10話
それからも、毎日僕は樹里と話をした。
看護師の長居さんはつきっきりで、樹里の言葉を僕に伝えてくれた。
病床に臥せっていながらも、以前とは違う充実を感じる日々を送っていた。
これから病が悪化していくと宣告されていた僕だが、最近は少し持ち直してきた。
体はなんとか起き上がるし、あまり痛みに苦しむこともなかった。
そうすると、長居さんも僕たちにつきっきりというわけにはいかなくなる。
長居さんは以前、今は社会的に人手が不足していて、とくに医療業界は最も厳しい部類になると話してくれた。
この病院も、医師も看護師もギリギリの人数で回してる、と。
給料を増やせば人は集まるけど、そうすると昔からの看護師さんが文句を言う。そしてどんどんみんなの給料をあげていかなければならなくなる。
人が増えて、さらに給料も上がっていったら、病院の儲けがなくなってしまう。だから、一人の人間が、たくさんの仕事をこなさなければならない。
大人の事情だけど、利益が出ないと病院がなくなってしまうかもしれないっていうのは、僕にも理解できる。
そうなったら、みんながこまる。そうなったら、僕はどうなってしまうのだろうか。
だから、僕が樹里と長い時間話せないのも、仕方がないんだ。
部屋の中は静かだった。
「あ、今テレビで映画やってるよ、これ見たことある? 見る?」
そういって、僕はテレビをつけた。
古いアメリカのアクション映画だ。樹里が話題にするジャンルじゃないから、もしかしたら好きじゃないかも知れない。
「面白くないかなぁ」
もちろん、返事は帰ってこない。
「やっぱ消そうか」
僕はリモコンの電源ボタンを押してテレビを消した。
そうすると、部屋の中はまた静になる。
しまったな、テレビは樹里に消してもらえばよかった。
もしかしたら、見たかったのかも知れないし。
あれだけ話したのに、僕は樹里のことを全然知らないんだなぁと、落ちこむ。
そもそも樹里はここにいるのかな。
それを聞ける人が今は居ない。またナースコールで誰か呼んで、それだけ聞くっていうのは、もう申し訳なくて出来ない。
やることもなくて、ボーっと空を眺めた。樹里が側にいるのなら、いつだって話したいのに。
樹里が側にいるかも知れないのに、何も話すことが出来ない。すごくもったいなかった。これから、樹里が僕のそばにいる保証なんてどこにもないのに。
もったいないから、僕は話した。
「もっと樹里と話したいなぁ」
返事がないから、ひとり言をつぶいた。
「今まで生きてて、今ほど楽しかったことはないんだ」
「僕は、僕のことが好きじゃない。僕は何も出来ない。僕はかっこ悪いんだ」
「樹里は、僕のことを好きだって言ってくれた。なんで好きなのか、とても不思議だ。こんなにかっこ悪いのに」
「でも嬉しかった。僕のことを好きな人が、この世界にいたんだって」
「しかも、こんな、すぐ近くに、触れ合える距離に、話し合える距離に」
「僕を好きな女の子は、とてもかわいい同い年の女の子だった」
「双子の妹で家族で結婚できないことが残念だけど、家族だからずっと一緒の家に住めるんだから別にいいやと思った」
「僕も樹里好きだ」
「最初は話してて楽しかっただけだけど、いつの日にかこれが好きだって気持ちだってわかった」
「僕は樹里の全てがすきだ。顔も、声も、仕草も、口癖も、話してる内容も」
「いつかまた、そのキレイな目が見たい」
「また、僕にちょっとはにかんだ笑顔で微笑みかけてほしい」
「僕がつまらないジョークを言ったら、また困ったように笑ってほしい」
「泣き顔も好きだ。ごめんね。でも、とてもドキドキするし、流れる涙はとても純粋なものな気がする」
「触れることが出来るのなら、今すぐキスがしたい」
「そしてギュッと抱きしめたい。ずっと、ずっと、ずっと」
僕は、誰もいない部屋の中で、ひとり言をつぶやいていた。
思ったことをそのまま。
浮かんだ言葉を、そのまま。