10.王都、襲撃 ②
リンレットたちが部屋に入って暫く経った。衛兵が女王陛下の入場を知らせるのと共に上座の扉が開き、1人の女性が入ってきた。
チヒロは事前に教えられた通りに立ち上がり、敬礼を行った。
「座ってください」
キンバーの一声で皆が座った。彼女は、チヒロを見ると、
「貴女が新しい勇者様ですね。ふふ、中々に可愛らしい……かといってそれだけじゃなさそうね。どうぞよろしく」
「こっ、こちらこそ!よ、よろしくおねがいします……」
チヒロは気恥ずかしさでどもりどもりでしか応えられなかった。
異常事態を報せるサイレンが部屋を揺らしたのは、それから数分後のことだった。
「何だ何だ! 何事だ!」
「状況は?」
そこに衛兵が駆け込んで来、状況を報告した。
「報告!現在何者かによる攻撃を受けています!現在2階西階段にて応戦中!」
「対応は?」
キンバーが冷静に口を開いた。しかし、衛兵の口から出た言葉で場にいた全員が凍りついた。
「侵入者は一名。今まで対応に当たった五個小隊が全滅! 敵は魔族と推定!」
「魔族!」
「やはり奴ら、復活していたか!」
混乱する部屋の中、リンレットだけは別の表情を浮かべていた。
笑っているのだ。
「ふふふ。そうかそうかやはり奴らか! 道理で胸騒ぎがする訳だ。道理で嫌な予感がした訳だ! やはり4と半世紀の空白を乗り越えて奴らは復活していたのか!」
女王はそれを見、リンレットに向き直った。
「単刀直入に聞きます。私たちはこのまま抗うこともできずに、歯を立たせる事すら出来ずに、むざむざとやられるしか道が無いのですか?」
「いいや、あまり甘く見ないで欲しい。一度魔王を屠った男と、特異体質の勇者。これらが力を合わせて負けることなどあり得ない!」
「ならば行きなさい。行って、奴らにもう一度450年前の絶望を味あわせてやりなさい!」
「Hominis Dignitati!」
「あーあ、しっかし雑魚ばっかだな。見当違いだな。もーちょい骨のある連中だと思ってたのになぁ……」
コルテットはブツブツと文句を垂れながら城の中を歩いていた。その背後からは重装歩兵の格好をした人形がズラズラと続く。
彼がドアを蹴破ると、そこは少し開けた広間の様な場所だった。
天井は吹き抜けになっていてとても高く、部屋の真ん中を赤いカーペットが突っ切っている。その両脇にいくつかの石像が並んでおり、窓から差し込む光が筋となって床に落ちていた。
「あーあーあ、とてもとても豪勢なこと。豪勢で美しくて……反吐がでるわ」
コルテットはため息混じりに石像の1つを勢いよく蹴った。
その時、コルテットは身の毛がよだつのを感じた。腕が鳥肌まみれになり、額に嫌な汗が滲む。動悸は高まり、目は自然に見開かれた。
何だ、何故だ、何処からだ。
底知れぬ殺気、恐ろしいほどの魔力、天井なしの力。その全てを感じ取った彼がふと入ってきた方とは逆の扉を見ると、それは何者かによって蹴破られた。
「誰だ、お前。何だ、何者だ!」
「只の勇者。それ以外の何者でもない!」
そう答えたチヒロの後からリンレットが入ってきた。
「勇者、勇者かそうか。ならこの不快感にも説明がつく訳か。魔導人形ども、奴らを押し潰し、殲滅し、進撃しろ!」
「奴らは全部で20。オールマイターの持続時間は5分……1体につき15秒しか無い……」
チヒロは駆け出した。数日前、新たに調達していたミスリルの長剣を引き抜き、魔導人形に襲いかかった。
一閃。チヒロが通り過ぎた後、魔導人形の首が飛んだ。それは血のような赤黒い液体を撒き散らしながらその場に崩れ落ちた。
「一つ!」
魔導人形の放つ剣戟を避け、装甲の隙間を狙って寸断し、一体一体確実に狩っていく。
その様はまるで踊っているようだった。
「クソッ、これ以上はッ!」
コルテットは焦り、舌打ちをしつつチヒロに殴りかかった。
だが──
「がふッ!」
「お前の相手はこの俺だ。この魔族め」
リンレットに頭を掴まれ、地面に叩きつけられる。鼻から血が吹き出し、痛みが脳髄を駆け巡る。
「舐めるなああああああああッ‼︎」
コルテットはリンレットを両足で蹴り、体勢を崩させると手を刀の様にし腹に突き立てた。
血が腸が、辺りを染める。だが。
「効かない。効かない。話にもならない程に弱すぎる」
「くそッ!」
引き抜くと、頭を掴み魔力を圧縮させ撃ち込む。しかし、それでも、それですら。
彼は直ぐに顔を復活させ、魔族に向かって微笑を浮かべた。
「どうした魔族。そんなものか、そんなものなのか貴様の力は」
コルテットはもう一度、今度はリンレットの心臓めがけて腕を突いた。だが。
「何ィ⁉︎」
「させないッ!」
チヒロが、長剣でコルテットの攻撃を受け止めた。しかしコルテットは少し飛び上がるとチヒロの顔めがけ思い切り蹴りを飛ばす。
チヒロは咄嗟に左腕で防御し、攻撃を受け止める。バキバキという骨が砕ける嫌な音が辺りに響く。
「ぐ……調子に! 乗るなあああああ!」
長剣を右手のみで持ち、コルテットの肩口に斬りかかる。嫌な感触が手に伝わる。血が吹き出し、床に腕がズルリと落ちる。
「トドメだ!」
チヒロは剣を振り下ろした。振り下ろした──
──が。
「……⁉︎」
「時間切れ、か。あっぶねー」
全身から力が抜ける。左腕から形容しがたい痛みが襲う。長剣が腕から落ちる。意識が混濁する。
「嘘……」
オールマイターの効果が喪失した。