表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使とすごした10月4日  作者: 直木 新
23/28

23話

 僕は家族の輪に、おそるおそる加わっていった。みんな僕を受け入れてくれている。結局、心に壁を作っていたのは僕だけだった。

 まだ心を許すことは難しいけれど、少しだけ、打ち解けることが出来ている気がした。


「みんな、そろそろお腹が空いたかな?」

 お母さんが言った。時計を見ると、正午を少し過ぎている。

「お昼ご飯、持ってきたよ。持ち込み禁止だけど、今日だけ、特別に許可もらったの」

「そうだね。よし、食べよう!」

 お父さんはそう言って、テーブルの下に置いてあった、青い発泡スチロールの箱を開けた。


「僕、今あまりご飯が食べられないんだけど」

「うん。ご飯、飲み込みずらいのよね? だから、今日は色んなスープを作って持ってきたのよ」

「これで全部かな」

 お父さんの手により、5本の魔法瓶がテーブルの上に並べられた。

「ええと、まず、どれだっけ」

 お母さんは迷いながらも、1本目の魔法瓶の蓋を開ける。その間にお父さんがプラスチック製の容器をテーブルに並べていく。


 4人分。

 確かに、4人分。

 樹里がいる、ということが、このことで僕にも認識できる。


「じゃあ、まず、これね。これはカボチャのポタージュスープ」

 眼の前のカップに注がれた、ほんのり乳白色の、黄色いスープは、たしかにカボチャの香りがする。

「昨日は、冬至でしょ」

「そうだったんだ」

「そう、冬至には、カボチャを食べるのよ」

「へぇ」

 そういえばそうだった気がする。本でそんなことを読んだ覚えがある。


「冬至はお日様が出てる時間が一番短い日だからね。健康でいられるよう、風邪をひかないように、昔から栄養のあるものを食べてたんだって」

「カボチャは栄養たっぷりなのよ」

 二人は、そう言った。

「これなら飲めそう」

 僕は言った。お母さんの手で、すべてのカップにスープが注がれた。


「いただきます」

 4人、みんな揃って、そう言った。

 多分、4人で。

 それは、僕の記憶にない、初めての、家族全員揃ってのいただきます、だった。


 カボチャのスープを口に含んだ。人肌より少し暖かいくらいの、飲みやすい温度。口の中に芳醇な香りと甘さが広がる。どうやらカボチャだけではない、他の野菜の甘さと、しょっぱさと、さまざまなコクを感じとれる。

 色々野菜が入っている感じがするのに、それはとてもなめらかで、すっと喉の奥まで流れ込んでいく。ごくり、と音をたててお腹の中に流し込むと、スープが通っていく僕の体の中の感覚が、得も言えぬ満足感を覚えていく。


「おいしい」

 僕は言った。

「すごくおいしい」

 おいしいことをちゃんと伝えたかったので、もう一度言った。

「よかった」

 お母さんは、嬉しいと言うよりも、どこかほっとした笑顔を見せた。


 僕は、ズズっという音を立てながら、もう一口スープを飲んだ。さらに、もう一口。僕は、夢中になっていた。

「はぁ」

 僕は全部飲み干した後、一息ついた。


「うん、これはおいしいよ」

 お父さんもそう言った。

「ありがとう」

「気合を入れたのがすごくわかるねえ」

「あら、私の料理はいつも美味しいわよ?」

 お父さんとお母さんは、そう言って笑いあった。


「他にもスープがあるの?」

「そうよ」

 お母さんは、次の魔法瓶を手にとった。

「全部飲めるかなぁ」

「どうかな? 飲んでみて」

 新しいカップに、さっきとは違うスープが注いがれていく。鮮やかな赤いスープだった。


「じゃあ、このカップ洗ってくるよ」

お父さんが、さっきまでカボチャのスープの入っていた4つのカップを持って部屋の外に出ていこうとする。カップに少しくっついているスープが、ちょっとだけなごりおしい。

「お願いね、ありがとう」


「この赤いスープ、何?」

「これはね、トマトで作ったスープなの。日本ではあまり馴染みがない言葉だけど、トマトが赤くなると医者が青くなるってことわざがあるの」

「どういう意味?」

「トマトを食べていれば、医者にかからなくなるくらい健康になるって言われてたのよ。お医者さんのところに患者さんが来なくなるから、青くなっちゃうんだって」

「へぇ~」

「って、病院でこんなこと言ってたら怒られるかな? し~~~」

お母さんは口元に指先を立てながら、神妙に言った。

「あはは」

 色々な本を読んでいても僕でも、全然知らないような言葉を、両親は知っている。

「だから、これ飲んで、がんばろう」

「そうだね」


 そして、お父さんが、キレイになったカップを持って、部屋に戻ってきた。

 僕のベッドの小さなテーブルには、カップの半分くらい注がれた赤いスープが、置かれている。

「いただきます」

 家族揃って、もう一度、いただきます。


 ほんのり酸味を感じた。おそらく、新鮮な生のトマトを煮込んでいる。濃厚なのに、それを感じさせない透明感。皮も全部取ったに違いない。今度ははっきりトマトの味を感じる。他は、トマトの味を殺さないアクセント程度の風味。僕は野菜としてのトマトは苦手なはずなのに、嫌な感じが全然しない。少しスパイシーで、ほんのり鶏肉っぽい味もした。


「うん」

 僕は、注いでもらった量の半分程度を飲んで、そう言った。

「おいしい?」

「おいしいよ」

 このおいしいさを、他の言葉で表現できなかったので、ただそう言った。

「よかった」

 お母さんは、今度は、嬉しそうだった。


 そして僕は全部飲み干した。もっと飲みたかったけど、おかわりしたら多分残りが飲めなくなるから我慢した。きっと他のスープも、同じくらい美味しいはず。

 全員飲み終える。お父さんはまたカップを洗いに出ていった。部屋の近くに給湯室があるから、そこに行ってるのだと思う。


「樹里は、おいしかった? なんて言ってるかな」

 僕は樹里に話しかけた。

「ふふ、とっても、おいしいって」

 お母さんは嬉しそにそう言った。


「カボチャとトマト、どっちが好きだった?」

「う~ん、どっちもおいしいけど、カボチャかな。甘くてクリーミーなところが、すごいツボだった。そのままのカボチャと違って飲みやすいのもいいなぁ」

「うん、そっかぁ」


「お兄ちゃんは?」

「う~ん、質問しておいてアレだとは思うんだけど、比べられないくらいおいしい」

「えー、ちゃんとどっちか決めてよぉ」

「う、ごめん。どっちもおいしかった、じゃダメかな?」

「ダメ」

「うーん、じゃあ、僅差でカボチャ」

「じゃあ同じだね、やった、同じ同じ!」

 そう通訳してくれたお母さんの笑顔は、さっきよりちょっと意地悪そうだった。

 そして、お父さんが戻ってきた。


「じゃあ次ね」

 カップには、すでにスープが注がれていた。

「今度のこれは、コンソメスープ」

「あれ、これ温かくないの?」

 注がれた、薄い黄色の、透き通ったスープ。カップを手に取ると、冷たかった。

「そう、これは冷やして飲むスープよ」


 見た目は薄いアイスティーみたい。一口、おそるおそる、口に含む。冷たいスープなんて、初めてで、そして鮮烈だった。肉なのか、野菜なのか、魚なのか、それとも別のなにかか。色々な味が、弾けた。わけがわからないけど、知っている色々な味が、知らない味を作り出していた。

「これも、おいしい」

 僕はそう言って、少しずつゆっくり味わい、そして、最後の一滴まで飲み干した。


「すごいね」

「うん、ありがとう」

 お母さんは微笑んだ。

「コンソメスープって、冷やすと固まっちゃうんでしょ? どうやって作ったの?」

「え、有希くん、よく知ってるね!」

 コンソメの成分のお肉のダシにはゼラチン質が入っているから、コンソメスープを冷やすとゼリーになるって、本に書いてあった覚えがある。

「ふふ、スープからゼラチン質だけを取り除く方法があるの。退院したら教えてあげる。一緒に作らない?」

「……そうだね」

 僕は、その誘い対して、曖昧な返事をした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ