満ちる月/
満ちる月/
そこらじゅうに満たされているエーテルのような詩を深呼吸しても、わたしたちの中身は空虚であり過疎であり限りなく薄い密度で浮遊している小さな「。」だから。時折掠める詩情を一つ数え、二つ数えして。通り過ぎていく幾億もの言葉たちをわたしたちは知らずに眠っている。朝を見つけて、空に出会って、風に始まるその日がある。特別な光りが辺りを覆っている。爽やかな哀しみが影となり、麗しい寂しさが光線となり。明暗の境目すら優しく朧となり。音もなく滑るように遷移する明るみだった影と暗闇だった光。陰影の安らぎが落葉樹を急がせている。繁茂の名残の緑たちは、時代遅れであることを自覚し、唯死にゆく為に輝く虫たちの寝床であり餌であろうとしている。そしてわたしたちは残酷な秋の訪れを知り、落胆と安堵と不思議な胸騒ぎを覚えている。また終わっていくこの夜の繰り返しに。遠い犬の声を聞く。(どこかへ行かなくてはいけない。ここではない何処かへと。)旅愁が募り、知らない街が誘う。路上の空き缶が錆びている。あれは初めて贖ったミカンジュースの空き缶に似ている。中年の女性が二人語らっている。あれは見知らぬ母の面影に似ている。馥郁と月が満ちてきた。沸々と雲が棚引いて。星の声だけが聞こえない。虫たちが鳴いて静かだ。鏡面反射するように、わたしたちの中から出ていかないから。逃がすように放つ言葉たちが列をなしていく。
秋です。