第11話 北の大国
隣で寝るフーシャの事を考えないように横になっていたが、沈黙が流れる中、俺の心臓の鼓動だけは張り叫ぶように動いていた。頭の中で葛藤をしているといつの間にか眠りについた。
次に目を覚ましたのは寝返りをうとうとしたが上手く動けなかった時だ。微かな寝苦しさを感じて目を開くと水着姿の美女が俺の腕に抱きつくように寝ていた。寝ぼけていた俺でもフーシャだということはすぐに分かった。しかし、思いにもよらない出来事で俺は思わず声を上げてしまった。
「うわっ!ビックリした〜」
「んん〜、もう朝なの?」
「目が覚めたのなら準備して出発するか」
寝起きの衝撃ですっかり目が冴えた俺は身支度を整えた。一方、フーシャはまだ昨日の酒が抜けていないのか体の動きが鈍かった。寝ぼけているのか、急に水着の紐を引っ張ろうとするフーシャを押さえながら着替えるなら横の部屋でと言ってフラフラのフーシャの肩を持って連れていった。
部屋に入ると5分程で出てきた。
「待たせたわね駆琉!」
先程までの様子とは打って変わって元気に飛びてできた。
「急に元気になったな」
「酔い覚ましの魔法を使えば1発よ。着替えも魔法で一瞬よ!」
「なら何でさっき脱ごうとした…」
酔い覚ましの魔法〝ドゥルーム〟。二日酔いに使うのは稀なケースだ。基本は馬車や船などの乗り物酔いに使うことが多く、上級者になると魔物などの放つ嫌な音、脳まで浸透する音で気分が悪くなった味方を癒すことも出来るらしい。そこまで使い所が多い訳ではなく、似たような効果の精神系魔法があるので習得している人は少ないらしい。ここぞという時のために習得している物好きがいる程度の魔法のようだ。
「フーシャは他にも補助系の魔法は使えるのか?」
「そりゃ私ぐらいの魔法士になれば幾つかあるけど、基本は使わなくても何とかなるわね」
魔法職のフーシャは、攻撃魔法、補助魔法、両方使えるみたいだが、攻撃魔法の威力が高すぎる上に〝暴走〟という火力底上の能力を有しているので補助魔法はあまり使わないそうだ。
「さぁ、私も準備できたしそろそろ出発しましょうか」
「それじゃ俺が宿代を払っとくよ」
俺は宿代の精算をした。1泊で…銀貨10枚。10枚!?これなら2部屋借りても良かったような…しかし、フーシャの水着姿が見れた上に一緒に寝れるといういい思い出が…俺はそっと気持ちを心の奥底にしまい、銀貨を払い外に出た。
宿の扉を開け外に出るとボロボロの鎧を着た男性とその横に若い女性が立っていた。
「突然すみません。北の大国に向かわれると伺いまして、宜しければこちらの女性も御一緒させて頂けないでしょうか?この町は兵士が少なく護衛出来る者もまともにいないもので」
どうやら俺とフーシャが昨日酒場で話していた所を見ていたようだ。若い女性はどこにでも居るような普通の女の子の服装をしていて、とても戦闘ができるようには見えなかった。ここからだと北の大国まで3日はかかる。彼女は1人で向かうのは難しいと判断して、今朝村の護衛部隊に護衛をして欲しいと言いに行ったが、人手がないと断られたらしい。そこで俺達の行き先を知っていた護衛部隊の男が気を使って俺達のところまで案内したみたいだ。いつ出てくるか分からない俺達を2時間ほど待っていたと言っていた。
俺はフーシャの顔を伺ったが、特に嫌な顔はしていなかった。行先も同じなので断る理由もない俺は男の依頼を引き受けた。ほっとした表情を見せた男は俺に
「これは報酬の先払いです」
と言って銀貨15枚を俺の掌に収めた。彼女を差し出すと男は慌ただしそうにその場を去っていった。
「冒険者さん、依頼を受けてくださりありがとうございます。私の名前はフレアです。北の大国にはこの回復薬を提出しに行くため同行させて頂きます」
丁寧な言葉遣いのフレアはカバンから赤い液体を取り出し、大事そうに両手で持ち微笑んだ。
「この世界ではあの赤いのが回復薬なのか…」
俺のいた世界のゲームでは回復薬と言えば緑色が一般だった為、不思議な感覚だった。
「へぇ〜、これが新作の回復薬ね。使ってみたいけど私はまだ元気だから意味ないわね」
フーシャはフレアに近づくと赤い回復薬に興味を示した。
「これはまだ鑑定してもらっていませんのでどんな効果が出るのか…」
フレアは少し困った表情を見せるとカバンに回復薬をしまった。
俺達はボロボロの鎧を着た兵士が立っている門を潜ると北の大国に向かって出発した。
現在、この世界で取り扱われている回復薬は赤いものが一般のようだ。各所で回復薬を生成する者は草師と呼ばれている。日々高品質の回復薬を生成しては、完成すると大国へ鑑定の為足を運ぶらしい。そこで回復薬の品質が認められると、草師は薬師と言われるようになり、各国や街から注文がくるそうだ。これも村を発展させる方法の一つだ。国からの定時発注を取り付ければ毎月多額の金貨が村に入る上に、国の助力でギルドも作成して貰える。実際そのようにして大きくなった国もあるらしい。もちろん、回復薬以外でも武器や防具など冒険者に役立つものならどんなものでも村の発展に繋がる。しかし、国の評価を得ることは簡単ではない。高品質の回復薬を作ることは勿論だが、もう1つ避けては通れない問題が存在する。それは完成品を国に運ぶ途中に魔物や盗賊に襲われることだ。金もなく、名声もない村にわざわざ国から護衛を送ることはなく、国に回復薬を届けるには自分で持ち運ぶしか選択肢がないのだ。売れるか分からない回復薬の為に荷馬車を使う金もないうえに、そもそも金で雇った荷馬車の人間が持っていって功績を横取りさせるかもしれない。
そのような事をフーシャやフレアが話していると、噂の盗賊が3人目の前に現れた。
「へへっ、いい女が2人も居るじゃないか」
「なぁなぁ、そこの兄ちゃんよ。女と荷物を置いてさっさと去りな!」
どうやら、盗賊の目的は女と荷物のようだ。俺は反射的に武器を構えた。しかし、対人戦など俺には経験がない。もし誤って命を奪ってしまったらと思うと、剣を構えたまま動くことが出来なかった。
「なんだぁ〜?その剣は玩具か?」
剣を構えたまま動かない俺を見ると盗賊達は罵倒を繰り出した。
「そんな弱腰じゃ、どうぞ二人を連れて行ってくださいって言ってるもんだぞ。なぁ、お姉さん達こんなビビりとじゃなくて俺達と一緒に冒険者しようぜ?今までにない経験ってものをさせてやるぞ!」
一斉に笑い出す盗賊3人。流石にこれだけ侮辱をされると頭に血が上った。
が、頭に血が上ったのは俺ではなくフーシャの方だ。初めての対人戦闘で頭がいっぱいの俺には盗賊の言葉など耳に入ることはなく、どうやって動こうか考えるだけで頭がいっぱいになっていた。そんな俺とは裏腹に戦闘に慣れているフーシャは盗賊の一挙手一投足を逃すことは無かった。
「へぇ〜、貴方達随分頼もしいこと言ってくれるじゃないの。そんなに言うのなら私が直々に力試しさせて頂くわ」
フーシャの声を聞くと興奮していた俺は少し落ち着いた。しかし、そんな中でもフーシャが怒っていることが俺にはすぐに分かった。表情には出さないが声の音程が普段より明らかに低い。
「なんだなんだ?女の方が戦うのか?こりゃ傑作だな!」
「お前先に戦ってこいよ。俺は後からあの女に戦いかってやつを教えてやるからよ!」
「いいのか?俺が前に出るとあの女の服は無くなると思った方がいいぞ?」
好き放題言う盗賊の言葉を、今度は聞き逃さなかった俺は震えていたことなど忘れて盗賊に飛びかかろうとした。
「お前らっ!!」
「駆琉さん待って!」
フレアは咄嗟に前に出ようとした俺の服を掴み止めた。
「なんだフレアさん!俺はあいつらが許せない、離してくれ!」
「違うのよ!フーシャさんをみて!」
一生懸命な彼女の言葉で落ち着いた俺はフーシャの方を見た。
「フーシャ…さん…?」
大きく目を見開いたフーシャは盗賊を睨んでいた。フーシャの体からは、これでもかというほど殺気が溢れ出ていた。
「フーシャ!落ち着いて」
俺は、今にも盗賊を叩き潰そうとするフーシャの腕を掴んだ。鋭い眼光を俺の方に向けると、こんな所を見られて恥ずかしかったのか、そっぽを向いて息を整えた。
「ありがとね駆琉。…それじゃ小手試しに初級爆発魔法〝バースト〟からいこうかしら」
大きく深呼吸をしたフーシャは長い杖を地面に突き刺し、腕を組み仁王立ちすると、こちらを見てにっこり笑った。
「とりあえず暴走はさせておくからね」
「え、ちょっとそれは流石に…」
俺達が盗賊と鉢合った所は広い草原なので多少の爆発で周りに被害が及ぶことはないと思うが、いくら盗賊とは言え人に向かって暴走した爆発魔法を打つのは良くないと思ったが、先程の言動を思えば…とモタモタ考えていたら、フーシャの詠唱は既に終わっていた。初級魔法なので詠唱も短くすぐに打てる利点が裏目に出てしまった。
「軽く3回ぐらい死になさい。すぐに蘇生してあげるわ」
フーシャの冗談とは思えない声と共に発動した魔法は盗賊の立っている地面にヒビを入れた。なんだ?という顔をする盗賊達の少し前方に突如として丸い空気の塊が発生した。少し濁った透明の塊は膨張すると、すぐに爆発した。盗賊達は爆風に巻き込まれ後方へと大きく飛ばされた。爆発の衝撃は俺たちのところまで届いた。風と共に飛んでくる砂や草葉を目に入らないように両腕で防いでいると爆風はすぐにやんだ。盗賊達はどうなったのかと恐る恐る目を開けると、一面緑の草原は盗賊の居た所だけ更地になっていた。空気の塊が浮いていた所は少し地面がえぐれており、爆発の威力の高さを思い知らされた。
これはやり過ぎなのでは…と思いながら俺はフーシャの方を見た。
「大丈夫。致命傷程度に抑えたわ」
微笑みながらさらっと恐ろしいことを口にした。フレアの方を見ると、俺よりも驚いた表情を見せていた。フーシャの規格外の力を知っていた俺は問題ないが、それを知らないフレアは初級魔法でこんな威力が出るなんてありえないと呟いていた。
「私の駆琉に侮辱したんだもん!これぐらい当然よ。さぁ、あいつらの様子でも見に行きましょ!」
足軽に盗賊の方へ向かって行くフーシャを追いかけるように俺とフレアは後を追った。
盗賊は100mほど後方へ飛ばされており仰向けで伸びていた。フーシャは近くに落ちていた木の枝で盗賊の1人の頬をつついた。…反応がない。生きているのか死んでいるのか。俺が脈を確認しようとしゃがむとフーシャは木の枝を捨てた。
「大丈夫、魔力反応はあるわ」
フーシャは木の枝の先端に魔力を込めてつついてたようだ。フーシャの魔力に盗賊の魔力が反応した為、生存していると確認できたようだ。
カバンから通信用の石を取り出したフーシャは、捕まえた盗賊の身柄を頼んでいるようだ。通信を終えるとカバンからロープを取り出し、盗賊3人を縛ると逃げれないように木に縛って俺達はその場から立ち去った。
盗賊など犯罪に手を染めている者を確保して、国に差し出すと報奨金が送られる。通信で国の警備隊に一任すると多少金額は減るがこちらは何もしなくても後日報奨金が送られるシステムになっている。捕らえる者が悪質なほど金額は跳ね上がる。国から指名手配されている者には白金貨数十枚もの懸賞が掛けられるのもあるそうだ。基本そこらの盗賊には懸賞金は掛けておられず、治安を守ったとして報奨金、銀貨数十枚が送られるそうだ。報酬が安定しないので進んで盗賊狩りを職業とするものは少なく、道中で遭遇したら捕まえる程度なので盗賊の数も減らないらしい。大陸も魔王討伐という大きな問題を抱えているので盗賊といった小物を相手にはしていないようだ。
「駆琉!あんなやつらほっといてさっさと行きましょ。」
魔法1発で怒りが落ち着いたのか、いつも通りに戻ったフーシャは笑みを浮かべながら俺の手を引っ張った。
「そういえば、フレアさんは今まで大国に回復薬を持っていったことはあるんですか?」
「3回持っていったのですが、すでに出回っている性能以下の回復薬だったので買い手は付かなかったです。でも、今回は半年かけて改良を重ねた新作なので自身はあります!」
半年も経つと国に出回っている回復薬の性能も変わっていると思うけど…と思ったが、目を輝かせながら自信満々に拳を握るフレアに俺は何も言えなかった。
北の大国は分かっていたが、徒歩だと1日では到着出来なかった。日が暮れると道中の村の宿に泊まり、日が昇ると出発を繰り返し、3日かけて北の大国に到着した。村の周りは商人は少なく、魔物などちらほら見かけたが、北の大国に近づくに連れて草原を荷馬車で移動する商人の数は明らかに増え、魔物や盗賊など不審な輩を見かけることはなくなった。村付近とは一変した風景を眺めながら3人で会話していると大きな砦に囲まれた国が出てきた。
俺は入口が分からずにきょろきょろしているとフレアが入口を案内してくれた。入口には商人や旅人が列になっていて検査を受けていた。ここで検査に引っかかり国に入れないと追い返されるらしい。酷い人は牢に入れられる者もいるそうだ。フレアは毎回通れるので問題は無いだろう。俺もフーシャも不審な物は持っていないので安心して入れると思った。数十分待っていると俺たちの番が回ってきた。村の門番とは違って綺麗な鎧を着た騎士と、魔術師が2人で検査をする。
「ようこそ北の大国〝ムスプルヘイム〟へ。本日のご要件は?」
「新作の回復薬が出来たのでそれを鑑定して頂こうと来ました」
フレアがカバンから赤い回復薬を取り出すと魔術師が近づいてきた。
「…大丈夫ね。危険はないわ。それでは荷物の検査をさせて頂きます」
手馴れた様子で騎士と魔術師は俺達3人の荷物をチェックし始めた。フレアのカバンの中は回復薬と道中で拾った薬草などの類が入っていたが問題はなかった為終了した。しかし、俺とフーシャのカバンは冒険者特有のマジックバッグと言われる異空間に繋がるカバンの為中身の確認が出来なかった。
「ここら辺では見かけない顔ですね。2人は冒険者のようですが、この国にはどういったご要件で?」
「デボラの街からやって来ました。今日は観光のためにこの国に訪れました。」
俺は聞かれた質問に率直に答えた。どうやら怪しな冒険者として俺とフーシャは少し疑われているようだ。騎士と魔術師は後方のカウンターに設置している目覚まし時計のような物を見ていた。特に何も起きなかった為、騎士は俺とフーシャに中に入ったら先ずは城内の受付に向かうように指示をして黄色い首飾りを渡してきた。
「城内にいくと、マジックバッグの中に危険物が入っていないか鑑定できる魔術師が居るから先にそちらに向かってほしい。その首飾りには発信機が仕掛けてあるから城内以外に行くと警備のものが駆けつけてくるから気をつけてくれ。ちなみに壊したり、捨てたりしても同様だ。そこの回復薬の彼女は…1人になるが大丈夫か?」
「中に入れば安心なので私は1人でも大丈夫です」
「えぇ、私達も問題ないわ」
話が終わると3人は門をくぐり国に入った。ここ最近、村しか立ち寄っていなかった為、その光景に足が止まった。とにかく人の量が多い。建物は土地を余すことなく建てられており、騎士から入る時に貰った地図を見ると、この国に無い店はあるのだろうかと思えるほど密集していた。国の領土はとても広く中央には一目でわかるほど大きな城がそびえ立っている。その城を囲うように城下町があり、領土の境界を大きな砦で囲っている。まさに城塞都市そのものだ。
「それでは駆琉さん、フーシャさん、ここまで護衛ありがとうございました。心ばかりのお礼ですが受け取ってください」
俺はフレアから銀貨20枚を受け取ると彼女は目的地へ慣れた足取りで真っ直ぐ歩いていった。




