16話
「おはよう」
朝、ノックとともに、お母さんと、お父さんが病室に入ってきた。
「おはよう」
「調子はどう?」
お母さんは言った。
「うん、今は悪くはないよ。いつもとそんなに変わらない」
「何か、食べたいものはある?」
「ううん、大丈夫。」
「そう。何か、してほしいことは無い?」
気まずいから出て行ってほしい、とは言えない。
「今は特にないかな」
「今日はこんな本を買ってきてみたんだ」
西洋の海洋冒険物語と、アラビアの英雄物語。
「ありがとう。今回も面白そうな本だね。あとでゆっくり読むよ」
「喜んでくれてよかった。なにか読んでみたい本はあるかい?」
「本は足りてるよ。まだ手をつけてないのが結構たまってる」
「そうか、じゃあ、また面白そうなのがあったら買っておくよ」
このままでは話が進みそうにないので、僕のほうから、本題を切り出すことにした。
「手術を、受けることにしたよ」
「……ああ、有希がそう決めてくれて、よかった」
お父さんは続けた。
「お父さんたちは、迷ってた。今でもそうだ。偉い先生方がさじを投げたこの病気を、あの若い先生に任せてもいいのだろうか。何かしないと駄目なのはわかってる。しかし、何かできるチャンスは、おそらく1度しかない。1度しかないのなら、もっと確実な手を他に探すべきなんじゃないかと迷っていた。先生は、不確実な方法だと言った。それでもやりたいと、強く申し出てくれた。結局はその熱意に圧されてしまったよ。あれだけ治したい、と思ってくれるなら、お父さんたちは任せようと思った。……でももし失敗したら、後悔するだろう。なんであそこであの先生に任せてしまったのかと。何のために病気を治すために世界中を探し回ったのかと」
そのあと、お父さんはしゃべらなかった。僕も答えなかった。しばらく病室を沈黙が支配する。
「……樹里はそこにいるの?」
やがて僕は言った。お母さんがそれに答えた。
「お母さんのとなりにいるよ。看護師さんを通して、二人で話をしてるんだってね。同じように、わたしが樹里の言葉を伝えようか?」
お母さんの申し出は断った。
「後で話をするから、今はいいよ」
そのあとも世間話を続けたけれど、やがてお昼ごはんの時間になったので、二人は部屋から出て行った。