4.チーター、王都に立つ。
リンレットがギルドのエントランスに戻るとチヒロは椅子に腰掛けていた。
「いいか、よく聞け」
リンレットは彼女の前に立つと、加えていた煙草を手で持ち話しかけた。
「お前がこの世界に召喚された理由は一つ。最近活発化している魔物の長……近々復活するであろう魔王を勇者として討伐する……それだけだ」
チヒロは息を呑んで話を聞いた。
「戦うという事は文字通り命を賭ける事になる。毎日が死と隣り合わせ。奴らとて生き物だ。お前がどの様な世界で生まれ育ったかは知らないし聞くことも無いだろうが、奴らの命をその手で刈り取り、その手を血で汚す覚悟が必要だ。お前に強制する事は出来ないが、もしやらないと言うならばお前の存在意義はその時点で無くなる……」
チヒロは一瞬俯き、そしてきっぱりと
「やります。やらせて下さい」
と言った。
リンレットは少し顔をしかめたが、直ぐに強張った表情筋を緩め、
「分かった」
とだけ言って煙草を灰皿に押し付けた。
遠い遠い昔を思い出した。
俺は彼女と同じような、真っ直ぐな目をした少年と共に旅をした事があった。長い長い、果てしない戦いの旅だった。
そして彼は、俺を庇う形で死んで行った。
彼女はまだ十数年しか生きていない。只の少女だ。あの子一人にこの世界の命運を託してしまうのは大人として、人間としてどうなのだろうか。例え彼女が望んでもそれを止めるのが大人なのでは無いのだろうか。
いくら考えても答えは出ない。
「さてチヒロ。取り敢えずお前には冒険者になってもらう」
「冒険者、ですか」
チヒロはピンと来ていないような顔をして聞き返した。リンレットは少し口角を上げて何か企んでいるかのような笑いを浮かべた。
「そうだ。お前には戦いの素質がある。それにそのうち嫌にでも戦うことになるだろう。ステータスを上げるのは早い方がいい」
そう言い終わるとリンレットはギルドのカウンターに向かった。チヒロは不思議そうな顔をして彼に付いて行った。
チヒロがカウンターに着くと、リンレットは受付嬢に話はつけていたらしく、何やら見るからに怪しそうな水晶玉がそこに置いてあった。
「まずは貴方の魔力を測ります。この水晶玉の上に手を置いて、魔力を流し込んでください。」
受付嬢が笑顔でチヒロに語りかける。チヒロはその訳が分からないまま水晶玉に手を置いた。
「あのぅ、これで何が分かるんです?」
「あなたの魔力量を“レベル”という値に変換するんです。レベルは普通の冒険者で20〜30程度ですかね。あ、ちなみにあなたの後ろに立っているリンレットさんは、レベル134で王国内で1、2位を争う実力者なんですよ」
「へぇ……」
しかし魔力なんて物と無縁だったチヒロは、どうしたらいいか分からずリンレットの方を見た。
「自分の手を通して体の中から何かを流し込むような、そんなイメージを持て。小さいポンプで水を器の中に流し込むようなイメージで結構だ」
リンレットがそうアドバイスすると、水晶玉が燦々と輝きだした。
「凄いな。もうそんなに魔力を持っているのか」
リンレットが感心していると突然、水晶玉に亀裂ができた。
「不味い! チヒロ、手を離せ!」
リンレットは思わず叫んだ。水晶玉が魔力を注ぎ込んだ状態で割れてしまったら魔力が行き場を失って暴走し、大爆発が起きてしまう。
チヒロが驚いて手を離すと、水晶はいくつかの破片に割れた。受付嬢が水晶玉の破片の中から一枚の紙を取り出して覗き込んだ。するとすぐに彼女は信じられないといった顔をした。
「す、推定魔力量6万8000……レベルに換算すると152……驚異的です。あなた、本当に人間ですか?」
「それってどれくらい凄いんですか?」
「さっきも言ったが普通の人間でレベルは20〜30、魔力量も3、4000くらいだろう。俺もそれくらいは軽く超えているが流石にそこまで高くはない。」
リンレットは内心とても驚いていた。
過去に共に過ごした勇者もべらぼうに魔力が高かったが、それでも魔力量は4万3000位だった。600年余り戦い続け、魔力を高め続けたリンレットであっても魔力量は4万に満たない。
リンレットは少々不安に思った。
もし、この魔力量が魔王の力と比例していたら今回は大変な惨事になる。
そんなことを考えているとチヒロが話しかけて来た。
「どうしたんですか? リンレットさん」
「ん、ああ。少し考え事をしていた」
「見てください! 特別措置で通常FクラスからのところをBクラスから始めることになったんです!」
彼女はそう言って花のように笑った。
「あ、ああ、よかったな。あとはお前の服だ。買いに行くぞ」
そう言ってリンレットはチヒロを連れて出口の方へと向かって行った。
店はギルドから歩いて10分程の場所にあった。
煉瓦と大理石で出来た大きな建物で、一階にはショーケースも置いてあり、如何にも高級そうな店だった。
「ここは王宮への献上品も仕立てている、王国最高級の店だ。金はある。好きなものを選べ」
店内も大理石で出来ていて、装飾はあまりされていなかった。だがそれがまた高級そうな雰囲気を醸し出していた。
少しすると、スーツを着た男が恭しく出迎えてきた。
「ようこそリンレット様。本日はどの様なご用件で?」
「彼女の服を買いに来た。案内してくれ」
「かしこまりました。では、どうぞこちらへ」
そしてチヒロとリンレットは店員と共に店の二階へ向かった。
二階には沢山の服のサンプルが並んでいた。
「当店の服は、全てオーダーメイドで提供させていただいております。気になる形のものがございましたら、遠慮なくお申し付けください」
「へぇ……そうなんですか。私こういうの初めてで……」
「ご安心を。しっかりサポート致します」
そんなやり取りが終わるとチヒロは店の中をぐるぐると回ってみた。
「戦闘でも使えそうな……カッコいいやつ……」
すると、1着の服が彼女の目に留まった。
それは真っ黒のロングコートで、胸から腹にかけて8個の金のボタンで留まっていた。腰も黒のベルトで締められていて、明治あたりの軍服を思い起こされた。
「これ、これがいいです!」
一目惚れだった。
「こちらですか。かしこまりました。ところで効果付与は如何されますか?」
「エンチャント……?」
チヒロは慣れない単語に思わず訊き返してしまった。
「ええ。作っている間に一種の魔法を服に掛けることによって、服に様々な効果をお付けする事が出来ます。例えば戦闘ならば身体強化、魔力減少抑制、防御力強化。社交用ならば美肌効果なんてものも付けられます。もちろん効果によって値段は変わりますが」
「へぇ……」
チヒロは少し悩んで、リンレットに訊いた。
「どれくらいなら付けて良いですか?一応リンレットさんが買ってくださる物なんで」
するとリンレットは店員に向かって
「戦闘系の物は全部掛けてくれ。ついでに自動修繕、体感温度調整も」
と言った。
「はっ……かしこまりました。ほかに何かございますか?」
チヒロは少し考えて
「じゃあ、今着てるみたいなシャツとスカートって出来ますか……? こっちは戦闘用じゃなくて普段使いで」
そう訊くと、店員はシャツとスカートを持ってきた。どちらも飾り気の無い、普通の服だったがシャツの方は少しだけレースの様な装飾が付いていた。
チヒロがそれでいいと言うと、採寸をすると言われ奥の部屋を案内されたので、そのまま店員について行った。
しばらくすると、チヒロと店員は奥から戻ってきた。
「それでは2、3日経ったらまた来てください。その時お渡しいたします」
店員がそう言ったのを聞いて、チヒロは2、3日も同じ服で過ごすのは流石に嫌だなと思ったのだった。
書きためていたのが切れたので次は遅くなります