第3-4話 異食
さて、無事に宿を確保できた俺たちだったが。
「どうやって王城に入ろうか……」
目下の悩みはそれである。いや、別に俺一人だけなら何も問題無い。『暗殺術』で隠れて、城へとつながる大きな門が開くのを門の前で今か今かと待ち続ければ良いだけなのだから。
だが、それでは解決しないことがある。城の中で俺の存在がバレた場合だ。箒なしで空を飛べるようになった俺なら問題なく抜けられる……とはいかないのだ。理由は王都に入るときに使ったソフィア先生の教職免許。
この世界で空を飛べるのはドラゴンと魔術国家の連中くらいである。そして、魔術国家の連中はそう簡単に降りてこない。だから、王都にいるのもソフィア先生くらいのものだろう。そうなると、真っ先に容疑者としてソフィア先生が上がってしまう。
「誰か王城に案内してくんねぇかなぁ」
「そんな都合よくいったら誰も困らないわよ」
「だよなぁ……」
魔術国家では、ユウが無茶苦茶な政治改革を行ったため貴族の中に不満が募っていた。それがシェリーという形で姿を現わしたのだ。だが、今回の場合は別。何しろマコトは大きな改革はしていない。ただ、王城にいるだけである。
しかも、困ったことに本当に王城にいるだけなのだ。
ナノハのように英雄譚を描こうとするわけでもなく、
ユウのように歴史を変えて名前を残そうとするわけでもなく、
アイのように国に居座り、重鎮となろうとしているわけでもない。
王城の中に客人としているだけである。
「ヒナ。何かないか? マコトに近づく方法とか」
「……無い事も、無いよ」
「マジか」
「うん。でも……大変」
「その方法を教えてくれ」
「えっとね。マコトは……優秀な人が、いたら、呼び寄せるの」
「そうなのか」
「うん。それで、呼び寄せた、相手の力を、奪う」
「……なるほど」
「私は、それに、引っかかったの……」
ぽつりぽつりとマコトの手口を教えてくれるヒナ。
「……それって、噂に……ならないの?」
「噂?」
ステラが不思議そうに尋ねた。
「……だって、人の、能力を……奪う、んでしょう?」
「うん」
「だったら……話題に、なると……思うん……だけど……」
「そこら辺は、マコトが、上手いんだと、思うよ」
「……どういうこと?」
「ちょうど、良い相手を……狙ってる。消えても、話題にならない……でも、優秀な、人を」
「…………なる、ほど」
いや。いうほど、なるほどってなるか?
……という俺の心の中の突っ込みはおいておいて、それが事実だとしたらマコトは相当上手く立ち回っているのだと思う。
「でも、噂は止めらない。奪う人が……多ければ、多いほど絶対に、噂が立つ」
ステラは俺たちに向かってそう言う。確かにその通りだ。俺はステラの言葉に頷いた。例えばヒナのように能力を奪われて奴隷として捨てたとしても、能力を奪って殺していたとしても王城に入るには衛兵の許可がいる。
つまり、どこかで人の目には触れている。
なら、能力を奪っているという噂が立ってもおかしくない。だが、まだそういった類の噂話は立っていない。少なくとも、俺たちは耳にしていない。なら、マコトはまだそこまで能力を奪っていないということになるのだろうか?
《黙らせる能力を持ってるのかも知れないわ》
(……ヒナが喋ってるからその可能性は低いだろ)
《能力の解除条件が、マコトの能力を話題として振られることだったら?》
(…………)
それなら、確かに合点がいく。人に特定の条件で黙らせる……という能力があるのかはさておいて、天使ちゃんの言っている条件ならマコトの噂話が立たないことと、ヒナがこうして能力について喋れることの両方に説得力を持たせることが出来る。
出来たところでそれが正しいのかという保証は無いのだけれど。
「まあ、1日、2日で答えが出るようなもんでもないでしょ! それよりもご飯にしない?」
「……そうだな」
ユノの言う通りだ。魔術国家に居た時だって一週間、二週間以上かけてユウの動向をつかんだのだ。俺は奴らを暗殺……というか、思いっきり往来のど真ん中で人をぶっ殺したわけだが、それで気がはやっていたのかもしれない。
俺はそっと深呼吸をする。
ハヤトさんに言われたではないか。自分にあった戦い方をしろ、と。俺の戦い方は電撃戦ではない。静かに時を待つ、静の戦いだ。
「王都なら上手い飯でもあるかね」
「“稀人”の料理が食べれるらしいわよ」
「ま?」
「マジよ。行ってみる?」
「ありだな。……って、誰に聞いたんだ?」
「インダスタルの酒場で教えてもらったわ」
この食いしん坊め……。
というわけで、一同揃って酒場に向かうことにした。日が沈みそうになる中、大通りを歩いていて思うが、やはりここも人の数が多い。『ファウテルの街』もそれなりの人間だったが、ここもそれなりの人がいる。流石に東京ほどではないが……。
「ここよ!」
そう言って連れてこられた店は、繁盛店なのか中は多くの人で込み合っていた。外には丼の看板と、でかでかとカタカナで『ラーメン』と書いてある。
「ラーメンじゃん!」
「わっ。ほんとだ」
俺とヒナは驚愕……というか感嘆? 久しぶりに日本チックなものを見て、感動を覚える。
「十年前まで“稀人”がお店をやっていたんですって。でも、初代大将が引退して、いまは弟子が作ってるらしいわ」
「詳しいな」
「受け売りよ。さ、食べましょう」
というわけで中に入る。店の中には涙が出るくらい懐かしい豚骨ラーメンの匂いが。
「あー。すっげえ良い匂いだ……」
「私、ラーメン食べたこと無いの。おいしい?」
「……マジで?」
日本出身というのに、ヒナがぽつりと漏らした。
「うん。私、ちゃんとご飯食べさせてもらえなかったから……」
「まあ、俺も十年くらい言ってないけど……旨いぞ」
さらっとブラックな話を繰り広げる俺たち。
父さんと母さんが離婚する前に、父さんがよく黙って連れてきてくれてたのだ。懐かしいなあ。
さて、家庭環境ブラック組をさておいてこっちの世界の連中が一足先に座敷に案内されて座る。中はラーメン屋というよりも中華屋と言ったほうが良い感じだった。メニューも炒飯や餃子だけじゃなくて、中華っぽい料理が並んでいるし。
「さ、二人とも座って座って」
店の中は俺たちのような一般人も居れば冒険者連中もいる上に、仕事帰りなのか制服を着た衛兵たちも居た。大盛況だな。
席に座って感動したのはなんと席にそれぞれメニューが置いてあるのである。こっちの世界はカウンターに木の板でメニューが貼ってあるだけだったので、こうして日本っぽいものを見ると本当に“稀人”が建てた店なんだろうということが伝わってきた。
「メニューから全然料理が想像つかないわね」
「まあ、向こうの料理だしな」
しかし俺たちには慣れ親しんだ食事である。
ま、俺は十年は食べてないんですけどねっ!
《ブラックネタはつまらないわよ》
(……はい)
天使ちゃんに冷静に突っ込まれてしまった。今度からは控えよう。ちらりと隣に座ったヒナをみるとキラキラした目でメニューを眺めていた。
「ね、ね。何でも食べて良いの? 何でも注文していいの?」
「ああ。良いぞ」
オリオンを倒した報酬金は有り余ってる。
「水だけじゃないんだよね? ほんとに頼んでいいんだよね?」
「ああ。勿論」
「じゃあ、これにする!」
そう言ってヒナが指したのは、何でもない普通のラーメンだった。
「じゃあ、俺もそうしようかな」
各々の注文が決まって、運ばれてきたのは日本だったらどこでも食べられるような普通のラーメンで。
涙がでるくらい、美味かった。




