12.Alchemist①
1200年間の間、栄華と発展を続けてきたオードナンス王国の王都スプリングフィールドは扇状地に作られた都市である。三方を山で囲われ、更に空いた東には海という守りに適した立地になっている。
西の谷間には王都を守る為の城壁と関所。南北には海へ突き出した半島。その窪んだ、丁度湾になった部分にグレートオードナンスキャッスルと港が出来上がっている。
その町の南区画に、あまり治安の良くない……いわゆるスラム街のような、路地裏街が形成されていた。
「なんか、あまり雰囲気の良い場所では無いですね……」
入り組み、捻れ、交差する路地裏を、リンレットにぴったりくっ付いて歩いているチヒロがおどおどと言った。
リンレットとチヒロはバズカルスに頼まれ、ある人の元に向かっているのだが、チヒロは詳細を知らされていないのだ。
カラスが舞い、ゴミ箱に蝿がたかり、猫が欠伸をかいている。
そうしていると、リンレットは一つのドアの前で急に止まった。背中にチヒロがぶつかりギャフという声を上げる。リンレットはドアを3回ノックすると、中から女の人の声が聞こえてきた。
「合言葉は」
「スペインの雨は主に平地に降る」
すると、錠前が開く音がし、ゆっくりとこちらに向かってドアが開いた。
リンレットはそれを開け、中にずかずかと入っていく。チヒロは少々戸惑いながらも彼の後に続いて入口の敷居を跨いだのだった。
中に入るとそこは狭い店の様だった。
裸電球が照らす店内にはカウンターが一つ。上には煙草の吸い殻が山の様に乗った灰皿。その奥には戸棚と奥への入り口。
そんな煙草と埃の臭いが漂う店内をチヒロが見回してると、突如背後からチンという、小気味よいベルの音がした。
恐る恐る彼女がそちらの方を見ると、これまた突然ドアが開き、一人の女性が入ってきた。
「悪いね、遅くなっちった」
彼女は申し訳なさそうに、拝む様にリンレットに対して手を上げながら入ってきた。
「いつもの事だ。特に気にしてはいない」
その女性はチヒロを見ると、ニタニタと笑いながら口を開いた。
「お?リンレットちゃんもしかして子供?アンタもやるねぇ」
「馬鹿言うな。これは俺の子などではない。お前と同じだよ」
それを聞き、チヒロは大きく目を見開いた。
「あたしと同じって……もしかして」
「そう。彼女は転移者。それもニホンからの、だ」
「紹介しよう。この少女はチヒロ。ニホンからの転移者。そして新たなる勇者だ」
「よ、よろしくお願いします……チヒロです」
「ほーん。よろしく、ちーちゃん」
そう言うと彼女はチヒロに向かって手を差し出した。
「あっ、ども……」
チヒロがその手を握ると彼女はその数倍の力で握りつけ、ブンブンと腕を振った。
「にゃはは〜ごめんね何かついやっちゃった。自己紹介が遅れたね。私は村田玲。レイって呼んでくれたらいいよ」
「どうも……」
痛む手を振りながら、チヒロはペコリと頭を下げた。
「早速だが要件を言おう。現在軍が使用している弾薬の改修案を頼みたい」
「いっきなりだねぇ。なんでー?」
レイはカウンターに肘を付くと胸ポケットから煙草の箱を出した。クッと手首を使い、中身を取り出そうとするも出てこない。
「あり、おっかしーな」
彼女は箱を逆さにして振ったが、出てきたのは屑だけだった。
「……」
リンレットは無言で自分の煙草をポケットから差し出し、彼女に渡した。
「おっ、サンキュ。火ちょうだい」
リンレットは溜息をつきながらも彼女にライターの火を差し出した。
「お前も魔族進行の話は知っているだろう。現在国が使用している8mmルベライト小銃やリベロル短機関銃では魔族に全く歯が立たない。いや歯を立たせようとする事すら叶わないらしい」
「じゃあどーすればいいんだよ。炸薬でも詰めて爆裂徹甲弾にでもする?」
レイは紫煙をふうと吐き出した。ランプに照らされたそれは捻れ、くねり、昇っていき、そして消えていった。
「それを考えるのがお前の仕事だ。国家指定錬金術師、オードナンス国防軍技術顧問レイ・ムラタ少佐殿」
「分かってるわよぉ……」
レイはぷくぅと頬を膨らませてカウンターに突っ伏した。
「あの……ムラタさんは一体何者なんですか?錬金術師とか、少佐とか」
「レイでいいよ。私は転移してくる時に一つ力を授かったのさ。イメージ出来るものなら何でも作り出せる。それが私の能力なのよさ」
チヒロはひどく驚いた。目をまん丸にして聞き返した。
「え……なにそれマジもんのチートじゃん……」
レイはそれを見て手を叩いて大笑いした。
「ははは!かっわいい反応してくれるねぇ!ただちーちゃんと違って魔力はそんなに無いからあんまり大きいのは作れないの。それに私、戦うの嫌いだし」
「……私、この世界に来てから常人に会ったことが無い気がする……」
──数十分後。
「そういえば。頼まれてたアレ、出来上がってるよ」
レイはそう言ってカウンターの上に少し大きめな、アタッシュケースのような木箱を置いた。
「開けてみ。きっと気にいると思うよ」
リンレットが木箱を開けると、そこに鎮座していたのは全体が金色じみた銀色で覆われた、一丁の巨大な拳銃だった。
「何ですかもコレ」
チヒロが背伸びをし、カウンターの上の木箱を覗き込みながら言った。
「リンちゃんに頼まれててね。魔王が復活した今、いつ魔人が攻めてくるかも分からない。だから今の拳銃じゃパワー不足だってんで魔族や小型竜をワンパンできるような拳銃が欲しいって頼まれていたの」
「M1911……?」
リンレットは一目見てその銃がM1911系列だと悟った。だが、グリップ後部にあるはずのセイフティが無く、代わりにスライド左側面にそれらしきものが付いていた。
スライドは延長され、前後に長いグリップは使用する弾薬の大きさをそのまま物語っていた。
「オートマグⅢ。全長273mm。重量1800g。使用弾薬.30カービン魔法化特殊弾。ミスリルとオリハルコンの合金で作り上げた世界で唯一無二の拳銃よ!」
リンレットはそれを手に取ると、スライドを勢いよく引いた。
「重いな」
「そりゃあね。.30カービンでも強いんだから、ましてや魔法をブッパするんだし」
「そう、そこだ。どうやって鉛の弾でなく魔法を撃てるようにしたんだ?」
「ふっふっふー。そこは異世界人であり錬金術師でありチート持ちのあたしを見くびらないで欲しいのさ」
そういうと彼女は自信ありげに一つの弾丸を取り出した。
「それがあたしの自信作。名付けて【.30カービン魔法化特殊弾】! どや⁉︎」
リンレットは手渡された弾を見て、その仕組みに納得した。薬莢の先端からは魔力を物質化した魔晶石が突き出ていて、裏には無属性の攻撃魔法の魔法陣が彫られていた。
「グリップのメダリオンから魔力を吸い上げ、ファイアリングピンを介して魔法陣を起動。そして魔晶石がそれを何倍もの威力に跳ね上げて発射!」
リンレットはそれを聞き、ニヤリと笑ってから壁に向かって空撃ちした。
「んじゃ、試し撃ち。行きますか」
そう言い、レイは煙草を灰皿に突き刺してニマッと笑った。