をテンタに伝えた。
「赤い目の魔獣だと…おかしい、赤目がこんな所に出没するはずがない…」
テンタは険しい表情をすると、ブツブツ独り言を言い出した。自問自答をしながら一人で納得したように頷いた。
「今すぐギルドメンバーを全員招集する。駆琉、フーシャ、巻き込む形になって申し訳ないのだが、これはギルドからの正式な依頼と受け取ってもらってほしい…どうか我々の魔獣討伐に力を貸してはくれないだろうか」
テンタは頭を下げた。血だらけのアイサと、やられたメンバーを見て見ぬふりなど出来るわけがない。俺は考える事無く即答した。
「勿論だ。出来る限りのことはやると約束する。フーシャもそれでいいよな?」
「えぇ、構わないわ。魔獣をみすみす逃しておく訳にはいかないからね」
「ありがとう…ありがとう2人とも!」
テンタは再び頭を下げると二階の部屋に入っていった。相手の実力、量が分からない為、俺は万全を期し自分のギルドにも一報を入れた。他にも回復薬や、一時的に身体能力を向上させるスクロールなどを買い揃えギルドに戻った。時計の短針が13時を回っていた。昼間はギルドの依頼に出ているメンバーが多く、アイサを連れてきた時はギルド内に誰もいなかったが、俺とフーシャが身支度を整えて戻ってきた時には、ギルドメンバー15人の内テンタ、アイサを含め12人が集まっていた。メンバーの顔色を見ると、状況の深刻さが伝わってくる。
「バタンッ!」
壊れるのではないかと言うほど勢いよく扉が開くとテンタが姿を見せた。ギルド中央の大きな円卓を全員で囲むと、テンタはギルド周辺の地図を広げ作戦を伝えた。
作戦に参加するのは全員で17名。まだいない3人のメンバーは途中参加という形になり、到着時に不足している部分を補う。テンタを含めた先行部隊が洞窟に入り、戦いやすいように魔獣を洞窟の外におびき出す。外に出た後、事前に設置した罠を駆使して、少人数でローテーションを組み順番に叩く。言葉では簡単に言うが、実際はそう簡単にいかない。相手の情報が少ないのが何よりも痛い。もしかすると魔獣は2匹いるかもしれない、周りに取り巻きがいる可能性もある。しかし、分からないことはいくら考えても仕方ない。メンバーも人数が限られている為、複雑な作戦も組めない。正直、行き当たりばったりの状態だ。それでもメンバーの士気は高かった。仲間が殺されたという事実がメンバーに火をつけた。殺気立っている者も多く、自分が先行して洞窟に入ると立候補していた。
俺は先行して洞窟の中に入っても何の役にも立たないし、フーシャも魔法が暴走すると全員生き埋めになる可能性があるので、後ろで黙って作戦を聞いていた。洞窟の入口に毒の沼を敷く事が決まった。他にも木々に多くの罠を仕掛け、誘導しながら相手の出方を伺うようだ。中にはこんな地味な方法じゃなく直接全員で叩くやり方を提案する者もいたが、それは最終手段として使われることになった。大まかな作戦が決まると、すぐに出発の準備が始まった。メンバーが一系に散らばったが、既に準備の出来ていた俺とフーシャはテンタについて行った。
「すまないな。こんな事に巻き込んでしまって…」
「それは良いのだけど、大陸に応援要請とか出さなくても大丈夫なのか?」
「それは問題ない」
テンタは躊躇なく即答すると、部屋に飾っている刀や剣を手に取った。
「一緒に戦ってくれる訳だからな…今ここで私の特殊能力を見せておこう」
テンタは両手に持っていた武器を手離すと、床に落ちる寸前に消えた。
「ぶ、武器が消えた!?」
俺が驚いた表情をしていると、横でフーシャがクスクスと笑う。
「ホルダーね」
「よく知っているじゃないか。私は剣限定のソードホルダーという特殊能力を使えるの」
「実際見るのは初めてだわ。今のが収納?」
「流石ね。そしてこれが展開。あと放出も使えるぞ」
テンタは先程消えた武器を一瞬で手元に出した。
ソードホルダーとは、自分の所有する異空間(領域)に特定の武器を収納、展開出来るスキルのようだ。テンタのようにレベルの高い使い手は放出、といった敵に向かって、武器を異空間から直接飛ばす攻撃も出来るそうだ。ホルダーは種類が多く、武器、防具は勿論、水や岩など物質を出せる者も居るそうだ。テンタは部屋に飾っていた計28本の武器を収納すると、大切そうに刀掛けに飾っていた刀を腰に差すと、メンバーのもとに向かった。
剣と盾を持つ騎士が2名。大剣を持つ戦士が1名。杖を持つ魔法使いが6名、中には回復役もいるみたいだ。弓を持つ狙撃手が1名。俺とフーシャとテンタ、アイサ。メンバーを見た感じ全体のバランスは良さそうだ。テンタがメンバーを集め、もう一度作戦内容を確認すると、ギルド内の緊張感がピークに達した。仲間をやられた悔しさ、怒り、無念を抱え魔獣討伐という名の復讐へ向かった。