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天使とすごした10月4日  作者: 直木 新
25/28

25話

 家族とはどんなものなのか、僕はずっと知らなかった。


 有希くんを支えてくれているご両親に、感謝しないとね。そんなことを、病院の人や、たまに様子を見に来る親戚に、何度も言われてきた。その度に、僕の心には、苦い気持ちと苦しい気持ちが湧いてきた。

 僕が、ここで安全に生きていけるのは、顔も覚えていないお父さんとお母さんのおかげだ。この人達がどんな性格なのかも、わからない。

 感謝をしたかった。けれど、どうしてもその感情が湧いてこなかった。どうして出来ないのか、僕は苦しんだ。そして、疎ましいという感謝とは逆の感情を、二人に抱くようになっていった。


「そろそろかな、これから、お楽しみの時間だよ」

「二人に、クリスマスプレゼントを持ってきたの!」


 この人達の存在を、受け入れることが出来ている。今日になって、あまりにもあっけなく、僕の心は氷解した。意固地に、ずっと距離を置くつもりだったのに、樹里のために少し歩み寄ろう、などという決意も関係なく、僕はこの二人の子供だということを受けていた。

 一緒にいただけで、結局、僕たちは家族になれたのだ。空回りと、すれ違いと、運命のいたずらとが交差し、今まで噛み合っていないもの。それが、あるべき姿になっただけだった。僕たちは、本来はこういうものだったのだ。両親は、僕と樹里を独りにしたことを謝った。

 ならば僕は、助けてくれている二人に感謝するべきだ。今更過去にケチを付ける必要はない。もう、これからのことを考えるだけだ。


「これがお父さんからのプレゼントだよ。どうかな」

 そう言って、透明な瓶の中を僕に見せてくれた。中には木製の帆船が入っている。


「何がいいかなぁって、分からなかったんだけどさ。本は嬉しいんだろうけど、いまさらクリスマスにあげなくてもいいかなって思って」

「ボトルシップってやつだね、初めて見るよ。キャラック船だね。」

「コロンブスが乗っていた、サンタ・マリア号だよ。有希は、よく冒険小説を読んでるだろ? だからこういうのがいいのかなって」

「すごく、いいね」


 ボトルを手に取りたかったけれど、今はあまり腕の力がなく、落としてしまうかもしれない。僕はテーブルの上に置いてもらったボトルに顔を近づけて、色々な角度から帆船を眺めた。

「へー、良く出来てるなぁ」

 そして感嘆の声を上げた。


「えー、それで、私からもプレゼントがあるんだけど」

 そう言ってお母さんは、布袋から大きな茶色いクマのぬいぐるみを取り出した。


「クッションとしても、抱きまくらとしても使えるから、置いておいてね」

 お母さんはそう言って、ぬいぐるみを僕のベッドに置いた。

「抱きしめると、すごく温かくて気持ちいい。ありがとう」

「ずっと一緒にいたいけど、夜になったら帰らないといけないから。私の代りじゃないけれど」


「ありがとう」

 僕は、素直にそういう事ができた。


「樹里には、何をあげたの?」

「私からは、同じクマのぬいぐるみ。樹里ちゃんには灰色のクマ。有希くんのと、色違いのおそろいなの」

 樹里が同じものをもらったことを聞いて、なんとなく嬉しかった。


「お父さんは、アンティークの、フランス人形をあげたんだけど、怖いって言われてしまった」

 お父さんは笑っていながらも、少し悲しそうだった。

「さっきは、よく見るとすごくかわいいね、って言ってたわよ」

 お母さんは、すぐにそうフォローした。


「それでね、僕も、樹里にプレゼントがあるんだ」

 二人からのプレゼントが一段落したので、僕からも樹里にプレゼントを渡すことにした。

 備え付けの引き出しから、鮮やかな包装紙で包まれた箱を取り出す。


「あらあら、良かったわね」

 お母さんが言った。

「お兄ちゃん、ありがとう! だって。樹里ちゃん、予想してなかったって驚いてるわ」

 このプレゼントは、樹里がいないときに、密かに作っていた物だ。

「私が開けるわね」

お母さんは、ピンクのリボンをほどき、包装紙を破かないように丁寧に剥がしていった。


「へぇ!」

 箱が開くと、覗き込んでいったお父さんが感嘆の声をあげる。

「これ、ビーズで作ったネックレスだね」

「もしかして、これ、手作りなの?」

 テーブルの上に大、中、小の、3本のネックレスが並べられた。全部、半透明のカラービーズを、糸でつなぎ合わせて作ったものだ。

「そうだよ、看護師さんたちに手伝ってもらって、僕が作ったんだ」

 デザインを考たのはあくまで僕だし、出来る限りは自分の力で作った。だから、僕が作った、というところを強調した。


「3つあるってことは、これ、私たちお全員の分かな?」

 お母さんはそう言ったけど、僕は違うと言わなければならなかった。

「うーん、ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ。3つとも全部樹里につけてほしい。そうしたら、きっとキレイだから」

「あ、ごめん、勘違いだったわね。3重のネックレスね、豪華だわ。確かに、樹里ちゃんがつけたらきっと似合うだろうね。かけてごらん」

 ネックレスがお母さんの手から、おそらく樹里の手に渡ったことで、僕の認識から消えた。


「樹里ちゃん、すごく嬉しそうにして、鏡を見に行ったよ」

 お父さんが言った。頑張って作ったから、喜んでくれたなら嬉しい。

「きっとキレイだと思うわ」

 お母さんは、その言葉を肯定するかのように、微笑んだ。


「お母さん、お父さん、ごめん。今日は樹里にしかプレゼント用意してなかったんだ」

 二人に何かをプレゼントするなんて、考えることが出来なかった。でも、今の僕は二人にも何かをあげたかった。

「いいよ。そんなこと、気にしなくて」

 お母さんはそう言ってくれた。


「お父さんは、プレゼントの代わりに、ひとつだけ約束してほしいな」

「どんなこと?」

「来年のクリスマスに、有希くんから僕たちへ、今年の分を一緒にプレゼントしてほしい」

 お父さんは一瞬、口にだすのをためらったように見えたけど、言った。

 僕は、うんいいよ、と言いたかった。けれど、喉元まで出かかっているこの言葉を声にすることが出来なかった。


「守れるかわからない約束は、したくない」

 口が重たかったけど、こう言うべきだと思ったので、言った。


「そうか」

 そう言うと、お父さんは僕の頭に手をおいた。


「そうだね。さっきの約束はやめておく」

 お父さんは言った。


「でも、できるだけ、叶えてくれるようがんばってくれ」

 頭に乗せられたお父さんの手が少し震えていた。

「うん、わかった」

 僕は、その言葉にうなずいた。

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