15話
その夜、僕は樹里と話をした。間に長居さんを介して。
「樹里は、手術の話は、聞いた?」
「うん、聞いたよ、お父さんと、お母さんから」
「僕は、受けるって先生に言った。もう手術になるのは決定したんじゃないかな」
「うん。有希くんが嫌じゃないのなら受けるべきだと、わたしは思う」
「樹里は、どう思った?」
「……こんな話は、わたしは知らない」
おそらくは、「前回」はこんな展開ではなかった、と言いたいのだろう。言葉を濁しているのは、長居さんには知られたくないからだろうか。
カラオケの時のあの話は、樹里の作り話、妄想の部類だという可能性も、ちゃんと考慮しておかなければいけないけれど。
「なんで、こうなったんだろう」
「みんな、本気で有希くんを助けたいと思ってるんだよ。……みんな心の中で、祐希君が抱えている痛みと苦しみを、わかってしまったから」
「そっか。これから、そんなに苦しくなるのかあ。嫌だなあ」
「……祐希くん、今は苦しくないっていうの? わかってないの?」
「別に今は苦しくないよ? 少し不自由だとは思うけどね」
樹里には、今の僕の病気がそんなひどい状態に見えるのだろうか。
たしかに、体はだんだんうまく動かせなくなるし、痛みも徐々に現れてきた。でも、僕が何かうまく出来ないときは、周りがサポートしてくれる。僕のために、多くの人たちが奔走してくれている。
世の中には、僕なんかより苦しんでいる人が、たくさん、たくさんいる。苦しいのが僕だけだなんて思うのは傲慢だ。
樹里だって病気を抱えていて、体中が痛いって言っていたのに、そんなことおくびにも出さずに僕の看病をしてくれる。むしろ僕だけがずっと寝っ転がっていて、ほんとに申し訳がない。
「今は樹里がそばにいてくれるからね。毎日が楽しくなってきた」
こういうことを言ったら、樹里も喜んでくれるかなと思ったけど、逆に表情が暗くなてしまった。
会話ってやっぱり、難しい。兄妹だからって、僕と樹里の考えていることや思考の進む方向は全然違うんだ。さっきはなんて言えば正解だったんだろう。
「長居さんもね、自分の意見をいわせてもらうと、樹里ちゃんは、いったん帰りなさい。有希君も大事だけど、がんばってるご両親も労わってあげないとね」
「はい、そうですね、今日はもう帰ります。……長居さんがいるから、私は安心なんです。ありがとうございます」
「うん、そう言ってくれて、こちらこそありがとう。でも生意気。子供はそんなこと、言わなくていい」
「あはは、すみません」
そう言ったあと、樹里は帰る準備を始めた。
「また明日ね。明日はお母さんたちと一緒に来るからね。おやすみ」
「うん、おやすみ。家でゆっくりして」
そしてまた樹里と話が出来るのは明日になった。今日はもう、寝るだけだ。
「なんか自分と会話をしてるような、さっきの光景って間抜けだよね。有希君の視点から見たら、特に」
樹里が帰るのを見送ったあと、長居さんはそんなことを言った。
間抜けなんて、そんなことは思わない。長居さんは、いい人だ。