第3-9話 告白
「え!? ふぇ!!?」
俺の爆弾発言にローズはひどく狼狽えた。だが、俺の手をとったまま狼狽えるものなので、上に振ったり左に振ったりと自由に動かすもんだから関節が外れそうになって普通に痛い。勘弁してくれ。
「いや、まあ、知ってたぜ?」
だが、ロイと名乗った男は平然と流した。何なんだよコイツ。やれやれ系主人公みたいな雰囲気だしやがって。もうちょっと驚かんかい……。と、思ったより驚かなかったことにいちゃもんを付ける俺。
まったくもって理不尽なツッコミだと思うので流石に胸中にとどめて消した。
「なっ。し、知っていて連れてきたのかっ!?」
「そりゃあ、ねえ」
ローズの明らかに震えた声に、ロイが返す。
「だってマコトはこっちの世界で現れて、わずか数日で王都に来てる。王都にやって来たあとは王城で過ごしてて、その間に王城に入ってきた奴の顔は俺が全部覚えてる。コイツの顔には見覚えがなかった。つまり、王城に確保される数日の間に能力を奪ったものだと思うが、“稀人殺し”の噂は『ファウテルの街』から流れてきた。数日間で『ファウテルの街』から王都までやって来るのは不可能だ。んで、ソイツはマコトに能力を奪われている。なら、ここまでの流れから考えると能力を奪ったのはマコトがこっちの世界にやって来る前、ということになる。どうだ。俺の推理は。あたってるか?」
「あ。ああ」
ほぼ100%当たっている。……ここまでの情報でここまで当てられるものなのか。
「んで。お前をここに連れてきたのは、まず勧誘。つまりは姫様にお前を会わせることが一つ」
「『組織』への勧誘……か」
「そうだ。これからも協力して欲しいという話。そして、もう一つ。この件、俺たちは協力できない」
「……は?」
じゃあ今までの話なんだったんだよ。
「まあ、待て。お前の気持ちも良く分かる。ユツキ、お前の考えはどうせ『協力もしねーのに、何が“稀人”を殺す『組織』だ。アホじゃねえのか』……みたいなところだろう」
「ああ。一字一句同じだ」
「ここは私が説明しよう」
俺が首肯すると、ロイを押し切ってローズが口を開いた。
「私たちの『組織』はひどく弱い。ユツキ、と言ったな。お主もよく知っているようにこの『組織』にはここにいる私たちの3人しかいないわけだ。そんな中で世界の常識に立ち向かっていくのは……勝ち目のない戦いになる」
「まあ、そりゃ……」
風車に向かっていくドン・キホーテのようなものだろうか。あの話、あそこしか知らないから知ったかぶりかも知れないが。
「我々はなんとしてでも勝たねばならぬ。子供のままごとでは無いのだ。少年の妄想の組織であってはならないのだ。確実に、着実に、絶対に、この世界に蔓延る“稀人”たちを殺さねばならない」
「……」
ローズの目に力が灯る。
また、あの目だ。飲み込まれるような強い決意の瞳。自ら決めた道を、必ず極めるという狂気にも満ちた、あの眼だ。
「だから、まだ私たちはお主に力を貸すことが出来ない。もし、我らの存在がバレれば間違いなく私は王に殺される」
「俺がなんとかしますぜ。お姫様」
ロイが肩をすくめる。
「お主の力を早々出せるか。お主はこちらの世界の人間でありながら……唯一、“稀人”を殺せる人間だ。失えん」
「へぇ。さいですか」
「ユツキ。勿論、お主もだ。“稀人”でありながら“稀人”を殺そうとする人間もそう居ない。同郷の人間だからな。やはり、人間ならそこらで良心の呵責が働く。だが、お前は殺そうとした。お主ら2人は『組織』にとって重要だ」
「いや、別に俺は“稀人”だったら誰でも殺すってわけじゃないんだけど……」
と、俺は言ったがローズは無視。
「さて、話を戻そう。そんな貴重な戦力がたった2人しかいないこの『組織』で、私たちがお主の手を助けたことが国王にバレた時のことを考えてくれ」
「……ああ」
全てを言われないと理解できないほど俺は馬鹿じゃない。それによってもたらされる影響を考えたら、二人に協力の強要は出来ない。
バレた時の最善は俺一人が処刑されること。……だが、俺は死なない。何かしらの方法で無力化されて、投獄されるだろう。これが、最善。最悪なのは彼らの協力がバレ、『組織』そのものが壊滅してしまうこと……と、彼らは考えている。
それは、この世界の人間とっても最悪……なのだろう。彼らの言い分を踏まえれば。
だから、万が一を考えて協力は出来ない。協力しなければ、例え俺が捕まって彼らのことを吐いたところで王女の妄言で終わる。俺が嘘をついたところで、魔法を使えばバレてしまう。
「……私がお主に出来るのは遠く離れた“稀人”のみ。……あれだけ、大義を言っておいて、力になれないことを……不甲斐ない、とは思うのだ。本当に、すまない。だが、やはり王の膝元にいる“稀人”を殺すことに……力は貸せない。ロイがここにいて、実行できていないのはそれが理由なのだ」
「……ああ」
「だから……心苦しいがこれはテストだと思ってくれ。他の“稀人”も、マコトと同じように王家の膝元にいることは少なくない。だから、これはそのテストなのだと」
「……まあ」
適当なことを言ってくれるものである。
だが、まあ……ぶっちゃけそこら辺はどうでも良い話だ。彼らに力を貸されようが、貸されまいが、俺は絶対にマコトを殺す。
俺がこうなった原因を作ったアイツを許すことなどどうして出来よう。
必ず、殺す。
「では、何も出来なくても申し訳ないが、今日はここで解散としよう。また来週、この場所で会おう。ロイ、ユツキを送って言ってくれ」
「へいへい。帰るか。ユツキ」
というわけでお開きになった。俺は入ってきた場所に身体を滑り込ませて秘密通路に落ちると、同じようにして地下通路まで戻り、王城の外へと向かう。
「……随分と」
「うん?」
俺の問いかけに、前を歩いていたロイが振り向いて来た。
「随分と、信頼されてるんだな。アンタは」
「俺がか?」
「ああ。アンタはあの姫様の何なんだ?」
「気になるか?」
「まあ、それなりには」
近衛兵とかだろうか? いや、それにしては信頼の寄せ方が少し厚いように思われる。
「……そうだな。ユツキは、“稀人”だからこっちの世界のことはそう詳しくない。だから、俺のことは知らねえと思うが……」
ロイの声には迷いが見えた。まるで、喋るかどうかを悩んでいるかのような……。
「…………」
「数年前、『大戦』があった。俺は、そこで死んだ者」
「……?」
「あー。いや、“稀人”であるユツキに隠したって仕方が無いか」
ふと、ロイはそう言って。
「俺は“勇者”だ」
そう、言った。