20話
この時間を壊したくなかった。
この空気を、ずっと吸っていたかった。
だけど、僕は、口を開こうと思った。
聞かないことに、もう耐えられなかった。
切り出す言葉をずっと考えていた。
そして、僕は、口を開いた。
「僕は樹里が好きです」
誰も何も言わず、少し、時間が過ぎた。
怖かった。
だけど、聞かずに最期を迎えるのは、もっと怖かった。
思っていることを全て吐き出そう。
僕は覚悟を決めた。
「目の手術を終えた後、僕は樹里に出会いました」
たしかに、出会った。
出会ったはずなんだ。
「初めて妹の存在を知り、僕たちは仲良くなりました。そして、僕は樹里が好きになりました。そして、10月4日を最後に僕は樹里が見えなくなりました」
長居さんは僕の言葉の続きを待っていた。
月が、僕たちを照らしていた。
「その1ヶ月は、僕にとって、かけがいのない日々でした。人生で、初めて大切なものを見つけました。初めて、人を好きになれました。そして、10月5日にそれが見えなくなりました」
僕は続けた。
「失ったと思ったものを、長居さんを通して、僕はまた見つけることが出来ました」
「うん」
長居さんは一言、短く言った。
「長居さんが通訳をしてくれる樹里は、確かに樹里でした。僕が出会ったあの女の子でした。だけど、不安になってしまって、それが耐えられないくらい大きくなってしまったんです」
一呼吸、二呼吸おく。
鼓動が高鳴るのを抑えながら、言った。
この言葉は、きっとみんなを傷つける。僕自身も。
「樹里は、本当に存在するんですか?」
もう一言、言った。
「長居さんが、樹里という女の子を、演じているんですか?」
僕は、僕の考えを否定して欲しかった。
樹里の存在を肯定して欲しかった。
けれど、長居さんはただ黙って、僕の目を見つめた。
そして言った。
「どうしてそう思うの?」
一言だけ、短く。