第16話 ギルド〝 ブルーム〟
それ以上の情報を得ることは出来なかった。大陸の人々には喜ばしいニュースだったが、魔王の関係者が見ているかもしれないという可能性が懸念されているからだ。それこそ、魔王幹部を追い返したギルドが明るみになれば魔王軍の報復があるのは決まり切ったことだ。
「さて、私はもう一眠りするけど駆流はどうする?」
「寝る!」
想像以上に情報が入手できなかった俺は少し不貞腐れたように布団にくるまった。
「大丈夫よ。駆流は私が守ってあげるからね」
「俺は男だぞ。寧ろ、俺がフーシャを守るわ」
「逞しいわね。でも無理はしないでね」
 
心配そうに俺の頭を撫でるフーシャ。モヤモヤしていた気持ちが落ち着き出すと、安心感、安堵感が俺の体温を上昇させている気がした。気持ち良く目を閉じた俺が、次目を覚ました時は朝だった。
俺はギルドに向かう為に準備を済ませると、フーシャと一緒に外に出た。街はそれ程広いわけでは無い為、ギルドの場所はすぐに分かった。数分で到着したギルドの中に入ろうと扉の取っ手を持った瞬間、後ろから声がした。丁度居合わせたのか、それとも俺達が来るのをずっと待っていたのか、朝から張りのある声が街に響くと俺は振り返った。
「駆琉 フーシャ おはよう!昨日はサンキュね。中にマスター居るから案内するね」
朝から元気一杯なアイサは、まるで遠足に行く小学生のように見えた。ギルドの扉を開けると華やかな装飾が目に付いた。ギルドは開設2ヶ月目ということもあって人はほとんど居なかったが、派手なシャンデリアに新品感を維持しているピカピカの階段、通路が[来るものを拒まず]と語っているように思えた。扉の音に反応して数人の冒険者がこちらを見てきたが話しかけてくる様子はなかった。連日の依頼で疲れているのだろうか、覇気と言うか活気すらも感じ得れなかった。俺達は軽く頭下げて会釈すると、2階に上がり、マスターの部屋に案内された。アイサは俺達に部屋の前で待つように指示をすると、1人部屋の中に入っていった。
 
「どんなマスターなんだろうな?ギルドを建てた上にあの綺麗な内装を見ると成金のオジサンだったりして…」
「大丈夫よ。私のカンに障ったらギルドごと潰してあげるから」
「頼むで問題だけは起こさないでくれよ!」
「なんなら、このギルド乗っ取って私と駆流の愛の巣にするのも……」
不気味な笑みを浮かべるフーシャを見ながら不安にかられていると、勢いよく扉が開いた。
  
「ようこそ!私のギルド〝ブルーム〟へ!歓迎するよ駆琉くん、フーシャさん」
部屋の中から出てきたマスターは、俺と大して歳の変わらないように見える若い女性だった。色合いが薄めの白髪ポニーテールからは、おしとやかと言うよりは可愛らしさが滲み出ていた。まるで小動物かのようにぴょんぴょん跳ねながら近付いてくると、嬉しそうに自己紹介をした。
「私の名前はテンタ。このギルドの創設者で今はマスターをやっているよ。よろしくね」
小柄……ではないが、ぶかぶかの服を着たテンタはしゃがんで上目遣いで俺の顔を覗いた。
かわいい・・・・が俺はテンタよりも部屋の中に飾られている大量の剣が気になった。剣の知識がない俺でもわかる。あれは高いやつだ。しかも1本2本の世界じゃない、20本はあるだろうか…可愛らしい女の子なのに部屋はとても物騒だった。それにしてもこんな若い女性がギルドを創設する程の資金を持っているとは…親が余程の金持ちか、功績を挙げた有名な人物なのか疑問に思いながらも挨拶を返した。
「はじめまして俺は松永駆琉です。こちらは相方のフーシャです。」
「2人ともアイサから聞いているよ。それで、お二人さんはうちのギルドに入りに来たのかな?」
「え?俺たちはそのつもりは無いのですが…」
テンタは冗談で言っているようには見えなかった。もしかして、と思い俺はアイサの方に視線を向けた。
「あれっ、違ったっけ?」
わざとらしく目をそらすアイサ。テンタもアイサの方をじっと見た。どうやらアイサに何か吹き込まれていたようだ。
「アイサさん?この方々はうちに来たいと言っていた冒険者じゃなかったのですか?」
「あ〜れ〜?確かそんなこと言ってた気がしたんですけどね…」
「駆流……。私、このギルド灰にするね」
「よし!許可しよう」
「だめだめっ!すみません!私が悪かったです!!」
俺はフーシャと三文芝居をするとアイサが自白した。どうやらフーシャは芝居では無かったようだが…
少しムッとした表情を見せるとテンタは椅子に座った。
俺はギルドに入っていること、今は旅をしていて、パーティーメンバーを探していると伝えた。テンタは頷き納得すると話題を変え、世間話を始めた。
「私はね、ある人の支援によってギルドを創設する事が出来たんだけどね、中々人が集まらなくて困ってるんだ。今は私を含めた18人のメンバーしかいないけど、そのうち何処よりも大きなギルドにするのが目標なんだ…」
「あ!マスター。私ちょっと用事あるから先に退出しますね!」
アイサは何かを思い出したかのように慌てて部屋を出て行こうとした。俺とすれ違う際に小言で「マスターは1度話し始めると止まらないからね」と言い残して部屋を出ていった。
その後、旅の土産話としてこの街の事を教えてくれた。テンタの長い長い世間話が始まった。
この街は刀が有名と言われており、多くの刀鍛冶が居る。この大陸には元々剣しか扱われていなかったのだが、転生してきた日本人が刀を作ったことにより浸透し始めてきたみたいだが、使い手は少なかった。しかし、叩き切るという特徴の重い剣に対し、刀は叩いて引くと特徴を持ち、重量も比較的軽く、素早い攻撃が出来ると女性冒険者を中心に人気が出始めた。テンタは、これは流行る!と思い、刀鍛冶の多いこの街にギルドを作ったそうだ。ギルドを作る前から観光客は来ていたそうだが、ギルドを作ることにより刀の良さを広めると観光客がぐっと増えたようだ。テンタを含め、ギルドメンバーは観光客に来た冒険者を誘いながらメンバーを増やしていっている最中と言っていた。
俺が得た情報はこれぐらいだ。その後は正直どうでもいい話がべらべらと続いた。遂には部屋に飾っている刀や剣のコレクションの話にまで手を付け始めた。話の終わりが見えないと思った俺は、是非この街の刀を見てみたい。とテンタの話を強制的に終了させた。テンタもついて行きたそうな顔をしていたが、机の上に重なっている大量の紙を見ると、仕事があるからと言って諦めてくれた。俺達は再びテンタに捕まらないようにそそくさと部屋を出ていった。
「…フーシャ。何時間経った?」
「2時間は経っているわね」
朝の9時にギルドを訪れたのだが、話を聞いていただけでもうお昼前になっていた。特に体を動かした訳ではないのだが、何故か疲労感を感じた俺は街の観光へと向かった。
ギルドを出て少し歩くと、大通りに出た。そこには犇めくように多くの刀鍛冶屋が並んでいた。この街に来た時は疲れきっていて気にも留めていなかったが、観光客が意外にも多かった。大盛況って程ではないが、多少の列が出来るほど賑やかだった。剣に関心のない俺とフーシャは、適当に近くの刀鍛冶屋に入ると刀を中心に剣やナイフなど、様々な種類の武器が並んでいた。中には有名な刀鍛冶が打ったと言われる刀もあり、ショーケースに置かれており、値段が跳ね上がっていた。
「……この刀金貨300枚もするぞ」
「こっちのは金貨200枚よ」
馬鹿げた値のつく刀を2人で一通り見終えると、剣が飾られているスペースが出てきた。刀程ではないが、どの剣も金貨10枚以上する為、簡単に手を出すことが出来なかった。隣にナイフなどの短い剣が銀貨数十枚と手軽な価格で置いてあったが使うことは無いと思い気にとめなかった。
「フーシャは何か見たいものはあるか?」
「私は剣を使うことは無いし…特にこれといった物もないから大丈夫よ」
俺も特に欲しいものはなかったので、店を出た。いい感じに時間も潰れ、12時を回ったので何処かでご飯を食べようかと話していると、血相を変えたアイサが物凄い速さでこちらに近づいてきた。
「助けて駆琉!」
いきなりの事で驚いたが、アイサの姿をよく見ると、血だらけだった。アイサに怪我がないことを確認できると、返り血で汚れたと想像できた。息を切らしながら震える手で俺の腕を掴むと、アイサは勢いよく話し出した。相当焦っていたのだろうか、内容がめちゃくちゃで呂律も回っていなかったので、理解できなかった。
「アイサ!1回落ち着け!!」
俺の言葉が届いていないのか、しどろもどろに話を止めないアイサ。
「アイサ!!」
俺は1回目よりも声を荒らげながらアイサの肩をがっしり掴んだ。ようやく俺の声が届いたのか、アイサは口を閉じると、ふと目から涙がこぼれ落ちた。
「大丈夫か?いったい何があった?」
「き、昨日の洞窟の、と、扉に、行ったんだけど、今日は扉が、開いていて…」
まだ気持ちの整理が着いていないのか、言葉が少し吃っていた。震える声や体、焦点の定まっていない目がアイサの状態の悪さを証明していた。
「アイサ。こっちを見なさい」
フーシャはアイサに呼びかけると、精神魔法を使った。緑の光がアイサの体を覆い包むと、体内に吸収されるようにアイサの中に入っていった。フーシャの使った対象の精神を落ち着かせる魔法の効果は絶大だった。緑の光が全てアイサの中に入っていくと、涙を拭ったアイサはいつもの状態に戻ったように見えた。深呼吸をするとアイサはここに来るまでの出来事を説明した。




