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天使とすごした10月4日  作者: 直木 新
24/28

24話

「次も冷たいスープなんだけど、みんなお腹冷えてたら言ってね」

 お母さんは、そう言いながら4杯目のスープを注いでいった。

「大丈夫だよ」

「うん、食べられるよ」


 それは真っ白だった。透明なグラスに、濁りのない純白のスープが注がれていた。

「さっきのスープも、こっちのグラスのほうがキレイだったかもねぇ」

「うん、そう思うわ」

「はは、ごめんごめん」

 驚く僕を傍目に、両親はそんなやりとりをしていた。


「これは?」

「フランス語で、ビシソワーズっていうんだけど、うん、説明すれば冷やしたジャガイモのスープね」

「これ、ジャガイモなんだ」

 ジャガイモのスープがこんなにキレイな色になるんだって、びっくりした。


「カボチャも、トマトも、ジャガイモもアメリカ大陸の野菜なのよね。長い間あっち行ってたからこんな料理ばっかり作っててね」

「全部、日本でも普通に手に入る材料だけどね」

 お父さんはそう言って茶化した。


 このスープを作るのには、きっとすごい手間がかかっている。これだけじゃない、さっきのコンソメも、トマトもカボチャも。いろんな材料が使われていて、それを感じさせないくらいなめらかで、おいしくて。僕は料理なんかしたこと無い。だから、美味しいものを作ることがどれくらい大変なのかなんて、わからない。病院の料理だって、ちゃんと美味しいし、贅沢なんか言えないんだけど。今日、お母さんが作ってくれたスープは、今まで食べてきたものとはぜんぜん違う。比べ物にならない。


 そして、きっとこのスープも、おいしい。こんな手のこんだキレイなスープが美味しくないわけがない。僕は、ちゃんと舌で確かめようと思った。

 一口、含む。それは、期待以上の味で、かつ初めての舌触りだった。最初のカボチャのスープにも似ている。そして飲み込んでみた。絹のような喉越しとは、このことだと思う。絹なんか飲んだことないけれど。カボチャのスープは、他にも色んな野菜の味がしたけれど、こっちはもう少し単純だ。ジャガイモって、強い主張がある。クリーミーな味わいもする。ジャガイモにしても白すぎるから乳製品の何かだと思う。おいしい。


「ふぅ……」

「どう?」

「すごいね」

「それは褒め言葉かな? だよね。ありがとう」

「こっちこそ、ありがとう」

 僕たちは、静かに、純白のスープを味わっていた。


 4杯目のスープを飲んだ後は、僕たちは、しばらく休憩し、談笑をしていた。


 主に喋っていたのはお父さん。ためになる話やら、過去の失敗話やら何やら。この人は想像していた人物像と違って、屈託が無い。優しくもあるけど、どこかお調子者だった、どこを見て硬い人だと僕は感じていたんだろうか。お母さんは、のんびりした人だった。あまり出しゃばらないけど、卑屈でもなく、おおらかな感じがする。

 彼らは、好感の持てる人物だった。


「樹里、楽しい?」

「もちろんだよ」

「よかった」

「お兄ちゃんはどう?」

 僕は、何故か一瞬言葉に詰まってしまったけれど、言った。

「楽しいよ」

「うん、楽しいよね」

 そんな、他愛のない会話だった。内容は無いけれど、これはたぶん、自然な兄妹の会話だと思う。

 そんなことが、幸せというものなんだろう、きっと。


 しばらく談笑が続いていたけど、いい加減に気になってることを聞いてみることにした。

「それで、最後の瓶は何が入ってるの?」

 僕は、それを見せるよう促した。

「これは、ねぇ」

 お母さんは最後のスープだけ、出すのをためらっていた。


「用意したものが4つじゃ、縁起悪いでしょ。だから急ごしらえで作ってみたんだけど。あんまり自信ないから、お腹いっぱいだったら、飲まなくていいよ」

「えー。だって、4杯じゃ縁起悪いでしょ。だから、飲ませてよ」

「うん。それも、そうね。じゃあ、飲んでみて」

 そう言って、お母さんは魔法瓶の蓋を開け始めた。

 最後の瓶からは、よく知っている匂いがした。


「お、最後は味噌汁か!」

 お父さんは言った。

「帰ってきてから、飲んでなかったからなぁ。懐かしいなぁ」

「一応、お料理の本どおりには作ってみたんだけど、ね」

 さっきの言葉通り、お母さんは自信無さそうだった。

「多分、まずくないとは思うんだけど」

 そう言って、お母さんはカップに味噌汁を注いでいった。

 具材は細かく切られた豆腐と、ネギのみじん切りだ。僕に食べやすく配慮してくれたことがわかる。


「いただきます」

 みんなで律儀に、また食前の挨拶をした。


 僕はズズ、という音を立てて、味噌汁をすすった。味は、味噌汁だ。でも、いつも食べている味ともまた違う。

 これは、知らない味のする味噌汁だった。その味を僕は、おいしい思った。


「ああ、これこれ。懐かしいなぁ。やっと日本に帰ってきった感じがするよ」

「こっちにいた頃、和食の研究とかしたことなかったから不安だったけど、おいしい?」

「うん」

「大丈夫、これはおいしい」

 僕と、お父さんは答えた。きっと、樹里もおいしいと言った。

「ああ、良かった。鰹だしをとったのなんて、それが初めてなの」

「ということは、もっと美味しくなるのかな?」

「おそらく、ね」

 そう両親は笑いあった。この二人は、ほんと仲がいい。微笑ましいけれど、なんとなく羨ましかった。


 食べ終えた後、みんなは食器を片付けていて、僕はそれを眺めていた。

 5杯のスープで、一番はどれだったかな。そう思うと、出来としては一番拙かった最後の味噌汁が、一番心の中に残ってた。


「僕たち、今日は、少しくらいは親に、なれているかな」

 食後、ぽつり、お父さんがつぶやいた。

「え?」

 僕は、つぶやきの真意がわからず、そう言うしか無かった。


「日本に帰ってきて、最初に病院に来たとき、有希が、僕たちの顔を覚えてなかったことくらい、すぐわかったよ」

「うん、そう、だったんだ」

 あの時は気を遣わせないようにふるまったつもりだけど、両親も僕のことを見ていた。隠しても、考えていることは伝わってしまっていた、ということか。


「僕は、後悔してた。僕たちがいない間、有希たちがどんな思いをしていたのか。僕に、想像力が無かったんだ」

「でも、お父さんは、僕と樹里のために頑張ってたんでしょ」

「そのつもり、だったんだよ。でも、本当にそうだったんだろうかね」

「どういうこと?」

 お父さんは、少し俯きながら語り始めた。

 

「僕は、浮かれていたんだよ。二人を、いや有希を助けるためにしていた活動が実を結び、やがて、曲がりなりにも教授なんて呼ばれる立場になってしまった。だんだん忙しくなり、日本へ帰れなくなった。入院費と研究に必要な費用も得ることが出来たけど、子供を助けようと思ってやってたことが、本末転倒になっていた。その間、二人も生きていたんだ。幼い子どもたちが、親の助けもなく生きていたんだ。それがどんなに厳しいことか、考えられていなかったんだ」

 間をおいて、続けた。

「いや、考えてなかったわけじゃない。だけど、全く想像力が足りていなかった」

 そして、お父さんは、頭を抱えて、下を向いた。

「大事なことを、見失っていたんだよ、ほんと、何やっているんだろうな」


「私もね」

 続いてお母さんが語り始めた。

「最初、お父さんについて行こうかどうか、散々迷ったの。そして、私は決心した。お金を集めるため、お父さんは外国で一人で戦わなければならない。だけど、有希は病院にいれば、周りの人が守ってくれる。樹里は、おじいちゃんとおばあちゃんが見てくれるって言ってくれた。だから、お父さんについていった」

 一息入れたあと、続けた。

「そう、周りに甘えてしまった。だけど、5歳の子供を母親が置いていって、いいわけないじゃない……。他に、やりようはあったはずなのに。母親にとっても、小さな子供の成長をそばで見守るって、すごく大事な時間だったの。かけがえのない時間だったはずなのに。それを私は自分から捨ててしまった」


 そして、お母さんは言った。

「結果、自分の子供に、そんな目で見られてる。まったく、自業自得よね」


 僕に、なぐさめる言葉は、浮かんでこなかった。


「ごめんなさい」

 お母さんは、頭を下げて、そう言った。


「いいよ」

 僕は一言、言った。ただ、僕の両親は、僕と同じ人間で、同じく弱いものなんだ。それが、今わかった。

「周りの人が僕を助けてくれたから、そして、お父さんとお母さんがいるから、今僕は生きてるから」

「そう、か」

「親がなくても、ほら、子は育つんだよ」

「ははは……、これじゃ、どっちが子供かわからないな」


「僕たちは、少し考え方が子供らしくないかもしれないけど。だけど、これから、お父さんとお母さんがそばにいれば、きっと子供らしく生きられると思うんだ」

 僕は、お父さんと、お母さんに向かって、言った。


「有希は、そう、言ってくれるんだね」

 お母さんは、そう言った

 お父さんはしばらく下をうつむいた後、

「それじゃあ、これから、よろしく、頼むよ。……どうか」

 と、顔をあげ、僕の手を握って言った。


「ごちそうさま、ご飯、おいしかったよ」

 僕はお母さんに、そういった。

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