第19話 高い買い物
「変な筋肉のつき方、してるね」
ぽつり、と俺の立ち姿をみてリタさんがそう言った。
「そうですか?」
「うん。必要最低限……。かろうじて動けるだけの筋肉……。だから、細い……」
「ほ、細い……」
まあ確かに栄養失調だったし……。筋トレとかしたことないから細いのは否定しないけど……。男の子に向かって細いってさ。傷ついちゃうよ?
「スキルでカバーすることを前提に身体を作ってるの……かな? 危ないから、やめた方がいいよ」
「ま、マジですか……」
『身軽』があるし、身体鍛えなくても良いかなーって考えたのがバレとるやないけ!
「やっぱ鍛えた方が良いですか?」
「うん。筋肉は、裏切らない……」
「おお……」
リタさんは熱くそう言い切った。
流石は強いと言われるだけはある。
「でも、あなたは……私と、同じ匂いがする……。今は実戦を積むのが、1番」
「今は?」
「身体を、動かさないと、必要な筋肉がわからないでしょ? だから、実戦を積む方が良い」
「なるほど」
万理ある。
ナノハのことを調べれば調べるほど今の自分では勝てないことがよくわかるから、そろそろトレーニングをした方が良いと思っていたころだったが、リタさんの話を聞くとそうじゃないということか。我流でやるにも限界があるし、どっかに師匠とかいねえかなぁ。
「そいや、何でレイはここにいるんだ?」
「姉さんに武器を選んでもらおうと思ってね」
「武器?」
「ああ。村に時々魔物が出るからさ。ボクの剣も結構歳だし、そろそろ新調しようと思って」
「……妹への、プレゼント」
「なるほど。プレゼント」
こっちの世界にもプレゼント文化はあるのか。
「ユツキも武器?」
「ああ。ぶっ壊れたんだ」
「壊れた? 武器が? なんでまた」
「オークの背中に突き刺したら、バキッとね……」
俺がそういうと、レイとリタさんは互いに顔を見合わせてそしてまたこちらを向いた。
「オークの背中に短剣を刺したってどういう状況なの?」
「ステラがタゲ取るだろ。俺が後ろから近づくだろ? 刺すだろ? 砕けたんだよ」
「……命知らずだなぁ。君は」
「え、そうかな」
「普通、オークは遠距離、攻撃で弱らせて……近づく」
「まじですか」
「うん。じゃないと、危ないから」
「ほ、ほー……」
た、確かに言われてみればあんな筋肉だるまに近づく方がどうかしているのか。でも気がつかなければいいんじゃない……? と思ったけど、あんなふざけたことができるのは『隠密』スキルがあるからなのか。俺も弓とか買おうかなぁ……。
「ユツキは、魔法とか、使わないの?」
「魔法?」
「あーっと、姉さん。ユツキは田舎の出身でね。魔法使いがいない村から出てきたんだ」
「魔法使いが、いない? そんな村も、あるの……?」
「みんな街に出たと言っていたよ。ね? ユツキ」
俺のことを“稀人”と言わないでくれとレイには言っていたので口裏を合わせてくれる。優しい。
「あ、ああ。そうなんだよ。おかげでこの街に来るまで魔法って存在を知らなくて……」
「魔法を、知らない。大変、ね」
「そ、そうですか……?」
「魔法使いギルドに、紹介、しようか……?」
「え、ギルドの掛け持ちとかってできるの?」
「うん。魔法使い、ギルドは……学校……みたいな、ところだから……」
「姉さん。あそこの学費は高いだろう?」
リタさんが淡々と喋る横でレイが冷静にツッコミを入れた。
「学費ってどれくらいするの?」
「月に金貨15枚だよ」
「アホじゃん……」
俺がオーク倒して金貨2枚に届かないのよ? 一ヶ月の学費を賄おうと思ったらオークを8体も狩らないといけないってことになる。そんなお金はなーい! っていうか、狩人として仕事しながら魔法使いとしても勉強するとか過労でぶっ倒れちゃうよ。
「魔法使いギルドは……貴族の、子供とかが、通うから……」
「へー。じゃあ、メル……様も?」
俺がそういうとリタさんは首を横に振った。
「メル様には、魔法使いの才能がないから」
「そ、そうですか……」
あいつ不憫だなぁ……。
「旦那! 武器はどうしますか?」
俺がリタさんと喋っていたら、痺れを切らしたのか丁稚の少年がそう尋ねてきた。
「見せてもらうよ」
「ユツキの、武器……選ぼうか?」
「え? 良いんですか?」
俺が少年に武器を見せてもらおうと思っていると、リタさんがそう言ってくれた。ファウテル家の中でも強いと名高いリタさんに武器を選んでもらえるとかツイてるな、俺。
「うん。妹が、お世話になってるし……」
「そ、そうですか……」
とても妹さんにお世話になってるとは言えない状況だ。
「君の体格だと、大きさは、これくらいかな」
そう言ってリタさんは展示してある中から狩猟用のナイフをさっと取り上げた。刃渡りは35cmほど。俺がこの間まで常用していたゴブリンのナイフと比べるとちょっと大きいなって感じだ。
「持ってみて」
そう言ってリタさんから手渡される。ぱっと持ってみた感じ、見た目よりも軽いと感じた。
「どう?」
「軽いですね」
「頼り甲斐はある?」
「いや、ちょっと……」
「そう……。じゃあ、こっちは?」
そう言ってリタさんから手渡されたのは、紅く煌くナイフだった。なんじゃこの色。何か塗料を塗ってるのか?
「熱いから、気をつけて」
へ?
リタさんから受け取ると、持ち手の部分がわずかにじんわりと温かい。
「なんすかこれ?」
「灼鉄鉱で打ったナイフ。血に反応して、熱を放つ性質があるの」
「じゃあ刺したところを焼くってことですか?」
「うん」
「出血死を狙えないじゃないですか」
それに筋肉とかに焼きついちゃったりしたら力任せに剥がないといけない。そりゃあ燃えればかっこ良いのかもしれないけど、オシャレで人は戦えないのである。
「でも、急所を狙えば、効率的」
「なるほど」
一理ある。
「これ幾ら?」
「金貨1枚に銀貨20枚です!」
「安い……のかな。よくわからん」
「結構安いほうだよ」
レイが補足で教えてくれた。
金貨1枚で安いほうなのか……。
「他のやつも見せてもらえるかな?」
「はい! こちらにどうぞ!!」
丁稚の少年が俺たちを別の場所へと案内してくれる。だがそちらはナイフというよりも脇差というような刃が長い剣や刀だらけだった。
「例えば、こういうのはどう……?」
「これはちょっと刃が長いですね」
長さとしては50cmほどだろうか。確かにこれくらいあるとオークの心臓を一突きで殺せるだろう。
「うーん? そうかな……。そういうの、ありだと、思うけど……」
「むむむ……」
武器が多くて悩むぜ……。
「ユツキは……。どういう戦い方が、したいの……?」
ステラが地面から声をかけてきた。
「正面戦闘は無理だろ? だからやっぱり短剣とかの方が良いかなって」
「ではこれはどうでしょう?」
今度は丁稚の少年が一つの短剣を持ってきた。薄い青が輝くかっこいい短剣である。
「蒼堅鋼と呼ばれる金属で打たれたナイフです」
「いい重さだね。ずしっとくるよ」
「ちょっと、振ってみて……」
リタさんに言われたのでみんなからちょっと離れて、その短剣を振ってみた。始めて握るからちょっとおぼつかない所もあるものの、今まで使ってきたゴブリンの短剣よりは安定感があって、安心感がある。
「ねえ、君。重心がもっと前にある短剣はある?」
リタさんがそういうと、少年は「少々お待ち下さい」と言って違う短剣を持ってきた。先程までの剣と違って、深い黒と見間違いそうになるような緑の刃に目が奪われる短剣だった。
「こちらは重緑鉄と呼ばれる鉱石から出来ている短剣です。この金属は面白い特性があって、人肌くらいの温度のものが1番斬れるんです」
「へー」
どういう理屈なのかさっぱりわからないけど、流石は異世界だな。
俺はそれを受け取ると、先程と同じように剣を振ってみた。
「ん?」
違和感。それは振った時の違和感だが、奇妙な違和感だった。
違和感がないという違和感。
驚く程手に馴染む。それこそ今まで自分が手に持ち続けてきたと思うような短剣だった。
「すげえ! 凄いよこれ!!」
「お気に召されてなによりです」
「これってどれくらいが頑丈なの?」
「オークの骨にぶつけても刃こぼれ一つしませんよ」
「よし、買った!」
「ありがとうございます! こちら金貨7枚です」
「はッ!?」
やべえ金額のこと何にも考えてなかった。
仕方ないのでローンを頼むと丁稚の少年は快く引き受けてくれた。あとからレイに聞くと、武器は高いので高名な騎士や冒険者でもない限り、ローンを組むのが普通らしい。
異世界の風習に助けられたぜ……。