25話
家族とはどんなものなのか、僕はずっと知らなかった。
有希くんを支えてくれているご両親に、感謝しないとね。そんなことを、病院の人や、たまに様子を見に来る親戚に、何度も言われてきた。その度に、僕の心には、苦い気持ちと苦しい気持ちが湧いてきた。
僕が、ここで安全に生きていけるのは、顔も覚えていないお父さんとお母さんのおかげだ。この人達がどんな性格なのかも、わからない。
感謝をしたかった。けれど、どうしてもその感情が湧いてこなかった。どうして出来ないのか、僕は苦しんだ。そして、疎ましいという感謝とは逆の感情を、二人に抱くようになっていった。
「そろそろかな、これから、お楽しみの時間だよ」
「二人に、クリスマスプレゼントを持ってきたの!」
この人達の存在を、受け入れることが出来ている。今日になって、あまりにもあっけなく、僕の心は氷解した。意固地に、ずっと距離を置くつもりだったのに、樹里のために少し歩み寄ろう、などという決意も関係なく、僕はこの二人の子供だということを受けていた。
一緒にいただけで、結局、僕たちは家族になれたのだ。空回りと、すれ違いと、運命のいたずらとが交差し、今まで噛み合っていないもの。それが、あるべき姿になっただけだった。僕たちは、本来はこういうものだったのだ。両親は、僕と樹里を独りにしたことを謝った。
ならば僕は、助けてくれている二人に感謝するべきだ。今更過去にケチを付ける必要はない。もう、これからのことを考えるだけだ。
「これがお父さんからのプレゼントだよ。どうかな」
そう言って、透明な瓶の中を僕に見せてくれた。中には木製の帆船が入っている。
「何がいいかなぁって、分からなかったんだけどさ。本は嬉しいんだろうけど、いまさらクリスマスにあげなくてもいいかなって思って」
「ボトルシップってやつだね、初めて見るよ。キャラック船だね。」
「コロンブスが乗っていた、サンタ・マリア号だよ。有希は、よく冒険小説を読んでるだろ? だからこういうのがいいのかなって」
「すごく、いいね」
ボトルを手に取りたかったけれど、今はあまり腕の力がなく、落としてしまうかもしれない。僕はテーブルの上に置いてもらったボトルに顔を近づけて、色々な角度から帆船を眺めた。
「へー、良く出来てるなぁ」
そして感嘆の声を上げた。
「えー、それで、私からもプレゼントがあるんだけど」
そう言ってお母さんは、布袋から大きな茶色いクマのぬいぐるみを取り出した。
「クッションとしても、抱きまくらとしても使えるから、置いておいてね」
お母さんはそう言って、ぬいぐるみを僕のベッドに置いた。
「抱きしめると、すごく温かくて気持ちいい。ありがとう」
「ずっと一緒にいたいけど、夜になったら帰らないといけないから。私の代りじゃないけれど」
「ありがとう」
僕は、素直にそういう事ができた。
「樹里には、何をあげたの?」
「私からは、同じクマのぬいぐるみ。樹里ちゃんには灰色のクマ。有希くんのと、色違いのおそろいなの」
樹里が同じものをもらったことを聞いて、なんとなく嬉しかった。
「お父さんは、アンティークの、フランス人形をあげたんだけど、怖いって言われてしまった」
お父さんは笑っていながらも、少し悲しそうだった。
「さっきは、よく見るとすごくかわいいね、って言ってたわよ」
お母さんは、すぐにそうフォローした。
「それでね、僕も、樹里にプレゼントがあるんだ」
二人からのプレゼントが一段落したので、僕からも樹里にプレゼントを渡すことにした。
備え付けの引き出しから、鮮やかな包装紙で包まれた箱を取り出す。
「あらあら、良かったわね」
お母さんが言った。
「お兄ちゃん、ありがとう! だって。樹里ちゃん、予想してなかったって驚いてるわ」
このプレゼントは、樹里がいないときに、密かに作っていた物だ。
「私が開けるわね」
お母さんは、ピンクのリボンをほどき、包装紙を破かないように丁寧に剥がしていった。
「へぇ!」
箱が開くと、覗き込んでいったお父さんが感嘆の声をあげる。
「これ、ビーズで作ったネックレスだね」
「もしかして、これ、手作りなの?」
テーブルの上に大、中、小の、3本のネックレスが並べられた。全部、半透明のカラービーズを、糸でつなぎ合わせて作ったものだ。
「そうだよ、看護師さんたちに手伝ってもらって、僕が作ったんだ」
デザインを考たのはあくまで僕だし、出来る限りは自分の力で作った。だから、僕が作った、というところを強調した。
「3つあるってことは、これ、私たちお全員の分かな?」
お母さんはそう言ったけど、僕は違うと言わなければならなかった。
「うーん、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。3つとも全部樹里につけてほしい。そうしたら、きっとキレイだから」
「あ、ごめん、勘違いだったわね。3重のネックレスね、豪華だわ。確かに、樹里ちゃんがつけたらきっと似合うだろうね。かけてごらん」
ネックレスがお母さんの手から、おそらく樹里の手に渡ったことで、僕の認識から消えた。
「樹里ちゃん、すごく嬉しそうにして、鏡を見に行ったよ」
お父さんが言った。頑張って作ったから、喜んでくれたなら嬉しい。
「きっとキレイだと思うわ」
お母さんは、その言葉を肯定するかのように、微笑んだ。
「お母さん、お父さん、ごめん。今日は樹里にしかプレゼント用意してなかったんだ」
二人に何かをプレゼントするなんて、考えることが出来なかった。でも、今の僕は二人にも何かをあげたかった。
「いいよ。そんなこと、気にしなくて」
お母さんはそう言ってくれた。
「お父さんは、プレゼントの代わりに、ひとつだけ約束してほしいな」
「どんなこと?」
「来年のクリスマスに、有希くんから僕たちへ、今年の分を一緒にプレゼントしてほしい」
お父さんは一瞬、口にだすのをためらったように見えたけど、言った。
僕は、うんいいよ、と言いたかった。けれど、喉元まで出かかっているこの言葉を声にすることが出来なかった。
「守れるかわからない約束は、したくない」
口が重たかったけど、こう言うべきだと思ったので、言った。
「そうか」
そう言うと、お父さんは僕の頭に手をおいた。
「そうだね。さっきの約束はやめておく」
お父さんは言った。
「でも、できるだけ、叶えてくれるようがんばってくれ」
頭に乗せられたお父さんの手が少し震えていた。
「うん、わかった」
僕は、その言葉にうなずいた。