11.王都、襲撃③
──同時刻、会議室。
「しかし、リンレットさんとチヒロさんだけで大丈夫でしょうか。相手は魔族でしょう」
丸眼鏡を直しながら、バズカルスが言った。
「なに、奴らの力は未知数だ。特にチヒロ、彼女はリンレット以上の力を秘めている。きっと無事さ」
ガーランディアは少しニヤリと笑いながら答えた。
「そうですか、そうですか。さて、貴方達はどうでしょうか」
唐突に、突然に口を開いたのは、先程伝令を伝えるために入ってきた衛兵だった。
「いやぁ、案外楽に入り込めるものですね。警備がザルか、それとも運か。まぁあまり興味はないのですけど」
「貴様、まさか!」
衛兵はおもむろに兜を脱ぎ捨てた。
頭を振ると銀髪が靡き、その顔が露わになる。恐ろしく白い肌、微笑む口。
そして、白目であるはずの場所が赤黒く染まった異常な瞳。
「……魔族か」
「御名答。あちらは陽動です。派手に騒げば人の注目はそちらに集まる。手品と一緒です」
怯える貴族、対峙する冒険者、冷静な女王。
「貴方達は死んでもらいます。ああ、自己紹介が遅れましたね。私はレミト、察しの通り魔族です。ああ、でも今から死ぬので名など意味はありませんね。愚か、愚かです」
「愚か、愚かか貴様そう言ったか」
魔族の言葉に対してそう答えたのはガーランディアだった。彼は口角を釣り上げ、ニヤリと笑い、言葉を続けた。
「愚かなのは貴様だ魔族。貴様が飛び込み、喧嘩を売った相手はお前たちを倒すために日々訓練を重ねてきた連中だぞ」
レミトの顔から笑いの色が薄れる。ガーランディア、トーマス、バズカルスは立ち上がった。
「あんまり人間を舐めるなよ。貴様のような糞餓鬼の思い上がり、我々がその欠片の一片も残さずに撃滅してやる」
その頃、下の広間ではコルテットとリンレットがお互いに睨み合っていた。
コルテットはチヒロを抱えつつその首に彼女の長剣を当て、リンレットはコルテットに対してその手に持った拳銃の照準を向けていた。
「動かないでよ。この勇者サマの首を飛ばしたくなければ、息の根を止められたくなければその場から一歩も動くんじゃないよ」
リンレットは思案した。
彼の目的は一体何だ。
勇者である彼女をさっさと殺せば王国、いや人類が防衛の鍵を無くす。何故殺さない。何故躊躇う。何故──
「貴様……ッ!」
「おうおう、気づいたようだね。俺の目的は只の陽動、時間稼ぎにしかない。今頃上の会議室では俺の仲間が──」
刹那、彼の言葉は天窓が割れる音によって遮られた。
彼が動揺してるのを見、リンレットは駆け出しチヒロを抱きかかえた。
落下してきたのは衛兵の服を着たレミト。そして、少し間をおいてバズカルスとトーマス、それにガーランディアも落ちてきた。
「ん、こちらはこちらでお取り込み中だったか」
トーマスが辺りを見回してそう呟く。
「魔導師ならまだいいだろうがおいジジイ。あんたらあんまり無茶すんなよ」
「貴様に老いぼれ呼ばわりされたくないわ。それに、だ。昔はもっとよく無茶していたものよ。我々を舐めてもらっては困るよ」
リンレットは呆れ気味にため息をついた。
「魔導師。勇者サマを頼んだ。気絶しているが死んではいない、一時的な魔力不足だろう」
そう言ってチヒロをバズカルスに渡すと、拳銃のスライドを引いてチャンバー内の弾を抜いた。ガチャリと言う音が鳴り、スライドストップがかかる。
「やるぞ冒険者達。魔族どもに目にもの見せてやれ」
「あぁ、NoLifeKing。準備は出来ている」
「この愚か者共に人間とはどれ程のものかを教育してやらなければならぬ」
バズカルスがレイピアを、トーマスがダガーナイフを持ち、そしてリンレットが.45口径の新しい弾倉を込めてスライドを戻した。
「さぁやろう、さあ行こう。楽しい宴はもう終わりだ」
五人は同時に駆け出した。
剣が、ナイフが、聖銀弾が、魔法が交錯する。
リンレットの頬がピッと切れ、鮮血が垂れる。
「失せろ、立ち去れ、消え失せろ。お前達が何百何千年経っても我々を滅せない事を証明してやる」
直後、二人の魔族は鮮血を撒き散らしながらばたりと倒れた。
──6/6/5233
オードナンス王国、王城襲撃事件における被害報告書。
被害規模:レベル3
【死亡】王城近衛兵43名。同、駐屯兵72名。
【重傷】王城近衛兵7名。同駐屯兵3名。
【軽傷】王国ギルド所属冒険者1名。
なお、この文書は王国書庫122類55番に保存される──
チヒロが目を覚ましたのは白い部屋のベッドの上だった。
見知らぬ天井、見知らぬ壁、見知らぬ窓の景色。
そして彼女の傍には、小刀で器用にリンゴの皮を剥くバズカルスが座っていた。
「ん、気がつきましたか」
彼は皮の剥き終えたリンゴを切りながら言った。
「ここは……?」
「王城の医務室さ。君は戦いの途中で魔力不足を起こして倒れてしまった。もう3日も前の話だよ」
「リンレットさんは……」
「彼なら大丈夫。今報告書やら会議やらでてんてこ舞い。こっちの方が大変だったかもね」
彼はリンゴを皿に盛り付け、チヒロの前に差し出した。
「何か食べておいた方がいい。ひとつ食べなさい」
チヒロはひとつ、口に入れた。シャキシャキという小気味良い音を立て、リンゴは喉に吸い込まれた。爽快な味。それはチヒロの故郷のそれと何ら変わりないものだった。
彼女は起き上がるとバズカルスの方に向き、口を開いた。
「バズカルスさん。私みたいなのが勇者で……いや、勇者などと称え挙げられていて良いのでしょうか」
「何故、そう思うんだい」
「今回の戦い、私は何も出来なかった。ただ、自分の手に入れた力を過信し、自惚れ、結果的に敵の人質となり足を引っ張ってしまった。前の世界でも、私は上手く生きる事が出来なかった。出来ずに、耐えられずに、逃げ出した。卑怯者ですよ」
バズカルスは聴き終え、少し考え込むと口を開いた。
「……確かに君は人質になってしまった。自分の力量を見誤った。しかしそれはしようのない事なんだよ。僕だって昔は無理をして死にかけたり、大怪我したりしたさ。ましてこの世界に来て、戦い始めて間もない初心者に魔族と戦えなんて言う方が酷だろう。だが君は良くやった。魔導人形を駆逐し、近づけない事でリンレットが魔族と戦うための土俵を作った。それだけでも凄い事なんだよ」
すると医務室の扉が空き、黒のロングコートが顔を覗かせた。
「そうだ、そうだとも勇者。今回は勝てたのだ。しかも魔族に。5個小隊を戦闘不能に陥らせた魔族に、だ」
「……ありがとうございます」
「だが課題も見えた。王国兵士の敗因だ。聞かせてもらおうか」
バズカルスは椅子から立ち上がると、真剣な顔をして話しだした。
「今回、生き残った10名に話を聞いたところ、武器が有効ではないという結論に達した」
「ほう」
「彼らが使用していたのは通常の鉛玉だ。それでは魔族に有効ではなかった……いや全く歯が立たなかった」
それはマサバも同じだろう。と、彼は続けた。
「それでは、また奴の元に行ってみようか。何か解決策があるかも知れぬ」
その言葉を聞いた瞬間、バズカルスがにっと笑った。
「えと……誰ですか、それ?」
「ふふ、会ってみてのお楽しみ。と言ったところか」
そう言うと、リンレットも悪巧みをする子供のように笑ったのであった。