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恋人同士の、逢瀬の日

作者: 白夜 零

 ぼんやりと海を見つめる。

 海面は穏やかで、いくら目を凝らしても底は見えそうにない。深い。

 いよいよ夏本番を控えている。暑い。たとえば、今、此処に飛び込んだら多少の涼は得られるかもしれない。もっとも着衣水泳に自信はないし、そもそも遊泳禁止だし、深そうだし、と言うか着衣云々以前に泳げない。


 時は7月7日。

 彦星と織姫が1年に1度だけ会える日。

 ……と言うのを建前に、四六時中顔を合わせては、いちゃいちゃちゅっちゅに励むカップル諸君が、やっぱり仲睦まじく七夕祭りに繰り出す日。

 バカみたいだ。1年に1回しか会えないお空の上のお星様カップルに嫉妬されて、その仲も綺麗に引き裂かれてしまえばいい。

 でも件のお星様が引き裂かれたのも、仕事そっちのけで毎日毎日いちゃいちゃ以下略に励んでいたからで、そう思うと七夕なんてロマンチックでも、素敵でも、悲しくもない。


 バカみたいだって思うのだ。

 七夕に浮かれる人間も、恋人との逢瀬にはしゃぐお星様も、派手な飾りも。

 あーあ。

 そんな風に溜息吐いたって、何かが解決するワケじゃない。雨が降ればなんかの鳥さんが橋になってくれるし、曇り空は逢瀬を見られたくないから隠しているだけだそう。7月7日の前には誰も何も愛し合うカップル、或いは夫婦を阻めないのだー!というヤツか。


 バカみたいって思うのだ。


 海を見つめる。

 天上と海底。天と地程離れていて、だから海の底にはお空の事情も地上のムードも、関係がないのかもしれない。

 底が見えない海。綺麗だけど深そう。遊泳禁止だし、泳げないし、でも飛び込んだら涼は得られそう。



「ばーか」



 海を見つめて、呟いた。

 誰も聞いていない声。

 本当は泳げるのだ。泳げたのだ。でも泳げなくなったのだ。だって、何故って。

 お空の織姫は、今日ばかりは彦星と一緒で、地上の織姫は四六時中彦星と一緒で。じゃあ、じゃあ。

 そんな日に彦星がいなくなった織姫は、どうしたらいいんだろう。

 恋人はこの海に消えました。それも地上どころかお空の上まで恋人との逢瀬に湧く、こんな日に。

 お星様と人間の恋は実っても、海と人間の恋が実らないのはお約束だ。

 泳げなくなった。海も水も好きだったのに、あの日突然、海の中に恋人が消えてしまったから。好きだった海が、水が、怖くなったんじゃない。大嫌いになった。憎くなった。

 でも毎日欠かさず此処に来ていたのは、恋人の気配を感じられる気がしたから。

 でもって、ひょっこり出てきてくれるかなぁ、なんて。我ながらバカみたいな期待を少しだけ、してしまうのだ。


 1年間よく考えました。

 そして私は決めました。


 織姫は偉いなと思わないでもない。会えない事に耐えられているから。それでもそれは、絶対に会える日が約束されているからだ。

 人間だってお星様だって、きっと約束がなかったら耐えられない。約束がなかったら、今頃、夏の夜空に輝くお星様は減っている。




「1年間、よく頑張りました」


 1年ぶりに水の中へと、飛び込んだ。

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