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死の境界  作者: 野寺 いぶき
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第13話 マーシャ・ムスプルヘイム

「なんだ?この人の量は?」


俺たちが国に入ってきた時よりも明らかに人の量が多くなっていた。

こんな真昼間からパレードでも行われるのだろうか?

道の中央を空けるとその両脇には歩くスペースがないほど人が密集していた。やがて城の門が開くと大衆の歓声と共に鎧を身に纏う男女数名が馬に乗り優雅に登場した。尽きることの無い歓声に批難、罵倒の類はなく全てが賛称、喜びによるものだった。中には喜びのあまり泣き叫ぶ者や祈るように両手を合わせる者もいた。事情を把握出来ない俺とフーシャは近くにいた男に何事かと尋ねた。


「なんだ兄ちゃん達今日この国に来たばかりなのか?あの方々はな2週間前に魔王の幹部が現れたという遺跡に遠征に出ていった精鋭メンバーだ!昨日の夜に魔王の幹部を撤退まで追いやり無事生還すると報告があってな、みんなで出迎えてるところなんだよ!」


男は自分のことかのように嬉しそうに教えてくれると遠征メンバーに向かって叫んでいた。こちらに近づくにつれて道に一般人が出ないように国の兵士が壁となり立つ。メンバーは男5人と女3人が確認できた。その後ろに一際大きい馬に乗った長い赤髪の女性が兜を取って素顔を見せた。


「なにあの人めっちゃ綺麗…もしかしてあの人が隊長なのだろうか?」


女性が装備するには重すぎるように見える重鎧を着こなしている彼女は銃弾すら跳ね返しそうな分厚い篭手と手甲を何食わぬ顔で上げ手を振っていた。この国の女王と言われてもおかしくないほど綺麗な顔立ちと品が感じ取れた。彼女と目が合うとにこやかに笑って手を振ってくれた。俺もつられて手を振るとそのまま遠征メンバーは横を通り過ぎた。メンバーについて行く人達と、無事を確認出来て安心して解散する人達が一斉に散らばった。


「これからどこにいく?」


俺はどこか行きたい場所がないかと聞くと、フーシャは先程の遠征メンバーを見たままボッーと立っていた。


「おーい?フーシャさん?」


目の前に顔を出して問いかけると、ハッとした表情で我に返ったフーシャはお腹がすいたと言い出した。そういえば今日は何も食べていないと思った俺はフーシャと一緒に近くの店に入った。

食事を済ませると俺はフーシャにバイコーンの技を試してみたいと頼んだ。先程の出来事がまだ頭から離れないのだろうか、上の空のフーシャは少し間を開けると分かったと返事をした。


「よし、さっそくいくか!」


気合を入れて立ち上がったその時、鎧の騎士が3名店に入ってきた。重々しい雰囲気の騎士はご飯を食べに来たという訳ではなく人探しをしている様子だった。1人の女騎士がこちらを見ると近付いてきた。


「ちょっとお二人さん、少し時間をくれないか?」


バイコーンの技を試したかったが、後ろに立つ2人の男騎士が黙ってついてこいと言わんばかりの表情で睨んできたので俺は黙って着いていくことにした。断じてビビっている訳では無い。そうだ、3対2ではこちらが不利だからな、仕方なくだ!と自分に言い聞かせフーシャと一緒に店を出た。外には荷馬車が用意してあり、中に入ると軽装の女性が迎えてくれた。店に入ってきた3人の騎士は荷馬車の周りを護衛していた。


「ごめんねぇ、こんな昼間からごっついおじさん達に絡まれて」

「危うく誘拐されるかと思いましたよ!」


軽い挨拶を交わすと直ぐに本題に入った。


「うちらはついさっき遠征から帰ってきたのだけど、知ってるよね?それで、観衆の中を歩いていた女王様がそっちの彼女に会いたいって言い出してね、このまま王室まで同行をお願いしようと思ったわけなのよ。問題ないよね?」

「確認するのは良い事ですが…この荷馬車もう動いてませんか?」

「あはは、そりゃ女王の命令だからね。一応確認はするけど拒否権はないのよ」

「もし、俺達が逃げたら?」


笑いながら話す彼女はそんなこと出来る訳が無いと外を指さした。外の様子をちらっと確認すると先程の騎士達が俺達に逃げられないようについてきていた。

遠征から帰ってきたばかりなのに休むことも無く俺達を探し出し、送るなんてそんなに大事な用事なのか…

なにやら気に入らない表情のフーシャは腕を組んでため息をついた。


「はぁ〜、それで女王様は面識のない私達になんの用があるのかしら?」

「それは会ってみないと分からないのよ。今回は私達もなにも事情を聞かされていないからね」


フーシャはまたため息をつくとそっぽを向いた。


「そういえばお嬢さん」

「私はカリアよ」

「それじゃ。カリアさん達は魔王の幹部を遺跡から追い返したと聞きましたが…」

「あ〜、あれね。魔王の幹部と戦ったのは実際はあたし達じゃないんだ。魔王の幹部を討伐するとなると報復を視野に入れて複数のギルドで同盟を組んで向かうのよ。確かに魔物を駆逐した数はうちが圧倒的に多いけど幹部をやったのは今回初参加の、えーっと、ブルー、ブルーロード?だったけな?」

「もしかしてブルーロッドですか?」

「そうそう!それだブルーロッド!お兄さんよく知ってるね!」

「俺、実ははあそこのギルドメンバーなんですよ!」


自分が手柄を上げた訳ではないが自信満々にギルドを自慢するとカリアは少し強ばった表情をした。


「しかし今回、魔王の幹部を追い返すのは良くない選択だったかもしれない。基本は駆逐する為どのギルドが手を出したのか情報が魔王に漏れることは無いが、生きたまま返すとなると自分を追い詰めたギルドへの報復がないとは限らない。特に魔王幹部は知性も持ち合わせているからな…」

「それって俺たちのギルドが危ないってことですか!?」


俺はいてもたってもいられなくなった。


「まぁまぁ、落ち着け。幹部がいくら恨んでいても魔王の命令がないとあいつらは勝手には動けないからな。応援要請さえ入れば転移石で直ぐに助けに行けるし。それに…あのギルドなら大丈夫だろう」

「なにが大丈夫なんですか?」

「お主知らんのか?あのギルドのメンバーは化け物揃いだったぞ。この大陸で上位の戦力を誇るうちのギルドメンバーに引けを取ることなく戦っていたんだ。特にあの二人組は…」


カリアが話していると荷馬車が止まり、外にいた騎士が呼びかけてきた。


「さぁ、雑談はここまでよ。それじゃ女王のとこに行こうか」


俺は先程の話の続きが気になったがカリアがそそくさと歩いて行ってしまったので、フーシャと荷馬車を降りると数時間前に来た城に戻ってきた。カリアの誘導の元、中に入ると先程フーシャと親しげに話していたご老人の姿があった。


「カリア様、ここまでお連れ頂きありがとうございました。後は私めが送り致します」

「えぇ!私ついて行っちゃ駄目なの?」

「申し訳ございません。女王様からお二人以外はお連れになるなとお達しがあったもので」

「ちぇ!全くけちなんだから!」


カリアは3人の騎士を連れてしぶしぶ城を出ていった。


「それではお二人様、女王様がお待ちしておりますのでどうぞこちらへ」


階段を登り幾つか扉を通ると女王の部屋の扉の前についた。


「迷路みたいに複雑だな」

「それはもう女王様の部屋となりますので」


ご老人は扉をノックするとドアノブに触れることなく扉が開いた。俺とフーシャが部屋に入ると扉は勝手に閉まった。


「2人共よく来てくれた!私はこの国の3代目女王。マーシャ・ムスプルヘイムよ!」


異様にテンションの高い女王は、仁王立ちで胸を張って堂々と挨拶をする。女王をよく見ると、先程最後尾で馬に乗っていた綺麗で品のある女性だった。

まさか本当に女王だったとは…

帰還時に着ていたごっつい鎧は部屋の片隅に飾られており、女王様はひらひらのついた赤いドレスを着ていた。フーシャと同じような色合いの髪をしたマーシャはシニヨンという束ねた髪を後方で丸くまとめた髪型で、まとめた髪を固定するかのように三つ編みの髪を巻いていた。簡単に言うと、ポニーテールのしっぽ部分を丸めてお団子を作り、その周りをぐるっと三つ編みの髪で巻いた感じた。見た目も可愛いが、何より動きやすい。戦う人にはうってつけの髪型だった。赤い瞳には自信が漲り、真っ直ぐこちらを見つめていた。


「は、はじめまして!デボラの街から来ました松永駆琉です!」


女王につられて元気よく挨拶をするとフーシャが前に出て丁寧に挨拶をした。


「お久しぶりですお姉様」

「えぇ!?お姉様!」


突然のフーシャの発言に俺は呆然とした。確かにフーシャと同じ目、髪の色をしている上に整った顔立ちからは何処と無くフーシャの面影がチラついていたが女王の妹が牢に閉じ込められるわけがないと思っていた。


「久しいな我が妹よ!それで此度この国を訪れたのは何用か?」


相変わらず元気な女王は久しぶりの妹との再会を喜ぶというよりは、少し不安な様子でこちらを伺った。フーシャは俺の旅の目的とその途中にこの国に訪れたことを説明した。


「そうか…わかった。あんまり長居はしないようにな。フーシャは私の妹として公表されていないからな」


俺は女王の発言によりさらに状況を掴めなくなっていた。女王はぽかんと突っ立っている俺を見ると理解が追いついていないことを悟った。


「それで妹よ、そちらの男にはお主の事情は伝えてあるのか?」

「いえ、それはまだお伝えしておりません」

「それはダメじゃないか!言いにくいのは分かるが、その男をパートナーに決めたのだろ?それならしっかりと伝えておくべきだ」


世話焼きな女王はフーシャの事情を伝えるように促すと席を外してくれた。

女王が出ていくと気まずい雰囲気が流れた。俯いたまま話そうとしないフーシャに我慢ができなくなった俺は口を開いた。


「信じられないが、フーシャが女王の妹ってのは理解した。でも、なんでその事実はこの世には公開されていないのだ?」


沈黙が続くと、決心が着いたのかフーシャは深呼吸をすると話し始めた。


「この大陸は代々、王の家計に双子がいることを許さなかった。理由は簡単、生まれる子に引き継がれる能力が半分ずつになると言い伝えられているからだ。その事実が大陸に知られると子供は両方処刑されるのがこの世界の常識となっている。それなのに私と姉さんは双子と言う形で生を受けてしまった。大事な娘をむざむざ処刑させる訳にはいかないと決心した母上は私達が処分されることないように片方の存在を隠すことにしたのよ。その時この国を去ることになったのがこの私。赤ん坊1人じゃ生きていくとこが出来ないと母上が付き添いに爺を同行させたのよ」


大陸に知られる訳にはいかない為、女王とフーシャが双子のだということは俺を含めごく一部の人しか知らない。双子が生まれることによって懸念されていた能力の面は、言い伝え通り女王とフーシャの2人に振り分けられたが、それでも女王の素質はとても高く特に咎められることは無かった。魔法の素質はフーシャに持っていかれたが、剣の技術に光るものを持ち、生まれ持つ素質に努力を重ね多少の補助魔法も会得することが出来た。現在は女王でありながらギルドのメンバーと戦場に立つことも少なくない。一方、フーシャの方は幼い頃から爺に稽古をつけてもらっていた。初めは剣の修練をしていたが、見込みがなく、魔法に切り替えたところ素質の一端を垣間見た。そこからは魔法の修行に切り替え十数年修行を積み重ねた。国の任務も怠ることなくこなす爺は留守にすることが多々あったが、ある日を境にばったり返ってこなくなった。幼いフーシャは爺の修行メニューを毎日こなしながら爺の帰りを待っていたが、1ヶ月経っても爺は帰ってくることはなかった。

フーシャの口は徐々に鉛のように重くなっていく。これ以上過去のことを思い出したくないのか、気付けばフーシャの話は中断していた。


「大丈夫か?だいたいの事情は分かったから、今無理して全部言う必要は…」

「大丈夫よ。寧ろここからが肝心なのよ」


フーシャは今にも消えそうな声で答えると、扉の開く音がした。


「声が聞こえなくなったで入ってみたが、妹よしっかりと伝えることはできたか?」

「えぇ、最低限は…」

「それで良い。また機会があったら伝えてあげると良い」


女王はフーシャの肩を持ち、自分の方へ引き寄せると頭を撫でた。フーシャは少し嬉しそうな表情を浮かべると女王の手を取った。

傍から見ると羨ましいほど仲のいい姉妹に見えた。そんな姉妹を国王の家計だからといって無理矢理引き剥がすような真似をする大陸に俺は心底腹が立った。


「これから仲間を探しにダイラの街に行くのであろう?あそこは新しくギルドが出来たばかりだからな、パーティーメンバーを引き抜くのなら今がチャンスかもしれないな。外に荷馬車を用意しておいたからそれに乗るとよい。3日もあれば着くはずだからな」


俺達は女王のお言葉に甘えさせていただくことにした。部屋を出ると爺が俺達を迎えた。


「どうか、ご武運を祈っております」


と頭を深々と頭を下げると国の外まで送ってくれた。外に出ると日はすっかりくれていた。少し寂しそうな表情をしているフーシャと荷馬車に乗ると目的地のダイラに向かって進み始めた。

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