第15話 剣の街アヌール
幸い俺もフーシャも荷馬車の中で睡眠を取っていたので多少体力は回復していた。このまま森の中にいると次は何に襲われるか分かったもんじゃないので、暗闇の中を数時間彷徨った。次第に朝日が登り、辺りが明るくなると現在地を確認するために周囲を見渡せる高い木に登り、街など目につくものがないか確認した。
「どう?街は見つかった?」
木の下で待つフーシャは疲労が出てきたのか、元気の無い声でこちらを見つめる。
荷馬車の中で多少体力は回復したが、暗闇の中で意識を集中させながら数時間歩いていたので、さすがに俺も疲れが出てきた。フーシャはそれに加え、精霊魔法も使用して現在も風魔法を使い続けているので俺より消耗しているはずだ。俺は一刻も早く休めそうな村や街を探していると、北の方角に街が見えた。
「あっちに街はあるぞ!」
「どれくらい離れてるの?」
「歩いて10分もあれば着くと思う」
視線の先には、俺の所属するギルドがあるデボラの街程ではないが建物が幾つも並び立つ街が見えた。行き先が決まると俺は木から降りた。フーシャは早く街に行って休みたいのか、俺を急かすように引っ張った。
「街に行く前に火の精霊が入った箱をどうにかしないといけないな」
「そうねぇ…湖でもあれば助かるんだけどね」
そんなことを言いながら街の方へ向かって進んでいると、湖ではなく洞窟が出てきた。
「いや!!ここは湖が出てくるべきだろ!」
俺は頭を抱えながら洞窟の前で立ち尽くしていると右方の茂みから複数の人影が姿を見せた。
「お前らっ!知らない顔だなここで何やっとるんだ?」
「まぁまぁ、落ち着いてアイサさん」
見知らぬ俺達に突っかかってくるように話しかけてきた茶髪ショートカットの女、小柄で中学生にも見える彼女は胸を張り俺達に威厳を示していた。鎖骨やお腹が露出している軽装で、腰に携えたナイフを見ると盗賊を連想した。そんな彼女を鎮めるように仲裁に入った大柄の男、それを眺める杖を持った女性の3人が俺たちの前に出てきた。
「俺たちは、最近ここらでギルドが出来たと聞いて、その街に向かおうと思っていたが、途中でトラブルが起きてここら辺を彷徨いていたんだ」
「そうかそうか。見かけない顔だから盗賊かと思ってしまったのよ。すまない事をしたね。私はアイサだ。こっちの男はマクロ、奥の女はライザだ」
盗賊みたいな格好の彼女に盗賊扱いされるとは…
そんなことを気にする様子もないアイサは気さくに話すと仲間を紹介した。俺とフーシャは自己紹介をするとアイサはフーシャが手に持っていた風の箱に興味を持った。
「その魔法の中に居るのは精霊かい?」
アイサは箱の中に群がる無数の赤い光を見ると1発で精霊と言い当てた。
「へぇ、いい目してるわね」
「見ての通り、私は盗賊スキルを得意とするからね。中には見た対象を解析するスキルもあるのよ」
本当に盗賊だった…
アイサは得意げに自慢すると、自体を察したのか、杖を持つライザよ呼ぶと水の魔法を使って小さな水の塊を生成した。その中に精霊の入った風の檻を入れると、蒸発したように精霊は消えていった。ひと仕事済ませるとアイサは本題に入った。
「私達はギルドの依頼でこの洞窟の調査に来たところなんだ」
アイサは俺達には関係の無い依頼の内容を話し出したと思ったら、同行してほしいとお願いをしてきた。
「悪いのだが、俺らは昨日のトラブルでまともに睡眠が取れてなくてな…」
「この森を抜けて街に行くのなら私達の案内がある方が早く着くと思うよ。初心者だと道に迷うかもしれないし、洞窟内の調査も簡単に済ませて帰るだけだからさ!ね!ちょっとだけだからさ!」
食い下がってくるアイサに押し負けた俺とフーシャは、しぶしぶ着いていくことにした。
気乗りはしなかったが…アイサが言うにはギルドのメンバーでは人手が足りなくて、もし魔物と遭遇したらまともに調査できる状態では無かったらしい。
洞窟内に入ると大盾を持ったマクロが全員を庇えるように先頭に立ち、後方の杖を持つライザが明かりを灯す魔法で辺りを明るくした。アイサは盗賊スキルの敵感知魔法を使い万全の状態で進んだ。
「駆琉、フーシャ、敵が出てきたらまず逃げるんだ」
「そうだ。戦うだけ時間が無駄じゃからな。俺が盾で全員を守るから安心しときな!」
「それは助かります。もうへとへとなもんで…」
「でもいざとなったら1発頼みますよ!私達のメンバーは攻撃手段がほとんど無いので…」
「心配ないわ。私が洞窟ごと埋めてあげる」
「はっはっは、ご冗談を」
作戦を一通り聞くと、この3人は討伐が目的ではなく調査をしに来ただけのようだ。和やかな雰囲気で洞窟内を進んでいると大きな扉が出てきた。
「これは鉄…なのか?」
長年そびえ立っていたように見える大きな扉は傷が多く付いていたが、錆などは見受けられなかった。軽く扉を叩くが音は響かなかったので相当分厚い壁だと思った。全員で押してみたが扉はピクリとも動かない。フーシャは扉を押す時についた指の汚れを見て気付いた。
「これは鉄じゃなくて黒色に塗装された金ね」
削れている所をよく見ると、暗い上にほこりや汚れがあったが確かに金色に輝いていた。これでは動かないのも納得がいった。鉄でも動かすのは大変だが金なら尚更動くはずがない。こんな所に金の扉があるのは不思議だったが疲労がピークに達した俺はそれどころじゃなかった。
「しっかしこれじゃ先には進めんな。一先ず洞窟の調査は終わりにしてギルドに帰るとでもしますか!」
アイサ達はきっぱりと諦め、来た道を戻った。その道中に別ルートを見つけたがすぐに行き止まりになり、特に収穫は無かった。
「そういえば、熊みたいな獣を見かけた情報があったって聞いたけど、そんな獣どころか洞窟の中には魔物が全く居なかったよね。おかしいとは思わない?」
「アイサの索敵でも敵は感知出来なかったのか?」
「全然駄目や。ピクリとも反応しなかったわ」
「既に用済みの場所だったのか?」
「そうかもね。最終報告も2週間前の物だったからね」
小一時間ほどで洞窟調査を済ませると、帰り道にアイサ達について色々と聞いてみた。
アイサ達は俺達の向かっている、新しいギルドができた街のギルドメンバーだった。街の特産物での収益が多く、ギルドからの依頼も特産物関係のものでほとんどのメンバーが借り出されるので、毎日ジリ貧でやっているそうだ。ギルドも出来たてでメンバーも少ないから、全員フル稼働の日々だが待遇には満足しているようだ。
俺はアイサ達のギルド事情を聞くと、とても仲間の勧誘とは言えなかった。そうこうしているうちに森を抜けた。初心者では想像もつかないルートで迷うことなく10分ほどで草原に出た。そこから街に着くのはもっと早かった。
「さぁ、着いたわよ。ここが剣の街アヌールよ!」
「特産物って、剣の事なのか」
「そうよ!ここでは一流の刀師が打った剣が数多く販売されているわ!」
街に入った俺達はアイサにギルドへ顔を出さないか?と聞かれたが、俺もフーシャも昨日からの疲労が限界まで溜まっていたので、ギルドに立ち寄るのはまた後日も言ってすぐ宿に泊まることにした。お礼がしたいと言っていたので明日ギルドに顔を出すと言い残して俺たちは別れた。まだ昼過ぎだったが宿に着くと俺とフーシャは汗を流すこともなく、服もそのままですぐ眠りについた。
目を覚ましたのは夜だった。どうやらフーシャは先に目が覚めたようで、シャワーを浴びてリラックスした格好で、テーブルの上のティーカップにコーヒー入れて飲みながらテレビを見ていた。
「あら、起きたのね」
俺がベットから立ち上がるとそれに気付いたフーシャこちらを振り向いた。フーシャの後ろで流れていたテレビには魔王軍の幹部を撤退させたというニュースが大々的に報道されていた。参戦したギルドは全部で6つあり、俺の所属するギルドの名前も上がっていた。




