第31話 化け物
視界が揺れる。どうしようもなく、揺れる。そんな中で俺は『原初の古狼』の身体から取り出した“魔核”を見た。とても澄んだ綺麗な結晶。俺にはそう見えた。
俺が『原初の古狼』を殺した瞬間に、ナノハがガクン! と膝を折った。
「……くーちゃん……?」
そして、ナノハは俺には気が付かず眠ったように死んだ『原初の古狼』の身体に手を触れた。
「嘘……。どうして……くーちゃんが……。何で……っ!!」
『侵魔の腕』というスキルは生き物の身体の中に手を入れることが出来るスキルだ。だからどれだけ身体が頑丈でも、どれだけ防御力が高くても、臓器といういっさいの強化が出来ないものが全て弱点となる。
「いるんでしょ!! 出て来てッ!」
ナノハは半狂乱になりながらそう叫んだ。だから、俺は『暗殺術』スキルを解除した。
「……お前が、くーちゃんを殺したの!?」
「ああ。そうだ」
「ふ、ふざけないでっ!! おばあちゃんを殺して、くーちゃんを殺して。私に一体なんの恨みがあるって言うの!!」
「……はっ」
俺は鼻で笑って仮面を取った。ナノハは闇に紛れる俺の素顔を良く見て、それを記憶の中で合致する顔を見つけ出したのだろう。俺を見る目がどんどんと大きく見開かれた。
「…………ッ! 嘘……嘘っ……!! 生きてるはずがないッ!!!」
「ああ。だろうな」
「【創造魔法】を与えられたんだから『最果て』に出るはずなのにッ!!」
「よく知ってるな。この世界のことを」
俺は仮面をかぶると『暗殺術』を発動。『隠密』の上位互換であるこのスキルを使うと、俺の身体は自分で自分の姿が分からなくなるほど世界に溶け込む。
それは圧倒的な没入感。面白い映画を見た時、自分という存在を気が付けば忘れているような自己の希釈で持って、ナノハの目から逃れた。
「おーくん! いつまでスライムと遊んでるのッ!! 『戻って』」
『む? 良いのか、ここで戻っても』
「くーちゃんが殺された!! 相手は『最果て』からスキル無しで生還してる化け物だと思って!! みーくん! 来てッ!!!」
天に複雑な魔法陣が描かれると、そこから鳥とも竜ともつかないモンスターが飛び出してきた。そのモンスターは低空飛行でナノハを捉えるとそのまま飛び上がった。
「あれは……」
ワイバーンよ――。
天使ちゃんは短く、そう言った。
『随分と主がやる気を出しておる』
そう言って、オリオンが吠えた。次の瞬間、2mだったオリオンの身体が凄まじい速度で大きくなっていく。いや、違う。戻っていくッ!!!
「ユツキ、僕に掴まれッ! 飛ぶぞッ!!!」
ステラの叫び声を聞いて、俺は全力疾走。ステラの身体を掴むと、ステラは俺が落ちないように身体を縛り付けると同時に地面を蹴った。どういう理屈で飛び上がったのかはさっぱり分からないが、まだ低空にいた黒竜オリオンに掴まった。
「オリオン! やめてくれ! ここで戦わないでくれ!!」
遠く離れた地面からノフェスの悲痛な声が聞こえる。
『主に言うことだ。我はただ命令に従うのみよ』
オリオンはそう言うと、大きく羽を羽ばたかせた。俺達が背中に乗っていることに気が付いていないのか……? オリオンは闇夜に溶け込むように空に浮かぶ。そして、その周りをワイバーンにのったナノハが宙を舞った。
「おーくん! 見える!?」
『……敵は『隠密』スキルを持っているのか?』
「分かんない! 私が知ってる限り、アイツは何のスキルも持ってないはず……。だけど、アイツも“稀人”。何をしてくるか、分からないよ!」
『くかかッ。規格外同士の戦いか。いかに古狼といえども、埒外の化け物には勝てないか』
「……くーちゃんの恨み。絶対に晴らすから」
ナノハはそれだけ言って再び旋回活動を取り始めた。
「……ユツキ」
「なんだ」
「僕が……君を、あのワイバーンに向かって投げ飛ばす……。そこで、君はあの“稀人”を殺せるか」
俺は間髪入れずに答えた。
「…………ああ。殺す」
「……なら、こっちは僕に任せろ。僕は……“星”。この名にかけて……“輝ける”オリオンを討つ」
「任せていいのか」
何も持っていない男が、“稀人”を殺すと言った。
それを信じたスライムは竜を殺すという。
「任せろ」
なら、それを信じるのが……仲間だ。
「やってくれッ!」
「往けッ!!」
ステラの身体が膨張。ホバリングしているナノハに狙いをつけて、俺の身体を撃った。
ズドォォォォオオオンンッッツツ!!!!
音を置き去りにして飛び去った俺の腕が射線上にあるナノハの頭を掴む。
「……ッ!」
「落ちろォっ!!」
そして、そのまま勢いを殺すことなくナノハの身体がワイバーンから落ちた。当然、俺だって落ちても助かる高さじゃない。けどッ!!
ピィーッ!!!
鳥の歌にも似た鳴き声と共に、ワイバーンが地面に激突するギリギリで俺とステラをかっさらったッ!!!
「それは、知ってんだよッ!!」
俺の拳がナノハの身体に飲み込まれる。手を開くと臓器がそこにある。それを引き抜く。何かは分からない。見ても血だらけで何を掴んだのかは分からなかった。
「よくも俺を殺してくれたなッ!!」
「くーちゃんを殺しておいてッ!!」
ナノハの無茶苦茶な拳が俺の腕に当たった。人並み外れた馬鹿力が、俺の腕をちぎり飛ばした。
「好き勝手やりやがってッ!!」
だが、瞬きする間に俺の腕が治り始めた。
何だこれ! 何かのスキルなのかッ!?
「おーくん! 私ごと撃って!!!」
『了解した』
次の瞬間、天が煌めいた。“輝ける”オリオン、その覇息が俺の胴体を貫いたッ!!
だが当然、竜のブレスがそれで止まるわけがない。そのまま民家に直撃すると、5つの家を粉々に砕いて爆発させた。
「死んでよッ!」
「死ねる、か……よッ!!」
再び俺の身体が再生開始。地獄のような痛みと共に、ドラゴンのブレスで焼き付いた胴体が逆再生のビデオのように肉で溢れ筋肉で包み、そして完全に再生したッ!!!
「死ぬのは、お前だッ!!!」
俺は叫ぶようにそう言って、伸ばした手がナノハの臓器を掴んだ。こいつは防御力が高すぎるッ! だが、身体の中は弱いッ!!!
「返せよッ! 俺のスキルをッ!!」
「これは、私のよ!!!」
俺はそのまま何かの臓器を握り潰した。ナノハが喀血する。
チャンスっ! 俺は再びナノハの身体を捕まえて地面にダイブ。
「何をッ!」
「俺は死なねえ。お前は、どうだ」
ガッ!!!!
凄まじい激突音。ナノハの頭を遥か20m上から地面に叩きつけた。だが、当然俺の足も無事じゃすまない。複雑骨折でボロボロになるが、それもまた復元していく。
……何が起きてるんだ俺の身体は?
【理を外れた者】のおかげよ――。
そっと耳元で天使ちゃんが囁いた。
なるほど、治癒能力を跳ね上げるようなスキルだろうか。
そうなら、無茶が効く。
「いったぁ……。もう許さないよッ!」
「俺もお前を許そうと思ったことは無いぜ」
遥か高所からの落下であるというのに、ナノハは無傷で起き上がった。完全なる人外。これこそが“稀人”の真価であろうか。それとも【使役者】の極致だろうか。
だが、それが何だというのか。
俺も“稀人”なのだ。
こんな所で負けるわけにはいかないだろうがッ!!
「おーくん! ぶっ放して!!」
「ステラッ!!」
俺とナノハの慟哭はほぼ同時。黒竜オリオンは俺に向かって覇息を撃とうとしたが、その横っ面をステラが殴りつけた。オリオンの覇息は大きく逸れて、街の西側に直撃。爆発した。
その音を聞きつけた街の人間たちが顔を出し、黒竜の姿に気が付いて街全体が悲鳴を上げた。
「……お前、この街の英雄だったよな」
「それが?」
「正体バレてんぜ」
「そうだね。けど関係ないよ。この街が駄目でも、次がある。この世界じゃ情報の伝達速度が遅い。隣の『帝国』にでも潜り込めば、私はまた英雄になれる」
「英雄になりたいのか?」
「うん。そう、だからこの世界に来た」
「はッ。そんなことのために死んで、こんな世界に来たのか? 狂ってるな」
「狂ってるのはあなたもでしょ? たかがスキルの1つや2つ盗られたくらいで人を殺すだなんて狂ってるわ」
「盗られたのはスキルじゃねえよ。俺の、希望だ」
俺の言葉に、ナノハは笑い始めた。
「前の世界の負け犬が、こっちの世界に来て『希望』を手に入れられるとでも思ってたの? もしかしてあの天使の話を真に受けちゃったわけ? あなた、面白いね。どの世界でも、勝者には勝つ理由がある。世界が変わったってどうしようも無いんだよ」
「そうかな? 俺はそうは思わねえぜ」
折れたナイフを構える。注意をそらさないと『隠密』スキル――改め『暗殺術』スキルによる隠密は効果を万全に発揮できない。
「周りが変われば自分が変わる。俺はそれをこっちの世界で知ったんだ」
「ううん。違うよ、自分が変われば周りが変わるの。それが分かんないから、君はここで負ける」
正面戦闘じゃ勝ち目はない。いや、勝ち目はなかった。
だが、再生し続けるこの身体なら。
「……おォっ!!」
俺は地面を蹴った。ナノハは俺の怒声にビビったのか、身体を固めたまま動かない。俺はナノハの顔を思いっきり殴り飛ばす。『侵魔の腕』は使わない。アレは結構神経を使う技なんだ。
ナノハは俺に殴られた後、1歩下がってたたらを踏むとキッ、と俺の方を睨んできた。そして、腕を振るう。その腕に直撃した俺の身体はトラックにでも引かれたかのように遥か後方に弾き飛ばされた。
ぐん、と重力が俺の身体を手放して背中に建物が激突。壁を粉々に砕いて、俺の身体が建物の中に飛び込んだっ!!
俺の背骨が折れて、右腕がどっかにちぎれて飛んでいってしまっていた。だが、【理を外れた者】スキルによって修復される。
「だっ、誰?」
俺が飛び込んだ建物は宿だったらしい。突っ込んだ先で声がした。
「……ユノ?」
そこには見知った顔があって。
「へ? ユツキ?」
だが彼女の頭には猫のような耳が生えていた。