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天使とすごした10月4日  作者: 直木 新
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1話

 15:30になったら、外へ出る時間だ。


 いつも5分前には看護師さんが来る。

 読みかけのハードカバーに紐状の栞をはさんで、車椅子へ乗る準備を始めた。


 外出は今着ているパジャマ姿のままでする。

 一人で着替えるのは難しいし、時間がかかる。

 他の人がきちんとした服を着ているのを見ると、気恥ずかしいけれど、今ではそういうものなんだとあきらめている。


 正直にいうと、外出はめんどくさい。ずっと病室で本を読んでいたい。


 看護師さんが僕のためだと言ってるし、毎日陽の光に当たることが大事なことなのも知っている。だけど中庭を散歩している間、栞をはさんだ本の続きが気になって仕方がなかった。


 すれ違う人は気の毒そうにしたり、視線をそらしたり。

 よく顔を合わせるお婆ちゃんが笑顔で「こんにちは」、と声を掛けるので、僕も笑顔で「こんにちは」と返す。


 車椅子を押している看護師さんが時たま声をかけてくるけど、会話はあまり続かない。



 病室に戻ってくるとすぐにベッドに移り、サイドテーブルのハードカバーを手に取る。夢中で読んでいると、看護師さんはいつの間にかいなくなっていた。

 陽が落ち、夜になってもずっと本を読み続けていた。


 いつしか看護師さんがやってきて、食事を持ってきた。本を置き、手を拭いてもらう。

 最近はフォークがうまく使えなくなったので、もどかしい。口に入れてもうまく咀嚼できない。

 半分以上残してしまうが仕方がない。 足りない栄養は、点滴を1パック腕に流し込むことで補われる。


 ゆっくり歯を磨き、そして本の続きを読む。

 そのうち消灯の時間が来たので、本をサイドテーブルに置いて、ゆっくり目を閉じた。



 学校に行けないから実感がまるでないけれど、学年でいえば僕は小学4年生なのだろう。


 僕は本が好きだ。

 本を読めば卑劣な犯罪者を、名推理で追い詰める探偵になることも出来るし、偉大な発明家にもなれる。冒険家やヒーローにも哲学者にもなれるし、素敵な恋愛だって出来る。世界は、この本の中なのだ。

 どこへだって行けるし、すべてを知ることが出来る。


 ただ、最近、本を読んでいると目がかすむようになった。お医者さんは、病気が進行していからだよ、と言った。


 また目がよく見えるようにするため、今度、視神経を移植する手術を行うらしい。

 培養した視神経のiPS細胞を、僕の目に移植するという。

 成功例はあるから安心して、というが、僕の場合も成功するとは限らない。失敗したらどうなるのだろう。


 死ぬまでの間、本の読めない暗闇の中で過ごすのだろうか。

 それだけがただ、怖かった。


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