6話
「一度有希くんとカラオケ行きたかったの」
お昼ご飯を食べ終えたあと、樹里が言い出した。
「歌える曲が無いんだけど」
「私の歌を聴いててくれるだけで嬉しい」
樹里の要望によって、カラオケボックスへ行くことになった。
僕と樹里で1部屋。
看護師さんは何かあったらすぐに呼んで、と言い残し、別の部屋に行った。
「気を利かせてくれてありがとうございます」
樹里がそんなことを言っていた。
「はい、誕生日おめでとう」
包装紙で包んでもらった雑貨を手渡す。
中身はもうバレている。
樹里は受け取ると、包装を剥がして中身を取り出す。そして、花冠とハート型のイヤリングを身に着けた。
「どう、かわいいかな?」
「うん、すごくかわいいよ」
自分で聞いておいて照れている。
照れた顔もかわいかった。
樹里は、1曲1曲にとても感情を込めて歌を歌っていた。
激しい曲はめいいっぱい、切ない曲は涙ぐみ。
力が入りすぎてて、ちょっとうるさい。
1時間ほど歌い続けたところで、休憩して、アイスティーをすすっていた。
「ねえ、お話を聞いてもらってもいいかな?」
「いいよ、なに?」
「この世界はね、一度だけ、時間が巻き戻っているって知ってた?」
僕もいくつかそういう小説を読んだことがある。
その手の話題だと思ったので、乗ってあげることにした。
「へえ、そうなんだ、なんで戻ったの?」
「戻る前の世界には、病気の男の子がいたんだ。原因がわからないから手術も出来ない。痛みと、苦しみと、恐怖の中でずっと生きていた」
樹里は話を続ける。
「死ぬ直前にね、男の子はね、すべてを憎んだんだ。なんでこんな苦しみを僕に与えるんだ、って。そして男の子は望んだの。この僕の苦しみを皆に知ってほしい。みんなに味わってほしいって」
「そしてね、その男の子の望みは叶ったの」
「世界中の人がね、その男の子と同じ苦しみを味わったの。ただ痛みだけで、死んでいく苦しみを」
「それで死ぬ人も沢山いたし、生きていた人も、正気ではいられなくなった」
「もう世界はどうしようもなくなっちゃって、神様は決断したの。ある時点から世界をやり直そうって」
「まず世界中の人間の魂を保護して、傷を癒やして。時間を巻き戻したの。その男の子が生まれる前の日に」
「それを見ていた1人の天使は疑問を持った。同じことを繰り返すかもしれない。いえ、きっとそうなると」
「神様はおっしゃられた。一度願いを叶えた男の子に、もう力はない、と」
「天使は言ったの。苦しむための人生を送る、彼をもとに戻さないで、と」
「罪を裁くのは人であって、神様は人を裁かないのになんでそんなことをするのか」
「神様はおっしゃられた。これは裁きではない。公正であるかどうか、だと」
「そして神様は言われたわ。それなら、君も共に同じ苦しみを味わいなさい。そして彼の行いが許されるか、許されないか見てきなさい。許されると思うのなら、君が助けなさい、と」
「そして男の子も再びこの世に生を受けた。そして天使はね、男の子の双子の妹として、この世に生まれることになったの」
「だけど、その兄妹は決して話すことが出来なかった。天使が男の子に世界の仕組みを教えることが出来ないように」
「でもね、最期のときが近づいたときに、奇跡が起きたの」
そこまで言って、樹里は一息をついた。
「私が作った、ただの物語だから、気にしないで」
僕は、口を開いた。
「じゃあさ……、その天使は、男の子に同情しただけで、それでずっと一緒にいたんだ」
「うん、そうだったよ」
一呼吸置いて樹里は言う。
「最初はね」
そしてゆっくり言葉を続けた。
「その男の子のひたむきさとか、絶望しか見えないのに前向きに生きているところとか。あと優しいところとか」
「好きだよ」
「理由とか無いよ。ずっと一緒に居たんだから、あたりまえじゃない。好きになったよ」
「ずっと好きだよ」
そして樹里はいつもみたいに、ボロボロ涙を流しながら言った。
「巻き戻った世界でもね、男の子は病気で死ぬの。同じように苦しんで、世界を憎むかはわからないけど」
「ただ、死ぬ途中、最期に彼の世界への呪いが、彼自身に帰ってくるの。
その痛みは、とても人間の魂が耐えれるものじゃない。魂がくだけて粉々になる」
それを聞いた僕は一言つぶやいた。
「それじゃ、もし魂が残ったなら、死んだあとは天使と同じ世界で暮らせるのかな」
樹里は顔を伏せた。
「それじゃあ、最後に。今度見ようと思っている映画の曲を歌うね」
曲のイントロが流れると、樹里は今まで見たことがなかった真剣な顔に変わっていった。