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天使とすごした10月4日  作者: 直木 新
17/28

17話

 その夜、僕は樹里と話しをした。


「テレビで、生まれてすぐに死んでしまった赤ちゃんと、その両親のお話をやってたんだ。一瞬だけこの世に生を受け、苦しみのうちにあっけなく死んでいった赤ん坊がいた。親に残されたものは、つかのまの幸せと、その後の人生、ずっとずっと続いていく悲しみだけ。その子の人生に、はたして意味なんてあったんだろうか、考えたんだ。僕の人生もそんな子と大して変わりはしない。その子よりちょっとだけ長く生きているだけ。もしかしたら、世界のすべての人々さえ、同じかもしれない。ただ生まれて、そしてただ死ぬだけじゃないかって」


 ゆっくりと、息継ぎをしたあと、僕は続けた。


「すべての事には意味がある。だから、きっと同じように、すべての事に、意味なんてない。そう思っていたんだ」


 間をとって、再び僕は喋りはじめた。


「でも、今はそんな考えは、どっかいっちゃんたんだ。僕は生きる意味を見つけた。僕が生きる理由は、樹里にある。樹里がいるから、僕は生きたい。樹里が僕に触れても、僕は何も感じることができない。樹里が何か紙に文字を書いても、僕には読み取ることはできない。でも、それでいいんだ。君が、僕と同じ世界で、同じように息を吸って、笑顔で僕に話しかけてくれている。それを知れただけで、僕の人生は、意味のあるものだったんだ。もっと生きたい。もっと君の隣にいたい。もし、このまま姿が見えないままでもかまわない。見えなくても君がそばにいてくれるとわかってるなら、僕はそれだけで幸せなんだ」


 そして僕に対する樹里からの返事の言葉を、長居さんは伝えてくれた。


「わたしには、この世界で、有希くんしかいなかった。この部屋で君といるだけで、わたしはひとりじゃないって思えた。君はわたしに気づいてくれない。わたしのことを見てくれない。でもわたしはずっと君を見ていた。いつか君と話してみたかった。今日読んだ本で、君はどんな世界を旅していたの?とか、今日のカレー、おいしかったね、今日は全部ご飯食べちゃったね、とか、そんなたわいのないお話をずっとしたかった。そんな夢はかなうことなく、君は最期を迎えるのだと、そう思ってた」


 樹里は一度目を閉じて、また開いた。そして言葉を続けた。


「でも、夢が、かなったの。偶然だと思う。奇跡だと思う。諦めしかなかったのに、絶対にずっとこのままだと思ったのに、願いがかなったの。君はわたしの話を聞いて、笑ってくれた。そして君もわたしを笑わせることさえしてくれた。有希君を好きだって伝えることが出来て、有希君も、わたしを好きだって言ってくれたんだ。望んでいたことが、この数ヶ月で全部かなったんだ」


 間を置かず、樹里は続けた。


「またわたしが見えなくなったときは、ああ、前みたいに戻ってしまうんだって、絶望と諦めしかなかった。でも、違ったの。それでも有希くんはわたしに向かって、話しかけてくれた。ほんとうにうれしかった。これからずっと、ずっと有希くんはわたしに気づいてくれて、話してかけてくれて、長居さんやほかの人を通じて、わたしは思いを伝えることが出来るんだって」


 その言葉の後に、少しの間沈黙が生まれる。


「……でも、このままじゃそれも終わっちゃう」


 そして、少し震える声で長居さんは言った。目からは、一筋の涙が流れ、袖でそれを乱雑にぬぐった。


「お兄ちゃん、これからも、ずっとわたしのそばにいてよ、病気を治してよ」


「……うん、こんなので、終わりたくない。幸せだってことが何だか、はじめて知ることが出来たんだ。それなのに、また一人にはなりたくない。ずっと樹里と一緒がいい」

 樹里の前ではもう泣くまいと決めていたのに、我慢しているのに涙が流れてしまった。かっこ悪い。


「有希くん。……もし君が遠くに行っても、そのときは、わたしもすぐにそばに行くから、心配しないで」

 その言葉を発した長居さんは、とても険しい顔をした。


「ありがとう。この先、なにがあっても樹里がそばにいてくれるのなら、僕は何も心配することがない。でも、僕は生きるよ。生きて、この世界で、ずっと樹里と一緒に生きていくんだ」

「うん、お願い。お願いだから、その苦しみに打ち勝って、もう一度わたしを見つけてよ」


 そして、僕は言った。


「キス、して」

 少し間をおいて、

「うん」

 長居さんは言い、後ろを向いた。


 僕は、目を閉じ、ゆっくりと樹里を待った。


 何の、味もしなかった。

 何の、感触もなかった。

 樹里の暖かさも、冷たさも、わからなかった。

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