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第6話

あれから何日か経って、ここでの生活にもだいぶ慣れた。

自分で言うのも何だけど、ものの数日で慣れてしまうなんて私の環境適応力はかなり凄いよね?

ただし、これが役に立つことは全然無いーー

こういったことにならない限りは。


この数日間、私はご飯に行く以外は部屋で引きこもりを貫いていた。

ところが、今朝ーー


「ルーナ、突然だけど今日は一緒に外へ出掛けないかい?

ちょっとアタシの買い物に付き合って欲しいんだよ。」


本当に突然された提案に、私はただただ困惑するばかりだった。

ソトヘデカケル?カイモノニツキアウ?


…そんなの絶対嫌だ!


「ぁ…、」


おばさんには少し申し訳ないが、断りの旨を述べようとしたーーそんな時だった。


「あぁ、それはいいな。

ルーナも、ウチの子になったんだし市場の人にも挨拶しないと。」


カイルおじさんっ!!

そんな余計なこと言わないで…。

挨拶したことで顔を覚えられて、外に出るたびに人に話しかけられたりしたら、たまったもんじゃないよ。


「そうだねえ。

ご近所さんにルーナのことを知ってもらわないと!」


始めこそ、私の意思を尊重しようという態度が見えたノーラおばさんも、カイルおじさんの言葉に乗せられて、今やすっかりその気になっている。


はぁ……。

なんて憂鬱。






*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*





「それじゃあ行こうか。

迷子にならないように、ちゃんとアタシについてくるんだよ!」


「はい…」


私達の脇をすり抜ける人々。

今度は、私を汚いものを見るような目で視線を向けてくるようなことは無かった。


やっぱり、おばさんと一緒にいるから?

それとも、小綺麗な服を着ているから?

どちらにしろ、私のステータスが変わったからと、ガラッと態度を変えてしまうような人間の姿を目の当たりにして嫌悪感が溢れる。


「さあさ、ここが市場だよ。

これからおつかいを頼むかもしらないから、ここの場所もしっかり覚えておいておくれ。」


私の陰りがかった心に、太陽のように明るい声。


ーーおばさん、ありがとう。

私を黒ずんだ思考の波から引っ張りあげてくれて。

これ以上考えてたら頭がおかしくなりそうな気がする。


信じたいけど、信じたくない。

人と話したいけど、話したくない。


心の中で軋轢する感情たちを、私は一体どう始末すれば良いんだろうね?


気を紛らわせたくて、市場を見渡してみる。

なかなかに活気があって、1人では絶対来たくない…。


「まず今日は、ここで野菜を買ってから隣の肉屋にいって、それから次はーー」


「きゃあぁぁぁぁっ!

誰か助けっ…むごむご」


おばさんの声を遮る、可愛らしく澄んだそれ。

声の主を探そうと、周囲を舐めるようにじっくりと見渡せばーー


あれだ!


くりくりっと丸い瞳を持った、可愛らしい容姿をした小さい女の子(とは言っても私の見た目よりは大きいが)が、泣きながら薄暗い路地裏に引き込まれている所が見えた。


あー、こういう場合はどうすれば良いんだろ…?


「ルーナ、行こう」


市場に並ぶ野菜たちを吟味していたノーラおばさんが、突然私の手首を掴んで、ガツガツと歩き出す。

それに、小走りになりながらついて行く私。


ノーラおばさんも、野菜の前は同じような方向を見ていたので、あの光景が見えていたはずだ。

果たして、おばさんは彼女を助けるか見捨てるか…どちらを選ぶの?


ーーああ、結局おばさんは助ける方を選んだみたい。


「こらぁっ、そこのアンタ!

何やってんだい、早くその子を解放しな!」


その女の子は、口に布を詰められ、手足にしっかりと縄を掛けられた状態で、男の手により薄汚れた袋に詰められている所だった。

流石に、この光景を見られて白を切ることは出来ないだろう。

だから、後は警備隊に男を突き出してこの事件は万事解決ーーそう思っていた。


だがしかし、男はなんと、懐からナイフを出し、恐怖でかポロポロと涙を零している女の子の首元へ持って行った。

ああっ、それは…!


「これを離してから欲しけりゃ、そこのをこっちに寄越せ。

俺は別にどっちでも良いから、これを放って逃げるか、それを差し出すか…手前らの好きにするんだな。


ほら、早く決めないとコイツがナイフに怯えきってるぞ?

おら、5、4、3…」


私は自分の足で、すたすたと男の所へ向かう。


「だめだっ、ルーナ!」


おばさんが私の腕を掴もうとするも、すっと躱して、おばさんの方を振り向くことなく男の側を目指す。


ーーもう、いいんだよ。

私は1回死んでるんだから、まともな生活なんて送ろうとしている方がおかしいんだ、きっと。

孤児院で疎まれていた私なんかよりも、愛らしいあの子を助けた方がいいでしょう?


「自分から進んで来るなんて、偽善者ぶりやがって馬鹿な奴だな。

まぁいい、こっちは解放してやるよ。

なんたって、俺は約束を守る男だからなぁ!」


男は、すっかり顔面が真っ青になって小刻みに震えている彼女から縄や布を取って、ノーラおばさんの方へと突き飛ばす。

その代わりに、手元にいる私をさっきまで彼女にしていたのと同じように手際よく拘束した。


「ルーナっ!」


「おらババア、覚えておけ。

生憎、今は1人分しかとっ捕まえる用意がないから見逃してやってるが、手前の連れの代わりに放してやった女…そいつは口止め料だ。

警備隊に通報でもしたら……どうなるかわかってんだろなぁ?」


そうおばさんを脅しながら、私を汚れた袋に入れる男。


ーーもう、私はどうなったって構わない。

別に、今更助けて貰おうなんて思わないしね。


でもさ、やっぱり私って存在してちゃいけないのかな?

例えどこへ行ったって私は私だってことか。


男のさっきの言葉から察するに、おじさん達は暫くの間監視を付けられてしまうことだろう。

無論、バレないようにと隠れているんだろうが、それでも見られ続けられていたら誰だって気付くものだ。

そして、周りからの視線を常に浴び続けるのはかなりのストレスとなるはず。


これが、私を拾ってくれた彼らにもたらしたもの。


ーーあんなに良くしてもらったのに、あの女の子を助けたい、なんて私の下らない自己満足に巻き込んでしまってごめんなさい。


こんなことになるのなら、私はあの小屋で一生過ごしておけば良かったんだよね、きっと。

「ノルコット孤児院」なんてちっぽけな世界の片隅で。


…まあ今更後悔したところで、もう全てが遅いのだけど。

でも、布のせいで声に出せないけれど、せめてもの懺悔の気持ちを紡ぐ。


「ルー、ナ…」


もう、おばさん、声を出したらダメでしょう。

また脅されたらどうするの?


路地裏に停めてあった荷台の上にドサっと落とされる。

丁寧に扱えとは言わないけれど、もう少し衝撃を減らそうとしてくれないかなぁ。


「それじゃ、着くまでせいぜい大人しくしているんだな」


走り出した荷台が、おばさんと未だにさめざめと泣いている女の子からどんどん遠ざかっていく。


…ノーラおばさん、カイルおじさん、本当にごめんなさい。

さようなら。

ご覧いただき、ありがとうございました。


ルーナをそう簡単には幸せにしてあげられない私なのです…。

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