思いでのカステラ
朝晩に涼しい風が、暑さを和らげるこの頃
セヒは、額に汗して、畑に水を撒いていた。
ここは、おばあちゃんの同郷の幼馴染の六郎爺ちゃんの
家の畑である。
六郎爺ちゃんは、不動産業者で成功したので、
大きな屋敷をクロちゃんン家の斜め前に構えている。
立派な庭の裏庭に、結構な広さの畑を趣味で作っている。
家の窓から、畑仕事に興味を持ったセヒが、畑の世話を
手伝いに通うようになった。
結構気難しい爺さんだが、毎日真面目に畑仕事を手伝う
セヒを可愛がるようになっていた。
クロちゃんが、六爺ちゃんン家に行くと、セヒと、
六爺ちゃんがお茶をしていた。
麦茶と、ミカンの寒天、西瓜、それに、カステラである。
「今日は、六爺ちゃん」
「クロちゃん、おやつを一緒に喰わんか。」
「食べる!」
クロちゃんは、セヒの横にすわり、カステラを食べ始めた。
「おばあちゃんもカステラ好きよね。」
「儂らの懐かしの味だ。」
「おばあちゃんと、美代ちゃんのひいじっちゃんと
幼馴染なのよね。」
「幼馴染というか、儂と、八、美代ちゃんのひいじっちゃん
は、姫さんの子分だったんじゃよ。
姫さんの実家は、地元の名家で昔は、武士でお殿様じゃった。
だから、儂らは、姫さんと呼んでいたんだ。
姫さんは、昔っから、頭はいいわ、器用だわ、気が強くて、
武道を習っていて、喧嘩も強くてガキ大将じゃった。
よく殿さんとこに来る客が、カステラを土産に持って
来るんで、姫さんはくすねてきて、儂らに喰わせてくれた。」
そう言って、カステラを食べた。
「おばあちゃん、優しいのね。」
「姫さんは、喧しいところもあるが、優しくて、気前がいいん
じゃよ、面倒見もいいし。
儂が、ここに来たばかりの頃、一旗揚げようとしてな、
騙されたり、失敗したりで、食えない時があってな、
ベンチでへたり込んでいたら、姫さんが、自分の家に連れて
来て、腹いっぱい食わせてくれて、仕事が落ち着く
まで、姫さんの家においてくれたよ。
『六!今度は、野垂れ死ぬ前に来るのよ!』
って言ってくれたよ。」
六爺ちゃんは、言った。
おばあちゃんらしいや、とクロちゃんと、セヒは思った。
すると、八爺ちゃんがやって来た。
「おや、クロちゃん、セヒちゃん、来てたのかい。
ほら、六、久々に、フラワーオレンジヨーグルトケーキを
作ったぞ。」
八爺ちゃんは、フラワーオレンジヨーグルトケーキを
見せた。
「すごーい!八爺ちゃん作ったの?」
クロちゃんが聞くと、
「儂は、鰻屋になる前に、日本料理、西洋料理、和菓子、
洋菓子とかの修行をしたんじゃよ。
一番好きな鰻屋になったんじゃ。」
「やっぱり、鰻が一番ね。」
クロちゃんが笑うと、
「都会に出てきて、姫さんが御馳走してくれた
鰻の味が忘れられなかったんじゃ。」
八爺ちゃんがしみじみと言うと、
「おばあちゃんの事、じっちゃん達は楽しそうに
語るんですね。」
いつの間にかやって来た、ちょこが西瓜を食べながら言った。
「そりゃ、尊敬しとるよ。」
八爺ちゃんが言うと、
「それに、頭が上がらないしな・・・
儂らは、故郷では、『熊殺しの六と、八』と
呼ばれていた。」
六爺ちゃんが、語り始めた。
あれは、63年前、儂らは、17歳で青春真っ盛りだった。
姫さんが、姫さんン家の裏山に、筍を取りに行こうというので、
姫さん、儂、八とで、裏山に行ったんじゃ。
みんなせっせと、筍を掘って沢山筍を籠に入れていた。
「姫さん、沢山筍は捕れたな。」
八が嬉しそうに言った。
「あんた達、各自、自分の籠の分は、持って帰って
いいわよ、頑張って持って帰りなさい。」
姫さんは、気前よく言った。
「流石、姫さん気前がいいのう。」
儂も喜んだ。
すると、ガサゴソと、向こうの竹やぶで、物音がするので、
「姫さん、物音がする、何かいるぞ。」
八が、心配そうに言った。
「ちょっと、様子を見て来るわ。」
「あ、姫さん、もしもの事があったらいかん、儂が行って
くる。」
と、儂が様子を見に竹やぶの中に行くと、
何と、熊がいたんじゃ!
「うわぁあ!!!熊だ!!」
儂は、大声で、叫んで逃げ出したが、熊が凄い勢いで
追っかけて来た!
すると、姫さんは、弁当や、おやつの入った風呂敷包を
熊に投げつけたんじゃ!
熊が、風呂敷包をガサガサとしている間に、儂らは、
命からがら逃げだした!
大分逃げて、もうここまでくれば、大丈夫という所まで
逃げて、一息ついた。
「ふう、ここまでくれば、一安心。」
儂は、大きく息を吐いた。
「六、無事で何より、姫さん、・・・姫さんは?」
「え!姫さんは!?いない!!!」
儂と、八は顔を見合わせた。
「助けを呼びに行って、いる間に姫さんが喰われては、
大変だ。」
「それに、儂らだけ逃げ出したとあっては、あんまり
情けない・・・仕方ない・・・行こう。」
二人は、姫さんを探しに行った。
どんどん元来た道をたどって行くと、
「ガオォオオ!!」
熊の鳴き声がする、儂らは、慌てて鳴き声の方へ走って
行った。
すると、そこには、熊と、血まみれの姫さんがいた!
儂ら二人は、あまりの事に血の気がひいた。
「もう!なんて硬いの!」
「姫さん!大丈夫か!?」
「あ、あんた達無事?私は、大丈夫!こいつにとどめを
刺すわ!」
「えええ!!」
よく見ると、手負いなのは、熊で、姫さんは、熊の
返り血を浴びているんじゃった。
熊は、姫さんの斧で、足をやられて、身動きが取れなく
なっていた。
それでも、熊は、手で反撃してきた!
姫さんと、熊の壮絶な戦いじゃった!
姫さんは、熊の手を避けまくって、右手を斧で叩き
折った!
次に左手を攻撃した!次に脳天を叩き割った!
次に、首を攻撃!
「もう!なんて硬いの!!」
熊は、狂ったように暴れまくり、転げまくって!
最後に口に斧を叩きつけた!
「もう、なんて硬さなの!ちょっと、八、誰か助っ人
呼んできて!
あ、私が熊を半殺しにした事は、内緒よ!」
「えええ!じゃ誰が、やったと・・・。」
「もちろん、六と、八よ!」
「ヒエエエエ!!!」
儂らは、驚いた!
「私が熊を半殺しに、したとバレると、親が煩いのよ!」
「でも、いくら何でも・・・。」
「つべこべ言ってないで、サッサと、応援呼んでくるの!
猟師連れてくるのよ!鉄砲で、とどめ刺すの!
その間、なるたけ、殺すよう努力するわ!」
そう言って、姫さんは、熊を更に攻撃し出した。
熊は、苦しそうに断末魔の叫びをあげていた。
姫さん一人に、危ない事をさせられんと、
「儂も、何か武器を探してくる。」
儂が武器を探しに行こうと、すると、
「筍拾って、籠に入れておいて!
アンタは、人が来た時、この斧を持って、戦ったフリするの!」
姫さんは、そう言って、また、熊を攻撃し始めた。
「・・・はい。」
仕方がないので、儂は、筍を拾い始めた。
・・・八が、応援や、猟師を連れてくる間に、熊は、絶命していた。
応援や猟師が来た時、いつの間にか、儂は、斧を握らされて
いた。
姫さんは、ワザとらしくへたり込んで、
「怖かったわ、二人が私を助けてくれたの、二人共
強かったのよ。ね、六、八。」
姫さんの無言の圧力に、タダ頷くしかできんかった。
姫さんが、詳しい話をでっち上げて、後処理を
村の者に頼んで、儂らは、山を下りた。
「なあ、姫さん、何で逃げんかった。
あんたが一番足が速い。」
儂が聞くと、
「六がヘマやったからよ、熊に背を向けて逃げたら、
追ってくるの!
熊って臆病だから、意外と襲ってこないのよ。
自分より、弱いと思ったら、襲ってくるのよ。
本で、何かに気を取られると、いいって書いて
あったの思い出して、風呂敷包を投げたの。
ちょっとは、良かったけど、八は足が速いけど、
六は、捕まりそうだったのよ。
ふと、木こり小屋が見えて、巻き割の斧がおきっぱなし
なのが見えて、斧を取りにいって、
時間稼ぎしようと、思ったら、アイツ案外動き鈍いから、
殺れるかも、と思ったの。」
「普通、それでも逃げるだろう!熊だぞ!」
「六が喰われている間に、逃げたら後味悪いじゃない。
それに、木こり小屋のおじさんが危ないと
思ったの。ああ~怖かった。」
・・・怖いのは、儂らだ。
「・・・姫さん、ありがとう、恩にきるよ。」
それでも、姫さんの心意気は、本当に嬉しかった。
「お父様に、うまく話し合わせてね、あんた達
嘘下手だから、私が話すわ。」
そして、儂らは、姫さんのお屋敷に行った。
殿さん達が出迎えて、歓待してくれた。
一番いい座敷に通され、玉露に、カステラ、バナナ、
フルーツポンチが出てきた。
儂らの若い頃は、カステラも、バナナ、缶詰の果物も、
なかなか口に入らん贅沢品じゃった。
「本当に、櫻子を助けてくれてありがとう。」
殿さんは、お礼を言ってくれたが、
姫さんが、着替えで席を外していたので、
「殿さん、実は、熊を倒したのは、儂らじゃなく、
姫さんなんだ。」
儂がそう言うと、殿さんの顔色が、サーッと変わった。
「・・・まさか、熊まで倒すとは!?・・・
何で、櫻子は、男に生まれなかったんだろう・・・
こんな事が知れたら、櫻子は嫁に行けなくなる。
六、八、この事は、誰にも言うなよ、墓場まで
持っていけ。」
殿さんは、そう儂らに口止めをして、報奨金と言う名の
口止め料をくれた。
その額が、サラリーマンの給料の6か月分くらいだった
んで、儂らは、ずっと、内緒にしていた。
村に熊が出ると、駆り出される羽目にはなったが、
殿さんが生きてる間は、誰にも話さなかった。
六爺ちゃんは、話終わった。
「じゃ、何で今話しているの?」
「もう、殿さんは、死んだし、姫さんは、結婚
したし、随分長い間、周りをたばかっていたのは、
結構しんどかったんじゃよ。」
六爺ちゃんは、しみじみと言った。
「コレを人に話した時、ホッとしたなあ。」
八爺ちゃんが言った。
いつの間にか、みっちゃんがやって来て、カステラを
食べていて、
「みっちゃんも、熊を倒す手伝いしたよ、
櫻子ちゃんに、熊の攻撃が当たらないようにしたよ。」
みっちゃんが、そう言うと、
「あ、みっちゃん、おばあちゃんのところの座敷童よ。
そうか、みっちゃんがおばあちゃんを助けたから、
熊倒せたのね、ビックリした。」
クロちゃんが言うと、
「櫻子ちゃんに、熊の攻撃が当たらないようにした
だけだよ。
後は、櫻子ちゃんの実力だよ。」
みっちゃんは、そう言って麦茶を飲んだ。
・・・こわ~。
「儂らが、姫さんに頭があがらん訳がわかるだろう。
姫さんは、他にも武勇伝があってな。」
「まだあるの!?」
「沢山あるぞ!儂らが知る限り、村一番の強者だ。」
六爺ちゃんが言うと、
「殿さんも、鹿や、猪を倒した事も驚いていたからのう。
こっちに来てからは、米兵を何人も投げ飛ばした事も
あるのう、凄い人じゃ。」
八じいちゃんが言った。
『It's a surprise for a man to come over to one woman.
(男が女1人に何人もかかって来て見っともない事)
You guys are weak, if I was a commander, I would beat America
(あんた達弱いわね、私が司令官なら、アメリカに勝ってたわ)』
て、啖呵を切ってたな。」
みっちゃんが、言った。
「そうなんじゃ!姫さんは、英語もペラペラじゃった。
近くの教会の神父の奥さんと仲良くしていて、
覚えたらしい。」
八爺ちゃんが言った。
「そうじゃ、アルバムを見せてやるぞ。」
六爺ちゃんは、アルバムを取って来た。
「これが、儂、八、そして、真ん中が姫さんじゃ。」
気の強そうな、クセのある顔の若者と、目の細い
性格のよさそうな若者の間に、目がパッチリと大きく
うりざね顔の品のよさそうな、綺麗なお嬢様が写って
いた。
「コレ、おあばちゃん!めちゃ可愛いですね!」
チョコは、驚いた。
「村一番の美人じゃった、とても熊を打倒すようには、
見えんじゃろう?」
八爺ちゃんが言った。
「嫁に欲しいとは、思わんが、最高の親分だよ。
儂の人生の中で、一番尊敬しとるんじゃ。」
六爺ちゃんは、言った。
「・・・六爺ちゃんは見栄を張るタイプだと、思っていた
から、昔の恥ずかしい話を平気でするんで、
驚いたわ。」
「もう、若い頃の失敗を笑って言える歳になったんじゃよ。」
六爺ちゃんは、言った。
「何か姫さんが、やらかす時、いつも姫さんン家で、
このカステラを御馳走になったよ、
儂らの思い出の味じゃ。」
六爺ちゃんは、美味しそうにカステラを食べた。
すると、おばあちゃんが、やって来た。
「あら、クロちゃん達来てたの?
ほら、桃を沢山貰ったから、お裾分け。
あら、アルバムね、懐かしいわね。」
「おばあちゃんの武勇伝聞いてたぞ。」
セヒが言った。
「武勇伝?」
おばあちゃんが怪訝そうな顔で聞くと、
「熊殺しです!カッコいいです!」
チョコが言うと、
「あんた達、又人に話したの?
もう、私の亭主にもバラしたのよ。」
「え、旦那さんは、何て?」
「櫻子さんらしい、凄いなあって、笑ってたわ。」
「そうそう、姫さんの旦那は、姫さんが守ってやりたい
優しい男だったからな。」
八爺ちゃんが言うと、
「いや、姫さんが、とっ捕まいて、逃がさないから
話しても大丈夫と、思ったんだ。」
「六!」
おばあちゃんが、睨むと、
「おお、こわ~。」
六爺ちゃんは、笑った。
「いい男じゃったよ、話して儂らは、ホッとした。
世の中上手く出来てるなと、思ったなあ。」
八爺ちゃんは言った。
「ま、気苦労が多くて、儂らより先にあの世に
行ったけどな。」
六爺ちゃんは、しみじみと言った。
おばあちゃんが、こわ~い顔で睨んだ。
気の強い何でも出来る、おばあちゃんと、優しい
旦那さん、世の中上手く出来ているなと、
思うクロちゃんだった。




