第2-9話 魔術
「魔術国家は大きな学校なんです」
「学校?」
空を飛びながら魔術国家の説明を受けていた俺は、それを疑問に思って尋ね返した。
「はい。魔法を研究する大きな学校です。だから、この街にいる人の9割は学校関係者なんです」
「へー。そうなんだ」
浮遊都市、というくらいだからなんかカッコイイ展開を期待していたが、あいにくとそういうものもないらしい。
「というか、何で魔術国家って空に浮かんでるの?」
「魔術を研究するため……って習いました」
「研究するため?」
「はい。ユツキさんは、魔術って何だと思います?」
「ええー。難しいな。魔術ってなんなの?」
俺の簡単な疑問に、シェリーはとても難しい顔をして答えた。
「魔術ってのは、万能なんです。何でも出来るんです。だから、その分いろんな国々が狙う」
「万能……ってのは。何でも出来るのか?」
「はい。出来ます。言ってしまえば世界だって作れるんです」
そんな馬鹿な話があるか、と思ったがシェリーの顔はマジの顔だ。
……マジなの?
「そんな万能なものを国が研究すると……どうなると思いますか?」
「独り占めするのか?」
「それなら良いんですけどね」
そう言ってシェリーは微笑んだ。
「戦争に使うんです」
ああ……。
それは、素直に納得出来た。世界が変わっても、人間というのは変わらないということだろう。
俺は戦争を肯定するつもりはないが、戦争は技術を発展させる。それは紛れもない事実だ。それはつまり、国が本腰を入れてその技術の研究開発を行うからである。他国を潰す、その大義名分の下に国々は文明を進める。
「ユツキさんは“稀人”ですから詳しくは知らないと思うんですが、私たちは6年前まで苦しい戦争の中にいました。人と人の戦いではなく、人とモンスターの戦いです。あの時、魔法は一気に発展しました。より少ない魔力で多くの命を奪えるように……」
シェリーの声がワントーン低くなる。
……『大戦』。
俺はその話を詳しく知らない。誰も教えてくれないのだ。まるでその話そのものがタブーになっているかのように、誰も俺に教えてくれない。知っているのは『魔神』と呼ばれる化け物がこの世界にモンスターを大量に持ってきた……ということだけだ。
「あの時代は……何でも許されました。勝つために、生き残るために。ねえ、ユツキさん。ユツキさんは地獄を見たことがありますか」
「……地獄?」
シェリーは語る。
「『魔王』がやって来たんです。昔、私たちが住んでいたところに」
『魔王』……? 『魔神』じゃないのか?
「凄いものでした、あれは。ねえ、ユツキさん。ユツキさんは、見たことありますか? 母親が、子供を殺すんです。助からないから。せめて楽に逝けるように、自分の子供を殺すんです。絶望のあまり、自分の目を抉る人がいるんです。地獄を見たく無くて、耳をちぎって目を抉るんです。知っていますか? どれだけ、力を合わせても勝てない存在ってのはいるんです。街の英雄が挑んで、その希望を粉々に砕かれる地獄を知っていますか?」
「……俺は」
「私は知ってますよ。ユツキさんは、そんな中でも諦めないことを」
そう言ってほほ笑むシェリーの顔は、とても大人びて見えた。
「そんな絶望に対抗するために、何でもやったんです。魔法の改良、人種の改良。兵器の効率化……どうしようもなくなって、“稀人”を大量に呼び出した国もありました。そして6年前に全てが終わって、人々は気がついたんです。いつか、自分たちは他の国々に同じことをするだろうって」
「だから、浮かせたのか」
「はい。魔術国家はどこの国にも属さず、この空を浮かび続けます。そして、落ろしても良いと思った魔法を下の世界に伝えるんです」
「飛行魔法は、魔術国家のオリジナルだって言ってたのは……」
「まだ駄目だって思われてるんでしょう。下の国にはまだ早すぎると」
確かに戦争は進めば進むほど、高次元化していく。俺がいた世界だとミサイルなどが主な火力になるが、こっちの世界の文明力ではそこまで高度な火力は無いのだろう。
だが、飛行魔法があれば空からの一方的な攻撃を仕掛けることが出来る。
確かに、それは伝えられないだろう。
「そういうわけで空に浮いているんです」
「って、何でこんな話になったんだっけ?」
「え? 何ででしたっけ……。ああ、魔術国家が学校だって話をしてからですよ」
「ああ、それだ。それで、どれが学校なんだ?」
「あそこです」
シェリーがまっすぐ指をさすと、そこには天に届かんとする大きな塔があった。
「あれが学校です」
「でっかいな」
「あの、明日からユツキさんもあそこに通います」
「……初耳なんだけど」
「あの、当たり前すぎて普通に忘れてました」
……勘弁してくれよ。
「でも、どっちにしろユツキさんは学校に通いたがってたと思いますよ?」
「うん? 何で?」
「あそこにいるんです」
空を飛びながら、シェリーは声を潜める。
「誰が?」
「“神の眼”のユウ」
その言葉は、嫌に俺の耳に残った。