13話
お昼ごろ、部屋のノックが2回鳴った。
「どうぞ」
僕はそう促した。
病室に、ぞろぞろと五人の大人たちが入ってきた。
お医者の先生と、看護師の長居さんと、もうひとり男の看護師さん。その後ろに、大人の男の人と、女の人。
後ろの二人に、見覚えはなかった。
ただ、状況から言えば、この人達が僕のお父さんとお母さんだ、おそらくは。
どうやら、顔を合わせない期間が長かったので、僕は彼らの顔を忘れてしまっているようだ。
「久しぶり、お母さん、お父さん」
僕は笑顔で、言った。
「有希くん、がんばってるね、えらいね」
お母さんと思われる人もまた、笑顔でそう言った。
お父さんと、お母さんがベッドの横にしゃがみこみ、先生が二人の横に立っている。看護師さんたちは後ろでその様子を見ている。
しばらくの間沈黙が続いたが、まず、お父さんが口を開いた。
「病気を治す方法がないか、いろんなところを探して回ったんだ」
お父さんは続けた。
「結果は……誰もわからなかった。どんな偉いお医者様も、大学の先生も。僕たちは、死力を尽くしている。……だけど、結果が出ないんじゃ意味がない」
お父さんは、とても悔しそうだ。
お母さんは、とても悲しそうだ。
「そうなんだ」
僕は言った。他になんて言えばいいのか、よくわからなかった。しょうがないよとなぐさめるのもおかしいし、もっと頑張ってとも言えない。
僕は、その次に誰かが話すのを待った。
「僕は、無力だ。ほんとうに」
お医者さんは、小さな声でそう言った。独り言のようだったけど、病室が静かになっていたので声が響いた。
取り繕うように、お医者さんは続けた。
「今日、これから今後のことを、お父さんとお母さんと相談することにしたんだ。この前の、手術の経過と結果を話して」
お医者さんさらに続けて言った。
「そして、もしかしたら……本当にもしかしたらなんだけど、君を治す方法が、あるのかもしれない」
言葉の内容とは違う、それは今までの先生から聞いたことのない、弱気な声だった。
「それを今日、有希君のお父さんとお母さんに、話すつもりなんだ」
「そして、最終的に、君に決めてもらう」
一呼吸置いて、先生は言った。
「手術を受けるか、受けないかを」
その後、大人たちの間で話が続いた後、やがて先生と男の看護師さんが退室した。
そして、看護師の長居さんと、お母さんと、お父さんが部屋に残った。
まず、お父さんが僕に話しかけた。
「樹里ちゃんのことが、わかったんだって?」
「うん」
「海外で、そのことを聞いたよ。驚いたし、嬉しかった」
「……ずっと一緒にいるのに、さみしそうなふたりを見ているのは、本当につらかったから」
お母さんが言った。
「そう」
僕は言った。
「でも、また見えなくなった」
そして、僕はそう続けた。
「ううん、樹里がいるってわかってくれて、よかったよ。本当によかった」
お母さんは僕と、その後誰もいないところを見て、そう言った。
その後は、とりとめのない話がつづいた。
僕はずっと二人の話を聞いていた。僕からは、何を話していいか、わからなかった。
「二人共、つかれているでしょ? せめて今日はゆっくり休んでよ」
頃合いをみて、僕はそう言った。
「ああ、ありがとう。そうだね。有希くんも疲れただろうし、また明日、ゆっくり話そう」
彼らは部屋から出ていった。
正直に言うならば、この人達と一緒にいるのは気まずいし、どんなことを話したらいいかわからないので、悪いとは思うけど出来ればこのまま、また海外に行ってしまってほしかった。
ただ、僕は、そばに居てほしかった。
できれば、ずっと家族が、そばに居てほしかった。
その言葉を、口には出さず呑み込んだ。そんなこと、彼らに言うことなど出来ない。
お父さんとお母さんは僕のために頑張っている。そしてずっと樹里がそばについていたんじゃないか。
気づかなかった僕が全面的に悪い。
でも、長い期間をかけて広がってしまった、この心の隙間を、埋めるあわせることは、まだ出来ていない。